教えてください神様、 | ナノ



「ごめん、待たせちゃった?」
「ほああああ」

晴巳の言葉通り、ほどなくして沢地が迎えに来た。

吉田が所在なく校門前に立っていると、他校の制服を着た、長身の目立つ容姿の男が現れたのだから下校途中の生徒たちは一時ちょっとしたパニックになった。
これはまずいと、ほとんど言葉を交わさないまま慌てて沢地を引っ張ってきた吉田だったが、落ち着いてくると恥ずかしくなってきた。

「すいません、引っ張っちゃって」
「あれ、離しちゃうんだ、手」
「か、からかわないで下さいよ!」

いくら慌ててたとはいえ、男に手を引かれたのはさぞ沢地も恥ずかしかっただろうと思いった吉田だったが、沢地はその程度では動揺しないらしい。
「残念だな」とまるで女の子に向けるような甘ったるい笑みを向けられた吉田の心臓はキュンと高鳴った。

「もう、沢地さんは格好良いなぁ、ちくしょうめ」

決して馬鹿にするという感じではなく、余裕あるジョークといった雰囲気は吉田の目に文句なく格好良く映った。
えへへ、とつい緩んでしまった顔で照れ笑いなどを浮かべる吉田は憧れの俳優を前の前にした女学生のようだった。

「……吉田くんは、その…すごく可愛いと思うけどね」
「いやいや、それはないですって」

気を遣ってくれたのかは定かではないが、謎の褒め言葉が沢地の口から出てくる。
可愛いというのはいくらお世辞だとしても無理があると思ったが、沢地が言うなら嫌な感じはしなかった。気恥かしくてヘラヘラした顔になってしまうが。

「あ、あの、今日は本当に良かったんですか?」

一連のドタバタですっかり忘れていたため、妙なタイミングで確認を取る羽目になった吉田は上目遣い気味におそるおそる沢地を見る。

「堤くんが無理言ったっていうなら別に断ってくれて構いませんから」
「いや、今日母親帰らないらしいし、泊めるのは全然構わないよ」

いつものように柔らかな笑顔で対応してくれる沢地に申し訳なさが込み上げてくるものの、吉田は素直にその優しさを貰っておくことにした。
十二月も下旬だというのに野宿はさずがに避けたいのである。

「じゃあどこ行きたい?」
「え?」
「お爺ちゃんじゃないんだから帰って飯食って寝るだけっていうのもね」

どこか浮ついたように見える沢地の予想外の言葉に吉田は面食らった。

「俺が一緒でもいいんですか?」
「俺が一緒って……他に誰と遊べっていうの?」

もしかして何か遊びの先約でも入っていたのではないか、と思い当った吉田は慌てたが、沢地は渋い顔をするだけだった。何かが食い違っている感じがして吉田はますますワタワタしてしまう。

「だってその……俺なんかが一緒でも楽しくないですよ、きっと。あ、俺は夜に沢地さんの家に行きましょうか? 俺それまで時間潰してますから沢地さんは……」

考えてもみれば、今日はクリスマス・イヴだ。街は浮かれムード一色というやつで。
そんな日に沢地さんのような人を独占するなんて罪深いにも程がある。きっと他にも予定が詰まっているに違いないのに。
吉田の脳内では美女とカクテルグラスで乾杯する沢地のビジョンが浮かんでいた。もしそれを沢地が知ったら腹を抱えて笑ってしまいそうな陳腐すぎる想像だったが、残念なことに吉田は真剣だった。

「俺はそれまで適当に時間潰してますし」

駅前のファーストフード店をいくつか思い浮かべて言った吉田だったが、沢地の渋い顔が悲愴感漂うものになっていることに気付いた。

「俺は、吉田くんとずっと遊べると思って期待してたんだけどな」
「あ、遊びましょう! 不夜城で遊びあかしましょう!」

気が付けば、そう叫んでいた。
なんだか自惚れちゃうなぁ、と思いつつ。








吉田と沢地は手始めにゲームセンター、略してゲーセンという学生も御用達の賑やかな娯楽施設に乗り込んだ。
時期が時期だからか、カップルやら家族連れやら友人同士やら、大勢の人で賑わっている店内は活気に溢れている。

様々なゲーム機の多重演奏や、目に痛いライトや原色気味の店の内装。そんな派手な空間に少し心踊ってしまう俺はまだ若者だよな、と吉田は若者らしからぬことを考えた。

「沢地さん、対決しましょうよコレ!」
「え、これ……?」
「ダメですか?」

入口の傍にあったゲーム機を指差し吉田は沢地に声をかけた。今まで何度か遊んだことがある、リズムに合わせて太鼓を叩きまくるゲームだった。
今なら順番を待たずに遊べそうだったからで、どうしてもやりたかったわけではないのだが、沢地が太鼓を叩く姿を想像すると楽しそうで吉田の気分は盛り上がる一方だった。

「ちょっと…これは…」

クールな不良という自己認識があるのか、沢地は非常に困った顔で言葉を濁した。
その歯切れの悪さに吉田は初めて晴巳が意地悪なことをしてニヤニヤする理由を悟った。これは楽しい。

