教えてください神様、 | ナノ



「吉田くん、次風呂どうぞ」

風呂場から戻ってきた沢地がタオルで髪の毛の水分を拭き取りながら言った。
整髪剤の類を使わなければ癖のない髪はぺたんと真っ直ぐになるらしく、その髪型は沢地をいつもより幾分幼く見せている。

「すみません、お借りします」
「あるものは好きに使ってくれていいから」

食後の余韻に浸りながらテレビをなんとなしに見ていると、時刻は二十二時を回っていた。
だんだん迫ってきた眠気に大きな欠伸をする吉田に沢地は風呂を勧めたのだが、頑なに一番風呂を遠慮されたため沢地が先に入ることになったのである。

吉田はその間に下着をコンビニで買いに行くことにしたのだが、鍵を借りるために風呂の準備をしていた沢地にその旨を報告したところ「夜道は危ない」などの反応に困ることを大真面目に言ってきたため、そこで一悶着あった。
吉田としては寒空の下、男のパンツの買い出しに沢地を付き合わせるのはあまりに不憫だと丁重にお断りしたのだが「不安だから……」と謎の粘りを見せられて徒に時間を消費してしまった。

結局、「そんなに俺のパンツの柄が気になるんですか!」と自棄になった吉田の一言であっさり沢地は引いたのだが、あまりの急な態度の変更にセクハラをしてしまった気分を味わい、若干気まずい思いをする羽目になった。

「あ、タオルは脱衣所にある白っぽいやつ使って。一応新品だから、それ」
「わざわざありがとうございます」

買ったばかりの下着を片手に吉田は風呂場のドアを開けた。ドンと洗濯機が置かれた小さな脱衣所には当然見覚えなんてものはなく、改めて人の家の風呂を借りているのだと意識すると落ち着かない気持ちになった。
小学生の頃、同じクラスだった友人の家に一度だけ泊まった経験はあるが、それ以降そういったイベントと縁がなかったせいで慣れていないからかもしれない。

修学旅行のときのような、非日常的な雰囲気にそわそわしながらも吉田は手早く髪と身体を洗い、湯船に浸かった。そして二、三分ほどで上がり、髪の毛の水気を十分払ってからバスタオルで拭いていく。
おそらく沢地は眠ることなく吉田が風呂から上がるのを待っているだろうと簡単に想像できたので全ての動作は速めである。

買ったばかりの下着を履いてから、沢地が脱衣場に用意しておいてくれたグレーのスウェットを着込む吉田。

「……おっきい」

沢地が中学生のときに着ていたもので、今ではサイズが小さくて着られないが捨て損なっていた一品という説明を受けていたので吉田は大いなるショックを受けた。
完全に袖も裾も余っており、身につけると不格好だったが特に問題はないかと諦めることにした。中学生の沢地相手でも身長が全然勝てそうにないのが悔しくはあったが、冷静に考えると倉敷という例もあって馬鹿馬鹿しくなったのである。

「お風呂ありがとうございましたー」
「……大きかった?」
「す、少しだけ!」

壁にもたれながらテレビを見ていた沢地は吉田の声に顔を上げ、目を合わせた途端、ふいと顔ごと逸らした。
あは、可哀想ってか! と吉田は泣きたい気分になったが沢地に余計な気を使わせたくなかったので堪えた。

