教えてください神様、 | ナノ



「お、灰慈じゃん!」

午前中いっぱいを面倒事を消化するために充て、帰宅している途中のことだった。倉敷は駅前近くで偶然吉田と会った。

「……何だよ」
「えぇ、そんなに嫌な顔すんの!?」

甲高い声に倉敷は目を細めた。朝からうんざりすることがあったので気分は最悪で、寝不足気味なせいか頭の奥も鈍く痛み、冬場の弱い日差しでも網膜がチカチカとていた。

「……相変わらず元気だな」
「それだけが取り柄だからねぇ。あ、明けましておめでとうございます」
「……おめでとーございます」

皮肉をものともせずヘラヘラと笑っている卓郎の顔を見ていると、倉敷の苛々とした気分は少しばかりおさまってくる。
アニマルセラピーってやつか? と吉田が聞いていたら憤慨しそうなことを倉敷は大真面目に考えた。

「なぁ灰慈、今暇か?」
「あー……悪い、多忙だ」
「嘘つけ、明らかに暇そうじゃんか」
「おいこらどういう意味だ」
「お暇そうにボーッと歩いてもん」

確かに午後にはこれといった用事はなかった。現にこの後はコンビニに寄って家に帰るだけだったのだ。帰宅後は二度寝をするつもりだったので、世間一般に言うところの暇という状態というものである。

「はぁ? 卓郎のクセに生意気なんだよ」
「な、なんだとぉ!!」

しかそれを見透かされるのは何となく癪で、倉敷は「むきー!」と言いながら頬を膨らませていた吉田の髪をぐしゃぐしゃかき混ぜてやった。
細い髪が縺れ、更に乾燥した空気が静電気を起こし、あっという間に浜に打ち上げわれた海藻が完成した。

「セットしたのにヒデェな、この野郎」
「別にいつもと変わんねぇって」
「おい」

倉敷の魔の手から逃れた吉田は懸命に乱れた髪を戻そうとするのだが、溜まった静電気はどうにもならないようで改善される気配はない。

「で?」
「ん?」
「だから、俺に用があんだろ? 付き合ってやるって言ってんだろーが」

くつくつ吉田を見て笑っていた倉敷が何気ない調子で言うと、吉田は二秒ほどポカンとしていたが、意味を理解してパッと顔を輝かせた。

「マジでか」
「で、何だよ」
「初詣行こうぜ、初詣」
「……何で」
「何でって、新年だから」

吉田は「決まってるでしょ?」といった顔をしていたが、倉敷は正直なところ「何言ってんだ、お前」状態だった。
既に新しい年が来てから数日が経っている。松の内までなら初詣として間違っていないのかもしれないが、三が日を過ぎてから改めて行くほどではないと倉敷は思ったのだ。

「ほら、元旦とか人いっぱいじゃん。あれはちょっと疲れるけど、今ぐらいなら空いてるかなって!」
「空いてるカミサマも微妙だな」

合理的なのかよく分からない言い分に倉敷は首捻った。実際のところは信心などは持ち合わせていないので、初詣の作法などどうだってよかったのだが。

「まぁ興味ねぇんだったら無理にとは言わないけどさ。あ、灰慈の分までお願いごとしといてやるからな!」
「……自分でするからいらね」

なかなか頷かない倉敷に諦めたのか、吉田は「じゃ」と言うと背を向けてあっさり去っていこうとした。
初詣には興味はなかったが、勝手に決められるのは面白くない。倉敷は離れていく吉田の肩を掴んで言った。

「付き合ってやるって言ってんだろ」
「……ありがと」

どうせ、暇だ。
そう付け加えてると吉田は「やっぱ暇なんじゃん」と生意気そうな顔で笑ったので、頬を抓っておいた。

いつもは強引なわりに時折しおらしい態度を見せるのは吉田の性格を考えれば計算されているわけがない。だが、なんだかんだ言って結局上手く操られているような結果に毎回なっているのには倉敷は気付かないふりをした。








