教えてください神様、 | ナノ



「今日夕飯食べて帰らね?」
「おー、何食って帰る?」

冬休みが目前まで迫ったある日の放課後、ありきたりな高校生の会話を晴巳たちは嗜んでいた。

気象予報士によると今年は十年に一度の寒冬ということで、公立高校の旧型暖房の虫の息のような頼りない温風で暖を取りながら吉田は言った。

「中華! か、和風か、洋風……エスニック?」
「和洋折衷すぎな意見ありがとう。何の参考にもならなかったけど」

カッターシャツの下には某衣料量販店の熱を逃がさないと謳っているインナー。カッターシャツの上には同店のカーディガン。その上にブレザーも着ているというのに底冷えする寒さは振り払えない。

「だって何でもいいんだよ、俺。とにかくお腹に何か入れないと……大変なことに」
「俺ちょっと大変なことになってる吉田くん見たいかも」
「マジで? ラスボスの第二形態みたいな姿になるけど、それでも見たい?」
「余計に見たくなった。ねぇ、さっさと変形してよ」
「え!? そ、そんな急に変形できないし」
「何だ、出来ないのかー」
「露骨にガッカリすんのヤメて」

大変不毛なやりとりだった。人一倍寒がりな晴巳は室内だというのに巻いているマフラーに顔を埋めながら小さく笑った。

「とりあえず学校出よっか。歩きながら考えた方が早い」
「へ、変形しなくてもいい……?」
「うん、牙とか羽生える吉田くんとか別に見たくないし」
「さっきは見たいって言ったのに!」

そうと決まれば、帰るに限る。晴巳は分厚いダッフルコートをブレザーの上に羽織ると、鞄を持って教室を出た。残っていたクラスメイトに愛想よく手を振るのも忘れない。晴巳は円滑な人間関係を大切にするタイプなのだ。

「ちょ、待ってってば!」

その愛想を与えてもらえなかった吉田は慌てて晴巳の後に続いた。ボタンを閉める時間もなかったPコートは半分肩からズリ落ち、そこにリュックサックを引っ掛けるように背負っているので全体的にくしゃくしゃになっており、追剥にあった農民のような雰囲気だった。現代日本でそんな悲壮感溢れるオーラを出せる男子高校生も珍しいかもしれない。

「置いてくなんて酷い! 鬼! 悪魔!」
「はぁ、寒いよなぁ……なんでこんな時期に合唱コンクールすんだろーね」

わざとらしい泣き真似をする吉田をさっくり無視し、晴巳は綿飴のような白い息を吐きながら廊下の窓を見た。外は見事に真っ暗で、月が浮かんでいる。それも当たり前で、時刻は既に六時半を少し回っていた。

「そんなの俺だって聞きたいよ……帰宅部なのに何でこんな時間まで学校にいなきゃいけないかなぁ」
「クラスに熱血多いから、じゃね?」

帰宅部の晴巳たちがこんな遅くまで学校にいるのは稀なことである。勿論、趣味で居残ったわけではない。ある種の強制だった。

晴巳たちの通う高校はそれほど行事に力を入れていないのだが、冬休み前の微妙な時期に合唱コンクールなるイベントが行われているのである。
授業を潰して練習時間をわざわざ取るわけではなく、放課後と朝練でクラスごとに自主的に練習に取り組むことになっており、やる気があるのかないのかよく分からないスタンスの行事だった。

「もうちょっと手抜いてもいいと思うけどなー」

高校生にもなって合唱の練習を熱心にするか? と思っていたころが懐かしい。二人のクラスは無駄に熱血揃いで、予想以上に放課後などに練習が呼びかけられるのである。

部活動に入っている者はそちらを優先できないこともないのだが、特に理由もなく練習に不参加を続けるとクラス内での評価にかかわる。
面倒な揉め事にあえて巻きこまれるのも馬鹿みたいだと考えた晴巳は、不定期で行われる放課後練習を考慮し、ここ最近は一真と別に帰宅することにしていた。

