教えてください神様、 | ナノ



「………」
「………」

倦怠期のカップルみたいだな、と吉田はぼんやり思った。実際のところ、吉田には交際の経験がないので完全に想像なのだが。

カラカラと自転車を押しながら夜の街を歩く。
風はひんやりと冷たく、鈍った頭に喝を入れられるようだったが、現状を打開する策は残念ながら何も思いつかなかった。

吉田は何も言わなかった。倉敷も同じように何も言わない。よって二人は黙々と歩くだけだった。

はっきり言って重苦しいことこの上なかった。
何か言えよコラ、と吉田はひたすら心の中で念じてみるものの、倉敷には伝わってくれないようだ。

無言のまま賑やかな雑踏から離れ、住宅地に入る。此処までくれば、家まであと数分といったところだ。

「……卓郎」
「…はい?」

こりゃもう完全に無言で帰宅に決まりだなと吉田が覚悟を決めた矢先、倉敷が不意に口を開いた。

「……悪かったな」
「え、どうしたの急に?」

自転車を押してため、よそ見はできそうになかった。だから吉田には倉敷がどんな顔をしているかを確認することはできなかった。ただ声は少し上擦っていると感じた。

「…さっき、お前に………何でもねぇ」
「うぇえ!? 言いかけてヤメるのは反則だって!」

バツが悪そうに口ごもる感じが可愛らしく思えてニヤッとしてしまっていた吉田を見ていたのか、倉敷は不機嫌そうに会話を打ち切って軽く舌打ちをした。

「なんでもねぇよ」
「なんでもないって…」

抗議の声は無力だった。再びバッサリ切り捨てられ、吉田の声は完全に無視だった。こうまでされると、少し落ち込んでしまう。そして気になることが少々ある。

もしかして、俺灰慈に嫌われてるんじゃない?
自分で立ててみた仮説が予想以上に現実味があって、ますます吉田は気落ちした。

考えてみれば、出会いから現在に至るまで好かれる箇所など特に思いつかなかった。
特別恨みを買うようなことをした覚えもなかったが、知らないうちに何かしてしまったというのも十分考えられることだった。

それなら、辞退したのだからわざわざ送ってくれなくても良かったのに。吉田は心の奥がざわざわとする嫌な感覚から目を逸らすようにあえて明るい声を出した。

「灰慈ってさぁ」
「あ?」

「俺のこと嫌い?」と続けようとして止めた。返事がどうであれ、聞いてどうするつもりなんだと急に恥ずかしくなったからだ。

「何だよ」
「ごめん、何でもない」
「……ふざけんなよテメェ」

とりあえず誤魔化すためにヘラヘラ笑ってみたものの、火に油を注いだだけらしく倉敷は厳しい目のままだった。

「灰慈だってさっきやったじゃん、何でもないよ攻撃」
「別に俺は攻撃してねぇよ」
「いやいや、俺も別に攻撃したつもりはないんですがね」

吉田は中学の時から帰宅部で、高校から始めたバイト先でも一番年下ということもあり、年下と仲良くする機会はこれまでなかった。
そのため「後輩」という言葉は吉田にとって心ひかれる素敵な響きであり、特別なものだった。

はしゃぎすぎたのかもしれない。吉田は冷静に考えた。
初めてできた年下の後輩のような存在に嬉しくてはしゃいでしまった自覚は十分ある。それを倉敷が煩わしく思っていない保証はどこにもなかった。

「………卓郎」
「……ん?」

内心溜め息をついて、けれど実際は妙な緊張感で呼吸も上手くできなかった吉田は生返事を返した。

「家、着いてるけど」
「え…あぁ! 本当だ、ごめん…!」

完全に頭の中が飛んでいたらしい。見慣れたアパートをまさかのスルーし、吉田はカァアアと顔を赤くした。

「………ふっ」
「は、鼻で笑うんじゃねぇ!」
「卓郎ってアレだよな、アレ」
「何だよ…」
「間抜け」
「ひ、否定はできないけどちょっと露骨な表現……もうちょっとやんわりとした物の言い方ってモンがあるでしょーよ」

吉田は小学校の通信簿には毎回「注意力が足りない」と書かれるようなタイプだったが、倉敷の言葉は素直に受け取れるものではなかった。

文句の一つでも言おうと、口を開いて。ドクンと心臓が嫌な音を立てた。無表情の倉敷と目が合ったのである。
初めて会った時みたいな無関心な目で、吉田は怯んだ。怖いというわけではなかったが、この場から逃げ出したい気持にはなった。

「……あっはは、俺帰んな! わざわざ送ってくれてあんがと」

何か、怒らせた?
先ほどから倉敷の様子がおかしく、吉田は戸惑っていた。特別輩風を吹かせたつもりはなかったが、最近は距離が近づくにつれ馴れ馴れしい態度を取っていた気がするので、その辺りを煙たがられているのではないかと推測する。

「……待てよ」
「え?」

脳内会議では結論も打開策も出ず、もう逃げるしかないと自転車を力一杯押して駆け出そうとした瞬間、吉田は肩を掴まれ、ガクンと身体を揺らした。

「茶ぐらい出せよ。わざわざ送ったんだからな」
「ぇえ!? 俺別に希望したわけじゃないのに?」
「そんなことは関係ない」
「お、俺の家で茶を飲みたいのか?」
「だからそう言ってんだろーが。別に今日誰も家にいないんだろ?」

思いもしなかった要求に吉田はただ呆然と口を半開きにした。

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