教えてください神様、 | ナノ



「誰だよ、吉田くんに酒飲ませたやつ」
「おれ、お酒なんか飲んでないれす、よ…?」

日付が変わるまで後一時間という頃のできごとだった。
平日ということで、いつもの溜まり場に集まっている人数も少なく、遊びに来ていた吉田もそろそろ帰ろうとしていたときそのハプニングは起きた。

「卓郎が勝手にコーラと勘違いしたんすよ」
「お前分かってて渡したろ」
「あ? 言いがかりは止めろよ」
「だから敬語使えよ、てめ」

吉田の頭上では一触即発の険悪なムードが漂っていた。
しかしそれに気付いた吉田が「喧嘩? 喧嘩なの?」と不安そうな顔をしてくるので両者とも大声は出せず、睨みあうにとどまった。それはそれで異様な光景だったが。

「あー、あー……」

コンクリートの地面に座り込んだ吉田の焦点は微妙に定まっておらず、あどけないを通り越して幼児のようである。
ふらふら頭を左右に漕ぐ様子はまさに酔っ払いのそれで。根が真面目な吉田がこんなことになる原因は、沢地には一つしか思い当たらなかった。

そう決めてかかる沢地に倉敷は舌打ちする。そして荒々しく吉田の正面にしゃがみ込み、その桃色に染まった柔らかな頬を指先で軽く挟んだ。

「灰慈、はなしてよ…いたいーいたぁーいー」
「俺の酎ハイ勝手に飲むからこうなんだよ、卓郎のくせに」
「なにあれ、コーラじゃなかったのかよ……騙された」
「缶見れば分かるだろ。どこに目ぇつけてんだよ」
「だってぇーコーラって書いてたもーん。俺はコーラが大好きなんですぅ」
「こういうわけっす」
「……はぁ」

ゆるゆるふわふわした二人のやり取りを真剣な表情で聞いていた沢地は、ようやく倉敷がわざと吉田を酔わせたわけではないことを認めたが、こんな見た目でも中学生である倉敷の法律無視の問題発言に頭を抱えるしかない。
しかし人のことは言えない自覚もあるので、それ以上倉敷を責めることもできなかった。

「とにかく酔いを醒まさないと。吉田くん、ほら水飲んで」
「沢地さん、別に俺、お酒を飲んでやろうーとか思ってたわけじゃないんれすよ?」
「うん、吉田くんが悪くないことは分かったよ」

冗談のように呂律が怪しい。
倉敷の口振りから、さすがに中毒症状が出るほどではないと思うが、心配に変わりない。

「あきません」
「逆向きに回してるからね、そりゃ開かないよ」

自販機で買っ(て来させ)たミネラルウォーターのペットボトルを吉田に持たせてみるが、キャップに惨敗している様子だったので、一旦預かって蓋開けてやる沢地。完全なる介護の様子だった。

「ありがとう…ございます」

ふにゃとした笑顔で吉田はごくごく水を飲みはじめた。アルコールのせいか、かなり喉が渇いていたらしい。

「本当に……俺、沢地さんにはお世話になりっぱなしですね」
「おい、俺はどうした」
「灰慈にも大変お世話になって……もう俺、駄目人間だ。生まれてきてアイムソーリーだよ」

「太宰に謝れ」という倉敷の軽口だったが、頭に浮かんだだけで実際に発せられることはなかった。
ほとんど空になったペットボトルが吉田の手から零れ落ち、それと殆ど同じタイミングで、吉田の両目から涙がポロポロ流れ落ちはじめたからだ。

「吉田くん!?」
「卓郎!」

ぎょっとした顔で倒れたペットボトルを沢地が起こすが、少し残っていた水は吉田のジーンズの膝の辺りに染み込んでいた。

「ごめん、なさい……」
「謝らなくていいから。冷たいよね? タオルとかあったっけ」

急に泣き出したことにか、水を零したことにか、あるいはその両方にか、謝罪を口にした吉田を安心させるように頭を軽く撫でる沢地。
それからタオルを持っている者を探すために、残っていた花札をしているグループのところへ歩いて行った。

「泣き上戸か、お前」
「もうだめだ……いくら言っても分かってくれない」

時折噎せるように泣きじゃくる吉田を前に、倉敷は珍しくきょろきょろと視線をさまよわせる。
しかし沢地を待つ時間が無駄な上、意地でも頼りたくない倉敷はゆっくり吉田に向き直った。

「もう駄目だ。騙されてるだけなのに。また痛い思いするだけなのに。馬鹿だ、バカだ、ばかだ……」
「卓郎落ち着け」

そう言ってみても、自分自身が相当慌てていた。そう自覚できているだけ吉田よりマシかもしれないが。

倉敷はおずおずと吉田に手を伸ばすが、触れていいものか躊躇って途中で手を止めた。
自分にその資格があるのか分からなかった。しかし、そんなことを悠長に考えている暇はなかった。

「もうやだ」
「っ」

吉田の正面でヤンキー座りをしていた倉敷は、べとんと尻餅をついた。
というのも吉田が全力で胸の辺りに飛び込んできたからだ。油断していたこともあり、倉敷はされるがままになっていた。

「落ち着け、な?」

しゃくりあげる度にぶるぶる震える背中にゆっくり腕を回し、抱き寄せてみる。
もう迷わなかった。

「う゛ー」
「…泣くなよ、な?」
「泣いでない゛」
「……好きなだけ泣いとけ」

腕に力を込めて、倉敷は少しだけ笑った。
吉田の様子がおかしいのは去年の暮れからずっと続いていたが、こんな風に感情を露わにすることはなかった。
だからなのか、嬉しいと感じてしまった。頼られて悪い気なんてするはずがない。

「吉田君、タオルなかった……お前」
「コイツがくっついてきたんすよ」
「……はぁ」

手ぶらで戻ってきた沢地は、恋人同士の抱擁のような光景に言葉を失う。しかしすぐに「そんなはずがない」と倉敷だけを睨む。

「吉田くん、寒くない?」
「だいじょーぶ、です」

すん、と鼻をならして吉田が倉敷の胸からゆっくり顔を上げる。
そのまましばらくじっとしていたが、自分が何をしているかを漸く把握した吉田は「ごめん」と呟くと、おずおずと倉敷から身体を離した。

そのまま地面に正座して、頼りない視線をさまよわせていたが、二人の姿を視界におさめた。
大好きな友達が優しい目を自分に向けている。それだけで一度は止まった涙がぶわっと広がった。

「おれの、はなし、聞いてくれますか…?」

慌て袖で拭ってみるものの、そう簡単には止まってくれない。
沢地は吉田の隣に胡座をかき、ぽんぽんと頭を撫でた。

「うん、聞くよ」
「……でも、もう遅いです…よ。ごめんなさい、また今度で、いいです」
「明日、創立記念日で学校休みだから時間なら気にしなくていいよ」
「……俺のとこも、そんな感じだ」

嘘だ。間抜けだの言われている吉田だが、さすがにこれだけ分かりやすい嘘ならすぐに気付いてしまう。

「ありがとう、ございます」

普段仲良くなんてないくせに、こんなときだけ息ピッタリなんてズルい。俺のため、みたいじゃないか。
ずずっと鼻水をすすって、吉田はぎこちなく笑ってみせた。

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