「ごめん。でも俺の手持ちでそれ以上小さいサイズがなくて」
「いいんです。俺はこのサイズが着たかったんです!」

顔を逸らしながら気まずそうに謝られても、傷口を抉られるだけだ。
吉田は意地で極めて元気な声を出したが心に負った傷は簡単には塞がりそうになかった。

「じゃあ布団敷こうか。そっち引っ張ってくれる?」
「はーい」

吉田の傷心に気付いていない沢地は押入れから布団を出してくると、敷布団の端を吉田に持たせた。初めてではないが共同作業を終え、枕を並べて寝床を完成させる。

「吉田くん、どっち側がいい?」
「どっちでもいいですよ」
「じゃあ俺壁側貰うね」

部屋は二組の布団を敷くといっぱいになった。
畳の上に広がる布団を眺めていると修学旅行の記憶が呼び起こされて吉田はテンションを上げていく。

「はふー」

夜も遅い時間になってきているので、あまり音を立てないように気をつけつつ吉田は敷いたばかりの布団にダイブした。プールの飛び込みのようなポーズだった。

「吉田くん、髪乾かさないと風邪ひくよ」
「ああ、ごめんなさい。布団も濡れますよね」
「乾かしてあげよっか?」
「え? じじ、自分で出来ますよ!」
「いいからここ座って?」

いつの間にかドライヤーを構えていた沢地に手招きされる吉田。非常にいい笑顔で格好良かったのだが、恥ずかしさが薄れるのに役立つわけではない。
ぽんぽんと沢地の足の間に誘導された吉田はカチコチに固まりながら沢地に背を向けて座った。母親の膝に乗せられて髪を乾かしてもらう幼子のような格好だった。

「吉田くんって髪の毛柔らかいね」
「だから寝癖が酷くて」

ほこほこ。最初は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら固まっていた吉田だったが、心地よい温風とまるで撫でられているような指先に気持ちがとろけていった。
人に髪の毛を乾かしてもらうなどかなり久々なことである。沢地の手付きはとても丁寧で、熱くなりすぎないように髪を手櫛で梳いてくれるのが気持ちよくて猫なら喉が鳴りそうなほどだった。

「沢地さんドライヤー上手いですねー」
「そう?」
「美容師さんみたいです」
「ありがとう」

何やら贅沢な気持ちだった。お店で乾かしてもらうのに匹敵するんじゃないかと吉田は素直に思った。
吉田の褒め言葉に気を良くしたのか沢地は愉快そうに笑う。その低い笑い声も気持ちがよく、吉田はますます目を細めた。

お礼に吉田も沢地さんの髪の毛を乾かしたかったのだが、吉田が風呂に入っている間に乾かしてしまったらしく、完全に乾いていた。
いや、そもそもお礼になりそうもないことに気付き、吉田は唸った。

「うーん……どうしたものか」
「何が?」

深く考え込まずとも、今日は沢地のお世話になりすぎだという自覚は十分だった。
何か少しでも恩返しがしたい吉田は利口とは言い難い頭をフル稼働させて考えを巡らせた。

「……鶴…鶴だったら」
「どうしたの急に?」
「な、何でもないです!」
「さっきから吉田くん、冷たいね」
「つ、冷たくなんかしてません…! 本当です!」

どうせドライヤーの音で聞こえないだろうと思っていた独り言を拾われてしまった。
恥ずかしさのあまり古典的に口笛を吹いて吉田は誤魔化そうとしたが、沢地はやんわりとしながらも追求の手を緩めなかった。

「……機織りでもできれば良かったのに、って思いまして」
「鶴の恩返しみたいに?」
「本当に俺、もし鶴だったら自分の羽毟って機織りしたいぐらい沢地さんには感謝してるんですよ!」

それって感謝指数が分かりにくくない? と言った後で吉田は自分にツッコミを入れた。むしろちょっと怖いかもしれない。

「俺は……吉田くんと一緒にいるの、すっげえ楽しいから何も気にすることないよ」

言葉を探して唸っている吉田に沢地が言った。
その瞬間、吉田は自分の鼓膜が溶けるのではないかと本気で思った。優しい優しい声に何故か涙まで出てくる勢いだった。

背中を向けているため沢地の表情が見えるわけではなかったが、吉田の目には沢地の甘やかすような笑みが浮かんだ。

「……ふへぇ」

あまりにその言葉が嬉しすぎて、人類にあるまじき表情と声が出てしまったのは責められないはずだ。吉田はニヤける顔で自己弁護した。






なんて素敵なクリスマスなんだろう!

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