星願・教神…番外編 | ナノ

▽ ラブコメディー・ドナドナ


闇金沢地×ドナドナ吉田という謎パロです。沢地は二十代後半で吉田は高校生という中途半端な年齢操作。
原型残ってないとみせかけ…通常運転な気もします。





「えと……卓郎くん、だよね?」

沢地は躊躇いがちに尋ねた。

普段の粗野な態度を完全に隠し、一回り近くも年下、しかも絶対的上下関係がある人間に対しては十分すぎるぐらい丁寧な口調を心掛けながらのことである。

怯えさせない、そのためだけに久しく浮かべていなかった笑顔も付け加えてみるものの、効果のほどは沢地にも未知数だった。

「は、はい! 吉田卓郎、十六歳です!」
「そんなに畏まらないでいいよ、楽にしてて」

出来るだけ気安い雰囲気を作る努力はしているものの、残念ながらその心遣いは届いていないらしく、ソファーに座る吉田の背筋は伸びきっている。
ただ、本人が醸す緊張感に満ちた雰囲気に反して、体格のせいか、柔らかい革張りのソファーにすっぽり埋まってしまっているのがシュールである。

「高校生、なんだよね?」
「はい! でも退学して働く所存です!」

くわっ、と妙な迫力で宣言する吉田に沢地は必死で笑いを抑え込む。
吉田は吉田なりに真剣なのだ。それは沢地にも十分伝わっているが、ソファーに埋まっていく一方の吉田の姿が心をくすぐって仕方ない。
 
未だかつて感じたことのない謎の熱が胸の奥に込み上げてくる。漫画ならば「きゅん」だとか、「ずきゅん」といった文字が踊りそうな胸の高鳴りである。

「あー、いやいや、別にそんなに張り切らなくてもいいよ。お金だって、何年かかってもいいんだから」
「……沢地さんには本当に感謝しています。沢地さんが助けてくれなかったら俺たち一家は路頭に迷ってました」

短期間に色々なことがありすぎて感情が迷子になっているのか、吉田は大分前からうっすら涙目である。
しかし泣くまいと堅い決心でもしているらしく、唇を震わせながらも気丈に振る舞う姿……振る舞おうとする姿が沢地の胸を締め付ける。

高校の制服とおぼしき白のカッターシャツと黒いスラックス姿が似合っているといえば似合っている。ありふれた現代の高校生ルックだ。
特別整った顔立ちをしているわけではなかったし、むしろごく平凡な容姿でしかないのだが、沢地の目には愛嬌のある小動物にしか映らない。
少し垂れ目がちなところや、ちょこんとした鼻、どことなく落ち着きのない仕草がタヌキっぽくて愛くるしい。

「?」

熱く見つめすぎたのか、きょとん、と見返される。
ぐりぐりとした黒い瞳と、半開きになった口。あぁ、愛くるしい。

「……じゃあ、卓郎くんも話の通じる大人として俺も話すよ?」
「はい! これ以上迷惑をかけないように頑張りますっ」

初めてのおつかいに臨む子ども並みのテンションに、内心でれぇーとしながら沢地は口を開いた。

「まず俺が肩代わりした卓郎くんの借金……まぁ実質借金したのはお母さんなわけだけど、返済能力がないから卓郎くんの借金だね」
「はい」
「最初は確かに十五万円だったんだけど、うちは残念だけど、まともな金利で貸してる会社じゃないんだ」

真面目な顔で頷く吉田に心が痛む。
まともな商売をしていないことを恥じたことも、罪悪感を覚えたこともない程度には悪党っぷりが板についている沢地だが、吉田相手だとそうはいかないのだから不思議だ。

「金利が膨れに膨れて、今現在の卓郎くんの借金は三百万円だ」
「……」

ごく、と吉田が喉を鳴らす。普通の高校生にはまず縁遠い金額だろう。

「これが雪だるま式にこれからも増えていくところだったんだけど、俺が一括で返済しておいたから、これ以上増えることはない」
「ありがとうございます」
「……お礼を言われるのも複雑だけどね」

深々と頭を下げられると心苦しい。
人の弱味につけこんで、法外なことをしている身分な自覚は十分だった。

「いえ、沢地さんが助けてくれなかったら……もっと大変なことになっていましたから」

吉田が緊張したように言う。
沢地からすれば吉田は子どもの域を出ていないが、母親がどれだけ危ないところからお金を借りてしまったのかはしっかり理解しているらしい。

本当ならばもっと悲惨な末路が待っていたことも分かっていて、それでも取り乱さず沢地の話を聞けているのだから、鈍感なのか、胆が座っているのか微妙なところだ。

「だから卓郎くんが借金を返済する相手はうちの会社じゃなくて、俺個人になるわけだね」
「すぐには全額返せないと思いますけど、なるべく早く返せるように努力します」
「金利をつける気もないし、いつまでに返せとも言うつもりはないよ?」

なるべく優しい声をだすように気を付けて沢地は言った。職場の部下には見せられない姿だという自覚はあったが、ありのままの自分など見せた日にはこの少年は気を失ってしまうかもしれない。

「いえ、その……あまり目玉が飛び出す金利は辛いですけど、少しでも多く返しますから」

おずおずと申し出られても、受け入れるわけにはいかない。

「本当に気にしなくていい。俺もやりたくて勝手にやったことだからね」

事務所で怒鳴り付けられて縮こまっている姿を見てしまったのが全ての始まりだった。
母親の病気を理由に取立てをやめて欲しいと直談判しにきて玉砕していた吉田を一目見た瞬間に、何かがハジけたのだ。リアルに頭の奥でパーンと音がなった気さえするのだから、重症である。

吉田家の件を取り仕切っていた上司に話を通し、沢地にとっても少なくない金額の借金の肩代わりをすること自体はそれほど大変ではなかったが、他の社員からも手出しされないように根回しを完璧にするのは少々骨が折れた。
まぁ、全く後悔していないのだから手遅れというものである。

「ありがとう、ございます……」

吉田の瞳にぶわっと涙が浮かぶ。
そのままぐしぐしと泣き出す様子は不恰好だったが、沢地の胸のどこかのスイッチを押してしまった。

所謂庇護欲というのが沸いてきたのである。同時にキュンキュンと胸が締め付けられて息苦しさまで感じる始末だ。

紳士的にハンカチを差し出しながら、沢地は目の前で感謝の言葉を呟きながらポロポロ涙を溢す小さな子ダヌキを抱きしめたい衝動に駆られていた。

「おれ、さわちさんのためなら、なんでも、します!」
「…………ぁぁ」

相手は一回り近くも年下の同性で、まだ高校生で、完全に自分を信じきっている。

まずい。これはまずい。
『なんでも、します』という言葉にとても吉田には言えない不埒な妄想をしてしまったことは墓場まで持っていかなければならない。

ごくりと喉を鳴らし、沢地は渾身の爽やかな顔を作り言った。

「それなら、俺のために泣き止んでくれるかな? 卓郎くんは笑っている方がきっとかわいい」
「……ふ、ぇ」

噴飯モノの台詞に自分で寒気がしたが、吉田はカァァと頬を赤らめて、泣き笑いのようなへにゃりとした笑みを浮かべた。

パーン、と沢地の頭の奥で軽快な音が再び鳴り響いた。





この後、流れで同棲生活が始まります。

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