地元の寂れた商店街を抜けたところに、これまた寂れた小さな神社があった。
元旦ぐらいは参拝する地元の人間もいたかもしれないが、三が日も過ぎた今では静かなもので境内に人気はなかった。

「こんなとこでいいのかよ?」
「こんなとこ、とは何だね。失礼な」

わざわざ初詣に行きたいと言うぐらいだから、全国的にも有名な寺社に連れて行かれると思っていた倉敷だったが、吉田が先導した先は地元の小さな神社だった。

「もっとデカいとこ行くつもりかと思ってた」
「いいんだよ、ここで。ちびっ子の頃から慣れ親しんだ場所の方がやっぱり御利益ありそうだろ」
「……そういうもんか?」
「そういうもんなの!」

猫の一匹もいない境内は不気味なぐらい静かで、正直なところ倉敷は御利益というものは全く期待していなかった。
日本人の大体がそうであるように倉敷もまた特別な信仰心は持っておらず、初詣にも恒例行事以上の想いがなかったのである。

「俺は十分に御縁がありますようにということで十五円を投下する」
「寒い」
「ぎ、ギャグとかじゃなくて本当に縁起がいいから……! 」

やけに真面目な顔で財布から小銭を取り出す吉田をからかえば、真っ赤になって反論する。
自分の言葉に一々大げさに反応する吉田に倉敷の気分は向上した。

「カミサマの前であんまり騒いだら印象悪くなるんじゃね?」
「やべ、灰慈静かにしろよ!」
「だからさっきから騒いでんの卓郎だけだから」

心配そうな顔になった吉田を宥めるために頭を撫でると、複雑そうにしながら「俺のが大人だから引いてやる」とブツブツ呟いたので倉敷は笑った。

「俺今からマジ拝みするから邪魔すんなよ」
「しねーよ」

卓郎のむくれた顔は、鈴の緒を振ったときに消えた。
賽銭を投げ入れ、目を閉じて何かを祈る横顔は真剣そのものだった。

二拝二拍手一拝の作法通りではなかったが、そんなことは些細なことだろうと倉敷は思った。
どこか苦しそうな顔でこれほど必死に拝んでいるのだから、カミサマというものも作法を間違えただけで文句を言うことはないはずだ。無神論者のわりに倉敷はそう思ったのである。

随分長い間、ピクリともしない卓郎の隣ですることもなく、倉敷は吉田の横顔を眺めていた。
その願い事は見当もつかないが、叶えばいい。ずっといつものだらしない顔でヘラヘラ笑っていればいい。倉敷の願い事はそんなところだった。

「……よし、完了。灰慈は拝まないのか?」
「今の間に願い事はカミサマに伝えといたからもういい」
「へぇーいっつもクールな灰慈にも願い事とかあるんだ。なになに?」
「そういうのは他人に言わない方がいいらしいからな」

適当にはぐらかせば、それもそうか、と吉田は納得したようだった。絶対に言うつもりがなかったので簡単に引いてくれて助かったと倉敷は心の内で安堵した。

「あ、受験のことはちゃんとお願いしといたか?」
「は?」
「お前受験生だろーが!」
「あぁ、そうか」
「なんだよ、いい加減だな」

わざわざ祈ることでもないし、と倉敷が言えば吉田は難しい顔で唸った。倉敷が不真面目な態度のわりに成績は優秀であることをすっかり忘れていたらしい。

「ちくしょう、ちょっと勉強できるからって」
「そりゃ悪いな、デキがよくて」
「……行きたい高校はあんのか?」
「さぁな」
「ちゃんと考えとけよ。折角選びたい放題なんだから」
「教師みたいだな」
「お、なんなら進路相談してやろうか? なんたって人生の先輩だからな!」

