「頭………いてぇ…」
目が覚めた時の気分は簡潔に最悪だった。遮光カーテンの隙間から漏れる光がチカチカ眼球を刺激して不快だった。
寝不足のせいか、昨日のアルコールが残っているのか。鷲掴まれるような頭痛とオプションで吐き気。
ベッドからとりあえず上体を起こした倉敷灰慈(くらしき はいじ)は枕元の携帯に手を伸ばした。
時間を確認し、とっくに学校が始まっていることは理解したが、だからといって動く気にはならなかった。
「だりぃ」と口癖のような常套文句を呟いて、綺麗に染まった灰色の髪を掻き回す。
暫くは放心したように濁った瞳でどこでもなく眺めていたが、シャワーを浴びるためにゆっくり立ち上がった。
部屋に干したバスタオルを掴んで、フローリングの床に裸足で立てば、ひんやりとした感覚。
少しだけ気分が紛れた気がして、再度まだ痺れる瞼を擦った。
「………」
欠伸を一つしたところで、放置した携帯電話が振動し、鈍い音が響いた。バイブ音は短く、どうやらメールらしい。
身体のダルさに鞭打ちながら、倉敷はのろのろとベッドサイドに置いた携帯電話を開いた。
「…………?」
寝起きの目にチカチカと痛い、画面に表示された文字を睨み付けるように読めば、予想外の名前だった。
「卓郎…」
先日会った、ヘラヘラした顔の一つ年上の男の名前を口に出して、倉敷は薄く笑った。
特別目立つ容姿でもなくて、どこにでもいそうな感じなのだが、物怖じしない性質らしくまっすぐに自分を見上げてきた。
狸のようなくりくりとした垂れ目を思い出しながら、倉敷はメールを開いた。
「今になって靴下左右で違うの履いてることに気付いたんだけど、どうしたらいいかな?」
不意打ちに、「ぐふ」と妙な声が漏れた。
携帯を持ったまま座り込んで喉の奥から湧いた笑いをどうにか噛み殺す。
馬鹿だろ。
と呟いて返信。倉敷は冷たい床に座り込んで、持っていたバスタオルを放り出した。
「俺に聞いてどうすんだよ」
「堤くんに言ったら馬鹿にされるだろ!」
「別にアンタの靴下なんか誰も注目しねぇよ」
「でも白と黄緑なんだよ? あ、昼休み終わる! じゃ、また今度な!」
そのまま何度かやりとりをして、最後は吉田の気になる発言でメールが途絶えた
じゃ、また今度な! の言葉に何となく落ち着かない気持ちになりながら、倉敷は携帯電話を今度こそベッドに投げ捨てた。
堤は誰のことだろうか。会津さんのアレか。と考えを巡らせながら倉敷は壁の時計を見た。確かに、一般的に昼休みが終わるような時間だった。
ふと今日は月曜日だということを思い出しながら、「学校行くかな……」と誰に言うでもなく呟いた。
今から用意したのでは六時間目しか出られないかもしれなかったが。
バスタオルを手に提げて、倉敷はようやくシャワーを浴びるために部屋を出た。
「にしても、どうやって間違えんだよ……」
白と黄緑なんて。と一人ごちながら。
倉敷は、ヤンキーらしく地面にしゃがみこみながら煙草を吹かしていた。
時刻は二十三時。
深夜とまでは言えないものの、目的もない人間が徘徊するには遅い時間である。
中学生である倉敷が巡回中の警察官に見咎められたら一発アウトな条件が揃っているが、ここは人目につかない溜まり場なのでその心配もない。
周りにいる連中もほとんどが未成年だが、倉敷と同じように好き勝手している。なかなか無法地帯といった雰囲気である。
元々規律もなにもないような集まりだった上、最近ではこの名前もないような集まりの、一応トップであると認識されている一真が欠席しているため、ただでさえ覇気とは無縁の空気が堕落してしまっている。
倉敷にとっては、唯一尊敬しているといっても過言ではない存在の長期に渡る不在はつまらなさを加速させる物だった。
「つまんねぇ」と呟いてみて、馬鹿らしくなる。
花札や麻雀。果てはフリスビーで遊んでいる者もいて、場は大変賑やかだ。子どものようにはしゃぎながら、ゲラゲラ笑っている男たちの姿を横目で捉えつつ、煙草を煙と灰に変えて、倉敷は立ち上がった。
「そんなにつまらないなら、来なければいい」
いつか、倉敷の先輩にあたる人物がそう言ったことがある。
確かに、それはそうなのだけれど。
何となく腹の立つ心地に、舌打ちを一つ。
それから、薄暗い路地裏を歩いて行った。
まだ、先の話
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