教えてください神様、 | ナノ



学校が終わると、その足で病院に向かう生活は今日で三日目だった。
着方にあまり厳しい規定のない紺色のブレザーのまま、晴巳は病院の中を歩く。

窓の外は眼球が収縮しそうなくらいに鮮やかなオレンジに染まっていて、開いた窓から少し肌寒い秋風が入ってくる。

「一真」

数日の内に入口からの最短ルートを発見したので、お目当てのベッドまで随分早く辿りつけるようになった。晴巳は閉じられた白いカーテンの前に立って小さく声をかけた。

返事のつもりなのかよく分からない、気の抜けた「ん」という声が返ってきてから晴巳はカーテンを開ける。

「寝てた?」
「いや、ちょっとウトウトしてただけだ」

入院初日から数日間は傷口の縫合のために打った麻酔のせいか、頭痛と吐き気に顔色を悪くしていた一真だったが、丁度晴巳が来た日あたりからそれも回復に向かっている。
いまだ頭に包帯を巻かれているが元気そうな様子の一真に晴巳は安堵の息をついてから備え付けのパイプ椅子に腰かけた。

「お加減はどーですか」
「治った」
「……いやいや、そんなすぐに治らないッスよ、一真さん」

ありきたりな質問をすれば、真顔で答える一真。
後遺症もなく、数日で退院できるとはいえ、頭をかち割られて入院した人間の台詞とは思えず晴巳は顔を引きつらせた。

「晴巳は」
「うん?」
「晴巳は……」
「俺は元気だよ、普通に」

照れたように口ごもる一真に笑って告げると、少し切れている口の端を動かして一真が笑った。
痛々しい傷痕のわりに、やけに幸せそうにしている一真を見ていると、晴巳はここ数日の様々な恥ずかしいことを思い出してしまい、顔を赤らめた。

ふい、と誤魔化すように目線を逸らせば、間合いを詰めるように近付いてくる一真。さながら肉食獣のようであった。

「早く退院してぇ」
「もうちょっとなんだろ? 大人しくしてなってば」

やんわり手を伸ばしてくるので晴巳はパイプ椅子から移動してベッドに座りなおした。さりげなくカーテンを閉めるのも忘れない。
間髪を容れずに背中から抱き締められ、身体を固くする晴巳の耳元で低い声が囁いた。

「晴巳の飯が食いてぇ」
「まぁ、病院のご飯って味気無いって言うもんね」

耳元の声にゾクッとするは単にくすぐったがりだからだと晴巳は思いたかった。

「つーか、晴巳が食いてぇ」
「………ボクはそーいう冗談キライだなぁ」

チュッ、と可愛いらしい音とともに頬に柔らかい感触。
意味が分からない純情な子どもなら良かったのかもしれないが、生憎一真の言わんとすることが分かってしまった晴巳は頭から煙を出しそうな勢いで顔を赤くした。脳の情報処理速度が追いついてこなかった。

「ジャアボクカエルヨ」

ロボットのような謎の発音。カクカクした動きで晴巳は立ちあがったが、その拍子にパイプ椅子を蹴ってしまい派手な音が病室にこだました。

「じゃ!」
「ああ、気を付けて帰れよ」

当の一真は飄々と片手など上げていて、晴巳は何だか泣きたい気分になりつつ本日のお見舞いを終了させた。








次の日、やはり晴巳は病院に向かっていた。
いくら大事なかったとはいえ、本調子でない一真をゆっくり休ませるため、晴巳の病室の滞在時間は毎回十五分くらいだ。
数分のお見舞いのために毎日学校が終わってから電車とバスを乗り継いでまで病院に来ているのは、健気すぎて自分でも笑ってしまう。

正面玄関から病室の棟まで慣れた道をのらりくらり歩いていると、派手な金髪が前方にいることに気付いた。隣には灰色の髪の男が立っている。

「晴巳さん?」

そう広くない廊下に体格のいい男が二人広がっているのは圧迫感があったので、追い越してしまおうと足を速めたところだった。ふいに名前が呼ばれ、顔を声のする方に向けると見知った顔があった。

「沢地さん」

脱色された白に近い少し長めの金髪。大学生くらいに見える風貌をしているが、一歳しか変わらないと聞いたのは最近の話である。
年下なのに「会津さん」って呼ぶのはなんでだろうな、と晴巳は密かに気になっていたが、まだ直接聞く機会は訪れていない。

「お見舞いに来たんですか?」
「……………ええ、まぁ」

そのまま流れで並んで歩きだし、病室棟に向かう。沢地となんでもない世間話をしながら歩いていたが、エレベーターに乗り込むと微妙な空気になった。

「あ、コイツは倉敷です。空気とでも思っててください」

あまり広くないエレベーターの中で必然的に灰色の髪の男と目が合い、晴巳は挨拶するべきかで悩んでいたのだが、それに気付いたらしい沢地が明るい声を出した。

そんな紹介の仕方でいいんだ? と晴巳は戸惑った。素直に「はい、空気だと思います」ともならない。

「あ? そりゃヒデェんじゃねぇッスか」

やはりというか、倉敷は舌打ちしながら不機嫌な顔をした。わりと真剣に苛ついているらしいと一目で分かる凶悪な目付きだ。

それが沢地を通りこえ、なぜか晴巳にまで向けられた。
晴巳は一真のおかげでこういう顔にも慣れているが、初対面の人に理不尽に怒りの矛先を向けられる理由はないと、少しイラッとした。

「晴巳さんを睨むな、この馬鹿が」

間髪容れずに沢地のワントーン下がった声がして、晴巳はヒヤッとした感覚を味わった。
こんな不穏な空気になるくらいなら、もう好きなだけ睨んでくらたらいいと前言を撤回したい気分だった。

「……こいつが堤晴巳か」
「お前な、晴巳さんはお前からしたら年上だろーが。呼び捨てにすんじゃねぇよ」
「あ? うるせえな」

突如勃発した第二ラウンドに晴巳は軽く逃げたくなった。別に二人の中が険悪でも一向に構わないが、間に挟まないでほしいものである。

ようやく目的地に着いたエレベーターから逃げるように飛び出し、後ろでまだ何か言い合っている二人を無視して晴巳は一真の病室に逃げ込んだ。

「どうした?」
「な、なんか抗争に巻き込まれそうになった」

半分だけ開かれたカーテンの中、一真は雑誌を広げていた。
そのベッドに両手をつき、晴巳は乱れた息を整える。日ごろの運動不足から、わずかな距離を速足で駆け抜けただけで息が上がっていた。

「どういうことだ?」

言い方が悪かったのか、入口を睨むように見た一真が晴巳を引き寄せる。カーテンを引き、囲われると抱き締められた。
いやいや、マジで抗争に巻き込まれたわけじゃないですよ一真さん。

「ほら、一真のとこの沢地さんと灰色の髪の人がハブとマングースみたいにシャーッて」

事情を説明すれば、ホッとしたように離してもらえた。晴巳はとりあえずパイプ椅子に座り直し、色々激しくなった動悸を抑えにかかる。

「会津さん!」

そんな時、ようやく追いついたらしい二人の声がした。

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