吉田に進路について話す自分の姿は想像できなかったが、胸を張った吉田の好意というものを一応感じた倉敷はそっと丸い頭を撫でた。
そのいつもと違った丁寧な仕草にキョトンとした顔で吉田が見上げてくるが、何と言えばいいのかよく分からず倉敷は目を逸らした。

「ラーメン食べに行こうぜ」
「……いきなりだな」
「初詣の後はラーメンに決まってるだろ?」
「そんなルール知らねぇし」
「あ、もしかしてお腹すいてない?」

こじんまりとした初詣を終え、境内から出たところで卓郎が意気込んで言った。
露骨に残念そうにする卓郎に倉敷が「いや、空いてるけど」と言うと途端に嬉しそうな顔に変っていく。実に単純な性格をしている吉田だった。

「どこの店にすんだよ」
「高架下のとこ! 俺あのラーメン屋の味噌ラーメン好きなんだよなぁ! 今日は俺の奢り……」

もうラーメンを食べることで頭がいっぱいなのか、急に足早に歩きだした吉田に倉敷はついていく。足の長さが違うので普通に歩くだけで十分追い付けた。

「……今日は俺が奢ってやる、気にすんな」
「すまねぇ、今度ちゃんと返すから」
「ちなみにいくら入ってたんだ?」
「二百七円」

早めに確認しといて良かったな。ジーンズから引っ張り出した財布の中身を確認するなり黙り込んだ吉田に珍しく気を遣った倉敷が優しい声を出した。

「灰慈に優しくされた……すげぇショックだ」
「さり気なくお前もなかなかヒデェな」








結局、倉敷の隣で吉田は味噌ラーメンではなく豚骨ラーメンを啜っていた。
散々あそこの味噌ラーメンは別格だのなんだの言っていたのに直前で気が変わったらしい。

「うーん、やっぱ味噌にすりゃあ良かったな……」
「お前……本当に面倒くせぇな」
「だって、豚骨も美味そうだったし」
「今度来たときに味噌にすればいいだろ」

すっきりしない顔でラーメンを啜っていた卓郎が明るい顔で言った。分厚いチャーシューが乗った豚骨ラーメンの写真につられたらしいが、どうやら味噌味ほどは気に入らなかったらしい。

「じゃあ、次こそ俺が奢るからな!」

何の意識もしていない吉田が口にした「次の約束」らしきものに倉敷の口の端が緩んだ。

「別にお前に奢ってもらおうなんて思ってねぇよ」
「先輩の優しさには素直に甘えとけよ」
「財布に数百円しか入ってない先輩にたかる趣味はねぇッスよ」
「そ、それはたまたまなんだって!」

少し前の気まず空気を思い出したのか、真っ赤になった吉田がズルズル麺を啜る。

「なぁ、卓郎」
「んー?」
「親とはどうなった?」

一瞬、麺を啜る音が消えた。しかし、すぐにまた耳障りぐらいズルズルと音が鳴る。

「んーふんんぐんぐー?」
「飲み込んでから喋れ」

ふざけているのか、子どもみたいに口に物を詰めながら喋られても倉敷には解読できなかった。

「うん、何も解決してない」
「そうか」
「……あんま詳しく聞かねぇんだな」
「興味ないからな」
「ヒデェ! それは酷い!」
「ばーか、冗談だ」
「……灰慈の冗談も結構タチ悪いな」

口一杯に頬張りながら、倉敷より数分遅れで全て食べ終えた吉田は箸を丼に乗せるとテーブルに肘をついた。掌で顔を覆い、表情隠すようにしてから深いため息をつく。

「俺の母ちゃん、人がいいんだけどね、ちょっとお人好しが過ぎるんだよね」
「……お前にそっくりだな」
「俺、ちょっと頭は悪いかもしれないけど、お人好しじゃないよ」

くぐもった声がした。まるで泣いているように声が震えて聞こえるのは、俺の気のせいであればいいのにと倉敷は思った。






カミサマだけが知っている、コイツの願い事

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