教えてください神様、 | ナノ



それからはCDショップを覗いたり、靴屋を冷やかしたり、帽子屋ではしゃいだり、心ゆくまで吉田と沢地は遊んだ。

「お腹すいてきましたね」
「夕飯どうしようか」

完全に日が落ち、イルミネーションが光っている街並みはとても綺麗で吉田は顔を輝かせた。
しかし人間というものは定期的に食物を摂取しなければならない生き物で、イルミネーションではお腹は膨れないものである。空腹に元気をなくし始めた吉田は薄っぺらい腹を擦りながら沢地を見た。

「俺で良ければ何か作り……あ、でももっと美味しいもの買った方がいいですよね」

折角のクリスマスですしね、と吉田は続けた。
ここはやはり特製スパイスで味付けした鶏肉を揚げたものがいいだろうか。眼鏡をかけた髭のおじさんが待ち構えてる店のチキンを思い出して吉田は涎が溢れそうになるのを堪えた。

「……迷惑じゃないなら、作ってほしいかなって思うんだけど」

想像の鶏肉に思いを馳せていると、沢地がはにかんだ顔で言った。
吉田は我が耳と目を疑った。俄かには信じられなかった。

「そそそんなご期待に添えるようなものは作れないですよ……」

眩しい笑顔に、心臓が嫌な感じで痛む。言わなければ良かったといくら後悔したところで時間は戻ってはくれない。
料理がとても得意な人間だったら良かったが、現実は「出来なくはない」レベルであり、吉田は項垂れる。

「吉田くんが作ったものが食べたいんだけど、だめ?」
「だめ? ってまた可愛い言い方しますね!」

がっかりさせるのが忍びなく、吉田はやんわりとしたお断り作戦を展開しようとしたが沢地に勝てるはずがなかった。

「ちょっと欲望に忠実になってみようかなって。ほら折角のクリスマスだし?」

てっきり「可愛くない」と男子高校生的なお怒りを受けると思ったが、沢地は不敵に笑うだけだった。
街中にいるため、周囲が騒がしい、そのためかもしれないが沢地が耳元で囁いてくるのでくすぐったさに吉田は身を捩った。

「ねぇ、だめ?」

吉田の肘の辺りにやんわり手を添えて再度囁いてくる沢地。何だか今日は距離感が近い気がする。
これは友情が深まったと思っていいんだろうか。おめでたい思考回路を持った吉田は無邪気に喜ぶと、どんと胸を叩いた。

「分かりました。吉田卓郎、渾身の力を込めて頑張ります!」
「そんな深刻な顔しなくても」

さきほどまでの及び腰は忘れて吉田は気合いを入れた。大したものは作れなくても、頑張ることに意義があると得意のプラス思考で気持ちを切り替えたのである。

「じゃあスーパー寄って帰りましょうか。精一杯それっぽいものを作りますから」
「ごめんね、わがまま言って」
「こっちは無理なお願いして泊めてもらうんですから、沢地さんのワガママなんて可愛いもんですよ! あ、俺何でもしますから、用事があれば好きに使ってくださいね」

吉田の恩返しだな、と特に意味のないテーマを設定した吉田が意気込んで拳を握る。

「な、何でもって…」
「はい、掃除でも何でもしますよ!」
「ああ…うん、そうだよね」


何故か赤くなった沢地に首を傾げつつ、さて何を作ろうかと吉田は頭の中にあまり分厚くはないレシピ本を広げた。








「こんばんは、三分間では収まらないクッキングの時間がやってきました」
「なんか番組っぽいね」
「こちらはアシスタントの沢地さんです」
「俺、アシスタントなんだ」

スーパーで買い物を済ませ、吉田は沢地の自宅キッチンに立っていた。気分は完全に料理番組で、ご機嫌にまな板と包丁を準備していた。

「今日は何を作るんですか?」
「ロールキャベツと鶏唐ですよ。材料は春キャベツ、合い挽き肉、卵、玉ねぎ、コンソメの素、その他調味料です。鶏唐は市販の唐揚げ粉を鶏肉にまぶして揚げるだけのお手軽仕様となっております」

吉田の小芝居に呆れることなく、むしろ楽しげにのった沢地はニコニコとしていた。

「ロールキャベツか……本格的な響きですね」
「それが意外と簡単なんですよ。でも難しそうに聞こえるでしょ? これで狙った獲物は一撃です」

ロールキャベツは見た目のわりに簡単にできるため、吉田の唯一の「得意料理」だった。正確には「得意かもしれない料理」ぐらいなのかもしれないが、特に大きな失敗をするような料理でもない上、若干のクリスマス感もあるためのチョイスだった。

「まずは玉ねぎをみじん切りにして炒めていきます」

玉ねぎの皮を剥き、器用でもないが不器用でもない手付きで刻んでいく吉田。目に染みているため涙目である。

「先生、手伝います」
「お、俺が先生?」
「だって俺がアシスタントなんですよね?」
「えっと…じゃあ炒めてもらえますか?」

沢地は吉田が気まぐれに始まった料理番組ゴッコを続けた。
アシスタントということでガッチリ敬語を使われる吉田は照れ笑いを浮かべながらフライパンを指差した。

「炒めたらあら熱をとって……その間にキャベツを茹でますね」
「なんか……照れますね」

えへへ、と気をつけていてもニヤける顔でキャベツを毟る吉田に優しい声で沢地が言った。
イケメンは声もいいらしい。

「沢地さんも照れますか?」
「え、吉田くんも?」

沢地も料理番組ゴッコの止め時が分からなくなって恥ずかしくなったんだろうか、と吉田は思った。

「俺、沢地さんが敬語使ってるとドキドキハラハラします」
「あ……うん、そういう意味でね」
「沢地さんはどんな意味で照れたんですか?」
「…………お湯沸いてるよ。キャベツ茹でるんでしょ?」

パッタリ敬語を止めると沢地はぞんざいにキャベツを鍋に突っ込んだ。
なぜ耳が赤いのか、吉田にはよく分からなかった。

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