教えてください神様、 | ナノ


改造されていると思ぼしきバイクから、暗闇を切り裂くような爆音が響いた。
そして薄暗い路地裏に何度も反響して、空気中に溶けていった。

訪れた静寂に、吉田卓郎(よしだ たくろう)は一仕事終えたような達成感を味わっていた。
友人のために正しいことをした自負と、何やら気恥ずかしい気持ちとが交ざってくすぐったい気分だった。

だが、うむうむ、と一人頷いてみせるのは、実のところ半分くらいが現実逃避のためだった。
背中に冷たい冷や汗が流れて止まらない。

寒い。寒すぎる。
気温云々の話ではなく、視線という名の棘で背中をちくちく刺されてている心地を吉田は味わっていた。

周りには、一見したところ素行のよろしくなさそうな方々、平たく言えばヤンキーたちが思い思いに寛いでいた。裏路地に面した、建物と建物に挟まれた何もない空き地だが、ソファーやテーブルなどが運び込まれており、ちょっとした秘密基地のよう見えて吉田は密かに心をときめかした。吉田は童心を忘れない男なのである。
つい数秒前、そんなヤンキーのホームにたった一人で軽やかに置き去りされた身分ではさすがにはしゃぐ気にはならなかったが。

「…………お邪魔しましたー」

それでも、もうちょっと独りぼっちの俺を気遣っても罰はあたらないぞ、と吉田は思った。

友人と、その知り合いらしき長身の男はバイクの二人乗りであっという間に去っていき、まさに急に来て急に帰った感じだった。
だから一人残された自分に視線が痛いほど集中するのは分かるが、吉田自身にもなにがなんだかよくわかっていないので、見られても困るというものである。

完全に変な空気になってしまったこの場から、吉田は一刻も早く立ち去ることにした。
「こそ泥といえばコレだろう」と誰もが思い浮かべるような忍び足を駆使し、存在感を消す。いや、消えるはずがないのは承知だが。

自分を置いてさっさと行ってしまった友人に対して、この野郎! 的な気持ちはあるものの、このところの沈んだ様子を思い出すと責められず、「俺いいヤツ……」と自画自賛しながら吉田は来た道を引き返した。

「…………おい」

周囲の視線を完全無視し、何ごともなく立ち去ろうとした吉田だったが、もう少しでこの空間から出られるというところで、ふいに咎めるような声がしてピシッと漫画のように固まる。

ギギギと顔を声のする方向に向けると、そこには一人の少年がいた。
薄汚れた壁に背を預けて立っており、吉田に鋭い視線を向けている。全体的にダボッとした印象の服装で、灰色の短い髪をツンツンと立てている。
パッと見ただけで自分より10cmぐらい高そうな身長と、整っているものの険しい顔つきや醸しだされるオーラに圧倒された吉田は「ヒイッ」と悲鳴をあげた。

「……ヒイッってなんだよ。テメェ舐めてんのか」
「め、滅相もねぇでやんす!」

…………噛んだ。
吉田は許されるなら膝から崩れたい勢いだった。

ドラマで仕入れた知識だが、吉田は不良という生き物はヘコヘコしすぎると気分を害すものだと思っていたので、嫌味にならない程度のマイルドな敬語を使おうとしたのだ。それが正しい不良象なのかはさて置き。
だが緊張のあまり、口から飛び出たのは謎の言葉だった。

吉田はションボリしながら、トボトボ歩き出した。穴があったら入りたい気分で、もう家に帰ることしか頭になかった。

ぶっは

数秒の沈黙の後、どこかで豪快な音がした。吹き出すような音だった。

「でやんす、って!」
「何キャラだ! お前ッ」

そしていきなり爆笑に包まれた。
引き笑いで蹲る者や、手や壁やらを叩き回る音までする。

「え? 何、俺人気者?」

卓郎は唖然として周りを見渡す。

吉田の動きを最初からずっと見ていた彼らにしてみれば、突然の下手糞な忍び足も、「ヒイッ」という漫画のような悲鳴も、「でやんす!」という叫びもギャグの一種だった。
なにも分かっていないらしいきょとんとした狸のような垂れ目がパチパチ瞬きを繰り返す様もまたツボで、ぎゃはは、と吉田と目が合う度に豪快な笑い声を上げる。

「ど、どーも?」

一体何を急に笑い出したのか、吉田にはイマイチ把握できなかったが、友好的といえば友好的なムードである。そのことにホッとしながら首を傾げてみた。

「何でお前お礼なんかしてんだよッ」
「おもしれー」

とうとう馴れ馴れしく肩まで叩かれて、本当に人気者のような扱いを受けた吉田はますますパチクリするしかない。

「とりあえずここ座れって」
「俺なんか飲み物持ってきてやるから」

ビールケースを裏返した即席の椅子を勧められ、断る隙もなく吉田はちょこんと腰掛けた。
数ヶ月前、友人も腰かけたものだが吉田には知るよしもなかった。

「えーと?」

まるで祭かなにかのような盛り上がり方に戸惑いながらも、吉田は賑やかな空気にニコニコとした。童心を忘れない男は祭りも好むのである。
平凡かつ気弱そうな外見をしているのに、意外に畏縮しない吉田を更に周りは気に入ったのか、ワラワラ人が集まってくる。

「おい」
「なんでござるッ」

しかし再び先程の灰色の髪の男が威圧感たっぷりに呼んでくるものだから、所詮は小市民でしかない吉田はビビった。

挙句、再び残念な言葉が漏れた。

またしても爆笑がもたらされたのは、その二秒後だった。

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