教えてください神様、 | ナノ



季節は冬。ブレザー中にカーディガンを着こみ、更に上にはコートを羽織らなければならない気温になっていた。

「吉田くん、何ヘラヘラしてんの?」
「ヘラヘラじゃなくてニヤニヤしてんの!」
「余計変態っぽいよ」

辛辣なように聞こえる晴巳の言葉だが、事実一人で悦に入った顔をしている吉田は危ない人のようで、クラスメイトからの視線が痛かった。吉田は気付いてもいなかったが。

「で、ニヤニヤする原因は何?」
「沢地さんからメール来てたんだ!」
「ふーん、あの人頑張ってんだね」

密かに見せびらかしたかった吉田としては、晴巳が聞いてくれたのは大変ありがたかった。嬉々としながら携帯電話の画面を晴巳に見せる。

「……トモダチ、なんだっけ?」

今日放課後遊ばない? 要約するとそんな意味になる文面を目の当たりにした晴巳は思案顔で吉田に尋ねた。

「そーだけど?」
「……へぇー」
「その微妙な沈黙は何?」
「別に何でもないよ。気にすんな、吉田のクセに」
「いきなりの吉田差別ぅ!」

羨ましがられるとは思っていなかったが、値踏みするような目を向けられた吉田は戸惑いの声を上げた。しかし晴巳はいつものようにしれっとした顔で、取り合う気がないらしく、吉田は膨れつつも追及するのを諦めた。
上下関係とはこうやって築かれていくものなのかもしれない。

「まぁとりあえず上手く行ってるんだろ?」
「おうよ、もうマブダチっての?」

忘れもしない「ヤンキーの溜まり場に放置事件」から一月と半月ほどの時間が経っていた。その間、平凡だった吉田の生活は少しばかり変わっていた。

まず沢地という年上の友達ができた。それから倉敷という生意気な後輩(っぽいもの)ができ。更にそんな彼らと一緒に夜、例の溜まり場で会うようになった。
勿論他の大勢のヤンキー染みた人達も一緒である。

何をするわけでもなかったが、バイトのない日などには欠かさず会いに行く。
週末には倉敷と遊びに出かけたり、沢地のバイクの後ろに乗せてもらって遠出することも少なくない。
学校が終わるとほとんどバイトか直帰の二択だった吉田の生活はいつの間にかとても賑やかになっていたのである。

「……最近吉田くん楽しそうだしな、良かったね」
「うん、毎日何かと楽しいよ……ところで堤くん、例のあの人と最近どうなの?」

まるで娘の恋愛話に興味津々の母親のような声だった。吉田は興奮を隠しきれないといった顔で少しばかり晴巳に近づく。一応内緒話といった体らしい。

「……吉田くんってどこまで知ってるんだっけ?」
「な、何と言いますか…お付き合いをなされているとかいないとか……」
「………………そう」

沢地経由で散々晴巳と一真の「仲睦まじいエピソード」を耳にしている吉田としては、既に身近な話題なような気がしていたのだが、晴巳は急速に顔を曇らせてしまった。
え、聞いちゃいけないことだった? と内心嫌な汗をだらだらかきながら吉田が細切れに場を繋ぐ言葉を放つが、妙な沈黙が辺りを包むだけだった。

「……吉田はさ、気持ち悪いとかって思わないの?」
「え?」

かなり長い沈黙の後、晴巳が声を潜めて尋ねた。
いつもの冗談混じりの「くん」付けもなく、所在無さげに視線を彷徨わせる晴巳の様子は弱り切っているように吉田には見えた。

「ごめん、何でもないよ」
「……本当みんな自己完結が好きだよね、俺の話に興味はねぇってか!」

何でもなかったかのように笑われても、鳥じゃあるまいし、そんなに簡単に忘れられるはずがない。吉田はそう憤った。

「沢地さんもそうだ。勝手に俺の意見を決め付ける」
「吉田くん……」

休み時間中だったが、教室というフォーマルな場所であることを一応考慮した吉田は声量こそ絞り気味だったが、頑として主張した。

「俺は皆の期待の斜め上を行く男、吉田卓郎だぞ?」
「……そんなキャッチフレーズ初耳なんすけど」
「つまり堤くんはマイノリティな自分の立場が不安なんだろ?」
「……吉田くんの口からマイノリティとかいう言葉が出てきた方が不安だよ」
「覚えたての言葉を無理して使ってんだからあんまり弄らないで!」