自分のキャラではない行動を取りたくない気持ちとキラキラした吉田の期待の眼差しに応えたい気持ちの間で葛藤している沢地にも気付かず、吉田はニコニコとていた。

「じゃあ、あれ取ってください。あの電気ネズミ」

なかなか傲慢な妥協案を提示した吉田だが、そこはイタズラなわけであって本気で強請っているわけではない。

「沢地さん、こういうの得意ですか? 俺苦手なんですよねー」

クレーンゲーム機の中にはぬいぐるみ沢山詰め込まれていた。
中でも吉田の目を引いたのが、子どもの頃夢中で遊んだ携帯ゲーム機に登場する黄色いキャラクターだった。

別に喉から手が出そうな勢いで欲しいわけではなかったが、あまりの懐かしさに目が釘付けになっているのは確かだ。
ペットショップの前で子犬や子猫に夢中になる子どものように透明な板に張り付いた吉田の姿に微笑んだ沢地が言う。

「それ取るから、あの太鼓は諦めてくれる?」
「え? ああ、冗談ですよ! 太鼓やりたくて仕方ないわけじゃないですし」
「いや、男の沽券にかかわるから」
「沽券って……」

妙に覚悟を決めた顔で自分の顔を見てくる沢地に吉田は言葉を失った。
大してやりたいわけでもない太鼓を半分強制した挙句、最終的には強請りみたいなことをしてしまったことに気付き、慌てて謝ろうとした吉田だったが。

ぴろりろりーん

「て、もうゲームスタートしてるしぃいい!」

突然鳴り響いた軽快な音楽に目を向ければ、既に三つほどのボタンと格闘している沢地がそこにいた。

「吉田くん、ちょっと静かにしててくれる…?」

既にクレーンは動いており、今更止めさせることもできない。音楽が無情にも鳴り響く。

「お、お、おぉ……!」

申し訳ないやら、自分が恥ずかしいやら、吉田は言葉もなかったが、いざアームが黄色いぬいぐるみを持ち上げると易々とテンションが上がってしまった。
吉田は可哀そうなくらい単純だった。

「おわ、おお…!」

そして見事に取り出し口に転がり落ちたぬいぐるみにテンションはマックスだった。完成を上げて拍手する吉田に沢地が穏やかに笑う。

「吉田くん、それ取っててくれる? 俺袋貰ってくるから」
「そんなの悪いですよ……ってもう居ない」

クレーンゲームの醍醐味は落とした景品を取り出すことにある、という持論の吉田は辞退しようとしたが、気付けば沢地は颯爽と消えてしまっていた。

大人というものはこんな楽しみすら人に譲れるものなのか。吉田は驚愕の思いで取り出し口に手を突っ込んだ。ちびっ子の羨望の眼差しを背中に感じたが、勿論無視した。

「お待たせ。これで入る?」
「おわ、何から何まですいません…」

フカフカとしたぬいぐるみを腕の中で転がしていると、ゲーム機メーカー名が印刷されたビニール袋片手に颯爽と沢地が戻ってきた。
袋の口を開けて「はい」と言われたのでそこにぬいぐるみを押し込む。袋から耳の先が少しはみ出していて可愛らしかった。

「じゃあこれ吉田くんが持ってて。俺ちょっと恥ずかしいから」
「はい!」

丸くデフォルメされた可愛さに思わずニヤニヤしていた吉田にクスッと大人っぽく沢地が笑った。

「あ、お金! お金払います!」
「いいよこれぐらい」
「そ、そんなわけには……!」

自然に流されていたが、お金のことを思い出した。こういったクレーンゲームの景品は非売品なため、お金だけの問題ではないのかもしれないが、せめて投入金額くらいは返したい。
吉田は慌てて財布を探るが、沢地が少し口ごもるように何かを言った。店内がうるさくて聞き取れなかった吉田は首を傾げた。

「……格好、つけさせてくれると嬉しいんだけど」

二回目はよく聞こえた。その言葉に吉田が目を瞬かせると沢地は照れくさそうに笑った。

「既に格好よすぎです沢地さん!!」

俺が女の子なら大変なことになっていましたよ、と続けると沢地は非常にいい笑顔を吉田に向けた。

「ありがとうございました沢地さん。この子、大事にします」

店の中をブラブラしている間吉田は何度もお礼の言葉を述べた。

「ぬいぐるみ一つで大げさ」
「でも俺嬉しくて」

吉田のお礼とそれに対する沢地の苦笑というやりとりが二桁になろうかという頃、二人は店から出ることにした。
入った頃に夕暮れだった街はすっかり夜になっており、冷たい空気に吉田はブルッと身体を震わせた。

「ぬいぐるみなんかで簡単にホイホイされてたら心配だな」
「ホイホイされるってなんですか、俺は幼児ですか」

対向線の人波を上手くかわせず、肩をぶつけヘコヘコ謝り歩く吉田に沢地が心底心配そうな声を出した。
更にぶつかりそうになる度、やんわり肩を引き寄せてくれるサービスまで振る舞う有様だった。

沢地は時折、吉田が高校生男子だということを忘れているよう行動を取る。それが吉田にはくすぐったくてたまらない。

「危なっかしいなって」
「知らないおじさんにはついて行かないので大丈夫です!」
「うん、本当について行っちゃだめだよ」
「……マジな顔で言われるとさすがにしょんぼり感がハンパじゃないんですけど」

沢地さんは俺を幼稚園児程度だと思っているんだろうか。 吉田は黄色い耳がはみ出したビニール袋の持ち手をぎゅっと握りしめながら頬を膨らませた。
少しばかり顔が赤い原因は寒さなのか、それ以外なのかは微妙なところであった。

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