教えてください神様、 | ナノ


「吉田くんおもしろいねー。子分にしてあげよっか?」
「こ、子分!?」

なんとなく、吉田が傍にいれば自分は無条件でずっと笑っていられる気がした。沢地は僅かな間で不思議なほど吉田を気に入っていた。

「子分になったら俺なんか得なんですか?」
「んー……俺が可愛がってあげるよ?」
「うわぁ! 沢地さんの色気がすげぇ! フェロモンが暴力の域にッ」

吉田は顔を赤らめ、キャーと少女のような悲鳴をあげて沢地から離れた。

「大変だ、灰慈! 俺もう一息で沢地さんに惚れるところだった」
「はぁ? 頭湧いたのか」
「だだだだってすんげぇいい声で俺を!」

耳打ちのポーズはしているものの、残念ながら吉田の声は大きすぎて沢地にまで筒抜けだった。
倉敷の肩をばしばし叩いて身体をくねらせて悶えている。

「いいか、卓郎。沢地さんには近づくな。見るのもやめとけ、お前には目の毒だ」
「……」

倉敷は何とも言えない顔で沢地を見据えると小憎たらしく口端を歪め、吉田の髪を乱暴に撫でた。

「俺が子分にしてやるって」
「いやいやいや、俺一度たりとも子分になりたい発言してないから。そのしゃあなしの顔もやめて」

捕獲された猫の子の如く撫でまわされていた吉田は、暴れながらピョンと立ち上がると沢地の元に駆けてきた。
別に小柄でも幼いわけでもないのに「ポテポテ」と音が聞こえてきそうな足取りに顔が勝手に緩む。

ふと視界の端に倉敷の面白くなさそうな顔を捉えて、なぜか愉快な気持ちになった沢地だったが、駆けてきた吉田が急に目の前でスッとしゃがんで正座をしたので唖然とした。
これまた「ちょこん」と音がしそうな感じだった。

「子分じゃなくて、弟子でお願いします! 沢地さん!」

ガバッと顔を上げて、丸い二つの目が見上げてくる。所謂上目遣いというやつだ。沢地の胸はドキッとはしなかったが、ただの男の上目遣いでは片付けられない何かを感じた。

「俺も沢地さんみたいにキラキラした人になってみたいです!」
「よ、吉田くん……?」

戦隊モノに憧れる子どもとはこんな目をしているんじゃないだろうか。それぐらい輝いた目を吉田はしていた。

「いいんですか? いいんですか沢地さぁん!」

よく分からなかったが、沢地には「いいです」以外の言葉はとても言えなかった。ぎこちなく頷くと吉田はさらに顔をぱああと輝かせる。

「じゃあ俺は今から沢地さんの弟子ということで!」

ニッカリ笑った吉田が沢地の手を取る。
一体何事か分からず呆然としていると、小指同士を絡めて「指切りです!」と朗らかに言い放った。

「嘘吐いたらぁ針千本ぶっさーす、指切った!」
「……生々しいよ、吉田くん」

幼気な子どもと見せかけて、ちょっとアレな替え歌を唄った吉田がゆっくり沢地から離れる。

小さくて柔らかい手だった。手足が大きいといずれ身長が伸びるというのが本当なら残念なことになりそうだな、と沢地は思った。

「灰慈! 俺沢地さんの弟子になっちゃった」
「ヤメとけよ、お前にはまだ早すぎんぞ」
「早すぎるの意味がわかんねぇよハイジ君。お前は大人しくブランコにでも乗ってこい」
「卓郎先輩、その口縫ってやろうか? ああん?」
「やだハイジ君たら、俺の口はとっても健康よ」
「なら脳から腐ってんな。カチ割って適当に中身詰め替えといてやるよ」
「シャンプーみたいに易々と言ってくれやがって!」

子どもみたいな喧嘩を始めた吉田の背中を長めながら、沢地は煙草に火をつけた。
吉田を中心に、陽気に飲めや唄えやの騒ぎに興じる男たちをぼんやり見つめて煙を吐き出す。

嗚呼、何だか楽しいことになりそうだ。

吉田を視界の端に捉えつつ、沢地はどうしようもなく笑みが込み上げてきた。








「吉田くんの家、どこら辺? 送って行ってあげるよ」
「マジですか師匠」

八時に近づいてきていた。そろそろ晴巳を迎えに行く時間が迫っている。はたして面会は上手くいったのだろうかと思案しながら沢地は吉田に声をかけた。
どうやら都合よく吉田の自宅は病院までの通り道にあり、八時に病院というのも十分間に合いそうだ。

「その後、晴巳さんも迎えに行くから、そろそろ行こうか」

沢地から手渡されたヘルメットをモタモタ被る吉田は、沢地に小学校で飼われていたハムスターを思い出させた。狸にしろハムスターにしろ、沢地の目に吉田は小動物にしか映っていないらしい。

「卓郎」
「お前堂々と呼び捨てにすんなよ!」
「…また、来いよ」
「おう! 今度は噂の堤くんの恋人やらにも会ってみたいしな!」

倉敷の耳を疑うような発言にも笑顔で手を振る吉田は大物かもしれないな、と沢地は苦笑しながらバイクを発進させた。








「沢地さん」
「何?」

道を往きながら、夜の秋風の冷たさに目を細める。

後ろ跨っている吉田はどうやらバイクには慣れていないらしく、沢地の肩をがっしり持っている。強張った気配に、少し速度を落とす沢地。

「堤くんの、恋人なんですよね、やっぱりあの人」
「……吉田くんはどこまで知ってんの?」
「いや、本当に何も知らないんですけど……まぁ空気がすごいじゃないですか」
「…まぁね」

細々と呟く吉田の声。風を切る音の中、かろうじて拾えるような小さな声に反して、沢地の肩を掴む手に力が籠った。

「そうか、堤くんは幸せなんですね」

ふわりと、どこまでも優しい声がした。

「ちょっと色々心配しましたけど、仲良くやってるみたいだから」
「……会津さん、ハタから見てても晴巳さんのことスゲェ大事にしてるって分かるよ」

沢地の言葉に吉田が小さく笑った。声は出ていない。顔も見えない。
けれど、あの狸みたいな顔に満面の笑みを浮かべているだろうな、となぜか沢地は思った。






かわいいな、と漠然と思った

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