……いや、そこはそんなに問題じゃない。晴巳は誰に言うでもなく自己弁護した。あくまでも連日の熱血練習にうんざりしてるだけだ、と。

「いい加減目的地決めよっか。無駄に歩き回る羽目になるとか寒いし」
「金欠につき安いファミレス希望します、隊長」

ポケットに手を突っ込んで底冷えする街を歩く。
民家からカレーの匂いなんかが漂ってくるので、空腹が暴れ出しそうな吉田は切ない顔で訴えた。

「吉田くんてだいたい金欠だけど、貯金とかしてんの?」
「したい、とは思ってる」
「つまりは、思ってるだけ、と」

えっへへ…と間の抜けた顔で照れる吉田に「褒めてないから」と晴巳はツッコミを入れた。

「ファミレスだったら近くにガス…あ」

頭の中に周辺地図を広げていたら、視界の端に見知った姿を見つけた。晴巳は小さく声を上げる。
「一真、何してんのこんなとこで」
「……晴巳こそこんな時間まで何フラフラしてんだよ」
「こんな時間って……まだ夕飯の時間かと思いますけど」

偶然の遭遇を果たしたのは一真で、晴巳は小走り気味に近づく。既に一度帰宅したらしい一真は私服姿だった。

「いやさー、今やっと練習終わって吉田くんとご飯食べに行こうかと思ってさ」

放課後の練習のせいで、直接顔を合わせるのは一週間ぶりだった。期間にすれば大したことはないのかもしれないが、それまでは毎日会うのが普通だったので妙な感じだった。

「吉田……か」
「あ、うん。何回かは会ったことあるでしょ、吉田卓郎くん。俺の友人」
「ど、ど、どうも吉田ですっ……」

吉田、という名前に何か思うところがあるのか微かに眉間に皺を寄せて反応する一真。
そのリアクションにこの二人にはあまり交流がなかったことを思い出した晴巳が一真の前に吉田を押し出した。
改まった「友達を紹介する」という行為に若干照れたので晴巳の頬は微妙に赤い。

「……」
「何で不機嫌になんの」
「つ、堤くん、イイんだヨ」
「吉田くんも何事? 壊れかけのロボみたいだけど」

吉田が青ざめている。一真は一真で見るからに不機嫌で、意味がわからん。と晴巳はきょとんと首を傾げた。いや、吉田はともかく、一真に関しては心当たりが皆無というわけではなかったが、自信はない。

「あ、一真ご飯もう食べた?」
「今買いに行くとこだった」
「じゃあ一緒に行く?」
「……」

もしや、と期待半分で誘ってみれば無言のままコクリと頷く一真。

何だ、マジか。寂しかったとか、そういうことか。
うっかり可愛いとか思ってしまった晴巳は床を転がりたい衝動を押し殺すのに必死だった。

「お、俺帰ろっかな! 急用が、ほら、あれ」
「なに、用事あんの?」
「よ、用事というか、じゃ、邪魔したらあれだし…それだし……」

青い顔で急に焦り始めた吉田に晴巳は戸惑う。
暫く何事かと考えて、「そういう」気を遣われていることに思い当った晴巳はカアアと顔を赤くしながら吉田の肩をばんばん叩いた。

「なら、最初から吉田くんと行くって言ってるんだから、何も遠慮することないじゃん。むしろ邪魔なら一真とか放っておけばいいし」
「そんなことないデス! みんなで仲良く行きましょう!」

吉田は人見知りなどしないタイプだと思っていたが、やはりほぼ初対面の相手と一緒にご飯を食べるというのはハードルが高いのかもしれない。
晴巳はそんなことも考えながら、それなら先約の吉田を優先するのが筋だと主張したのだが、吉田はふるふる首を振るだけだった。

なんでそんな挙動不審? と思ったが、あまりにも吉田が真剣なので晴巳は口を挟めなかった。

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