人の感情の機微に聡いとは言い難い吉田だったので、晴巳の言いたいことを完璧に把握することはできなかったのだが、なんとなく晴巳の顔色がよくない理由は理解できた。
不器用な言葉が続くが、吉田は吉田なりに真剣だった。

「堤くんが心配してることなんて、微々たることだと思うよ、俺」
「……」
「俺は全然そんなの気にしないもん」
「……もん、は気持ちが悪い」
「人が真面目に言ってんのに!」
「……ありがとう、吉田くん」
「ほへ?」
「別にマイノリティ溢れる立場でも全然気にしないぐらいの気持ちはあったんだけど、吉田くんがそう言ってくれて嬉しいよ」

はにかむ笑顔。弾ける笑顔。いつも通りの晴巳だった。
かなり乱暴な感じになってしまったが、伝えたいことは大体伝わったらしい。珍しい晴巳からのお礼の言葉に吉田は頬を赤くした。

「……おう」
「何、吉田くんったら照れてんの?」
「違うし、全然違うし」

立ち直りの早さがすげぇな。と吉田は関心した。付き合いの長さも半年を越え、晴巳の性格にも随分慣れてきたが、こういうとき勝てる気がしないと改めて思ってしまう。
あれか、俗に言う……

「ツンデレ? 堤くんたらツンデレ?」
「お前にいつ俺がデレた?」
「………厳しいな、堤くんたら厳しいな」

これでこそ堤くんだ。完全にいつものペースを取り戻した晴巳に、吉田は白目を剥きそうになりながら頷いた。

「……で、吉田くんの方はどうよ?」

若干顔を赤らめて、微妙に視線をずらしがら晴巳がポツリと呟く。
そんな仕草はまさにツンデレという言葉がピッタリだったが、口に出したら強烈なツンをお見舞いされると思った吉田は自重した。懸命な判断である。

「どう、って何が?」
「だから……ほら、沢地さんと仲良くなってんだろ?」
「まぁね、自宅にまで招待されちゃったよ、俺」

やけに言いにくそうだったわりに、なんということのない話で、吉田は拍子抜けしながらもニコリと答えた。

「自宅……って手早いなあの人」
「手? どーいうこと? 沢地さん走るのは速かったけど」
「……そうだな、吉田くんにはまだ関係ない話か」

どうしてそんなにいたたまれない顔をされねばならぬ。
痛ましいものを見るような目を向けられた吉田は「え?」と声に出して戸惑いを顔中に広げたが、晴見は盛大な溜め息をつくだけだった。

「今度沢地さんに会った時、『沢地さんは手が早いんですか?』って聞いてみるといいよ」
「それで何が分かんの?」
「多分面白い物が見れると思うな」

よく分からないアドバイスに吉田が首を捻るが、晴巳は涼しい顔をしていた。細かいことを教える気はないらしい。

「……堤くん、俺意味が分らないよ…」
「大丈夫だって。そっくりそのまま言えば沢地さんなら分かるから。後は本人に聞いて」

とりあえずもう一度、最後の抵抗として吉田は頬を膨らませてみたが、やはりそれ以上語ることはないと言わんばかりの態度で打ち切られた。少し切ない気持ちになった。

「沢地さんは手が早いんですか。沢地さんは手が早いんですか。沢地さんは…」
「復唱しなくていいから」

自暴自棄になりながらも、吉田は忘れないようにしなくてはと復唱してみたが、げんなりした顔の晴巳に止められてしまった。

「え。忘れないように頭のメモ帳に記してるんだけど、ダメ?」
「ダメっていうか……あんまり大声で連呼することもないかな、と」

うんざりを通り越して、まるで人外を見つめるような目を向けられた。それにはちょっぴり切なくなった吉田は口を噤んだ。

「吉田くんって無自覚にタチ悪いよね」
「今の会話のどこに駄目出しされるポイントがあったのでしょうか……」

今度は悟った表情を向けられる。
段々泣きそうになってきた吉田が黙って晴巳を見つめれば、頭をたふたふと撫でられた。子どもをあやすような手つきだった。

「………?」
「先は長そうだけど頑張って。俺は生温かく傍観してるからさ
「……へ?」

意味深に一言。
吉田はまたしても首を傾げるしかなかった。






「沢地さんは手が早いんですか?」に対する沢地さんの返答はずっこけリアクションでした(やっぱり意味わかんねぇ!)

prev / next
back



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -