星願・教神…番外編 | ナノ

▽ はじめてのいんしゅ!


空腹時にアルコール摂取するとビックリするぐらい酔うよね、というお話。晴巳視点。




アルコールに対する耐性というものは体質、つまり両親からの遺伝によるものが大半を占めている、と思う。
それが生物学的に正しいかどうかは知らないけど、少なくとも俺はそう思う。いや、そう思っていた。

「大丈夫か、晴巳」
「逆に聞くけど、大丈夫だと思う?」

水の入った二リットルのペットボトルを片手に、一真がごく真顔であわてふためいている。
俺の顔を見て、ペットボトルに視線を移し、また俺の顔を見る。

子リスか、とつっこみたくなるくらいの慌てっぷりと、地顔のクールっぽさがなんともミスマッチで笑いを誘うが、俺にそれをからかう余裕はない。頭がぼんやりとするし、とにかく全身がふわふわする。

「ああ、なんでだ……両親も兄貴も普通に飲めるんだからイケると思うじゃん」
「そういうこともあるんだな」
「あぁ……なにこれ、もう」

隣に座っている一真の顔を見ていたはずなのに気づけば自分の膝と床が視界に広がっていている。はて、何でだ。何がどうなった。
あぁ、顔が下向いてたんだ。とあまりに単純な事実に気づくまでに数秒を要したのでもう俺はもうダメかもしれない。自分の首すら操れないとは笑えない。

「とりあえず水飲め」
「うるせぇ、なんで俺一人こんなべろんべろんなんだよ、ずるい。一真ずるい、卑怯」
「……分かりやすい絡み酒だな」

耳があんまり聞こえなくて、ついていたはずのテレビの音も遠い。ただでさえ低い一真の声もまともに聞き取れないものの、水の入ったコップを手渡してくれたので、「飲め」的なことを言ってるんだろう。
確かに喉は乾いてるから助かるけど、困ったちゃんを見るような目を向けられてるのは許しがたいぞ、一真め。

「んー、腹が熱い。臓器という臓器が蠢いてる感じがする、きもい」
「気分は悪くないか?」
「どちらかというと、かつてない開放感に溢れてる」

ごきゅごきゅ水を飲んでみたつもりだったのに、二割くらいが口の端から零れた。顎から滴る水が喉を伝って鎖骨の辺りに落ちるのが冷たくて気持ちいい。

「晴巳、濡れてる」
「今日の俺はワイルド」

空になったコップを天高く掲げるとあっさり一真に取られる。なんか介護されてる感があって面白くなかったから抗議しようとしたものの、ふにゃ、と身体から力が抜けた。
座ってるだけなのに息が苦しくてソファーの背もたれに全身を預けながら、ずるずる沈み込んでいく。アルコールのせいかは知らないけど、とりあえず鼻が詰まって苦しい。

「もう寝とけ」
「なんで」
「なんででも」

祖母の家で浸けていた梅酒を舐める程度にもらったりだとか、兄貴の缶チューハイを少し分けてもらった経験はこれまでにもあった。
そのときは特に何の症状も出なかったし、両親を含め、血縁関係者はアルコールに対して強い人が多いので自分もそのタイプなのだろうと漠然と信じていたのが間違いだった。

二十歳のお祝いということで、一真の家にお邪魔して初めて本格的に飲酒をしたのが数十分前。
チューハイ一缶を飲み干し、次に一真が日本酒を注いでくれたのだが、これがまた仄かに甘くて飲みやすく、数回お猪口を空にしたのがまずかったんだろう。

あれ、なんか熱い。と思ったときには身体が海に漂う海草並みにぐてんぐてんになっていた。

「顔には全然出てないけどな」
「え? 赤くなってない?」
「そんなに酔っているようには見えない程度にな」

とうとう座ってるだけでもだるくて、二人掛けのフソァーに寝転がる。隣には一真が座ってるから当然のように乗り上げる形になった。
上陸したあざらしみたいな感じだ。つか一真の膝かてぇ

「ちょ、なに? くすぐったいって」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど、こしょばい」

硬くて全然癒されないけど、人の膝の上でゴロゴロする経験なんて滅多にないから無駄に面白くなってきた。
一真のお気に入りである部屋着用ジャージの生地がつるつるしてて気持ちいいし。

「ちょ、顎はダメだって」
「猫みたいだな」
「ふ、ふは」

最初は遠慮がちに髪を撫でてきただけだったのに、気づけば猫の子を可愛がるが如く撫で回されてる。
基本的に擽られるのには弱いタイプだけど、特に顎の辺りはほんとにダメで軽く撫でられただけで気の抜けた声が出てしまう。

悔しくなってきたから、ぺしぺし膝を叩いたり、脇腹をくすぐり返してみたもののノーリアクションの一真。鋼鉄か、こいつの身体は。

でも顔に出ていないだけで実はくすぐったかったのか、左手を取られて一真のやたら大きな手に繋がれて動きを封じられる。
指と指とを絡ませる所謂あれだ。

「恋人繋ぎだー」
「…………ご機嫌だな」

体温が低めな一真の手はひんやりとしていて、気持ちがいい。
俺だって成人男性の平均くらいの身長とそれに伴う体つきはしていても、一真と並ぶと子どもみたいになるのが昔はそんなに好きじゃなかったのに、今ではすっぽり包まれる感覚も嫌いじゃない。

嫌いじゃない、ていうか。

「かずまぁー」
「ん?」
「すきぃー」

あ、馬鹿になってる、というのは分かってたけど、気づいたらそんな言葉が滑り出ていた。
酔うって感覚が初めてすぎてよく分かってなかったけど、身体がポカポカする上に馬鹿になるものらしい。

「晴巳」
「んー?」
「絶対に外で酒飲むなよ」
「なんでぇー?」
「二秒で食われる」

ぎゅっと繋いだ手に力が籠る。照明の逆光で見上げた一真の表情はよく分からなかったけど、すげぇ目がギラギラしてるのだけはしっかり見えた。

すー、とハッピー過ぎた頭の中に風が吹き込んでくる。
酔ってたとはいえ、正体をなくすほどでも意識が混濁するほどでもなく、気が大変大きくなっていただけなので、今の状況がまずいのが理解できてしまう。

「つーか、今すぐ食う」
「か、一真さん。ぼく、明日の授業は一限からでして」
「誘ってきた方が悪い」
「いえいえ、そんなつもりではなくてですね」
「じゃあ何のつもりだ、さっきから」

どんどん冷えてくる頭とは逆に、ポカポカとした身体は全然思い通りに動いてくれないし、そもそも手を繋いでいる時点で逃亡できるはずもなく。

「かわいい、なんだよ、さっきから、かわいいんだよ」
「あの、ちょっとそういうの止めてもらえます……?」

あ、こいつも密かに酔ってんな。
普段一真が「かわいい」という単語を口にするときは「お前の方がかわいいんじゃいボケぇ」と言いたくなるほど恥ずかしそうに言うくせに、今は恐ろしいほどに真顔だった。
真顔というか、なんというか、意味不明なくらいかっこよかった。

「…………電気は消してクダサイ」
「……」
「消して、クダサイ」

一瞬、目と目が合った。不満げな目だったけど、俺にだって譲れるものと譲れないものがあるってもんで。
ふるふる、と無言で首を横に振れば、ため息とともに一真が立ち上がって急に部屋が暗くなった。
ちなみにおてては繋いだままだったから、俺の身体は一本釣られた鰹のように持ち上げられ、そしてソファーに沈んだ。
その際、抱きとめるように後頭部にそっと添えられた手の感触にそのまま後頭部が吹き飛ぶかと思ったが、まぁ吹き飛びはしなかった。ただ、くそ恥ずかしかった。

「いきなりっすね」
「晴巳、口開けろ」
「うわー、なにこの空気」

急に電気が消えたから殆ど何も見えないし、ここソファーだし、明日は一限から必修科目だし。
文句というか、言いたいことがいくつかあったのに耳元で囁かれる無駄にイケメンなボイスにへにゃりと力が抜ける。
人が一所懸命場を和ませようとしているのに、嫌な奴だ。

本当に、勝てる気がしない。

かぷ、と唇を柔らかく噛まれる音がして、暗闇に少しだけ慣れてきた目が一真のなっがい睫毛を捉える前に、俺はそっと目を閉じた。




明日のことはもう考えない

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