教えてください神様、 | ナノ



「吉田くん!」
「なんで追いかけてくるんですか!」

どうして、こんなことになっているんだろうか。吉田はあまりの訳の分からなさに泣きそうだった。

「じゃあ止まって!」
「無理です!」
「なら追いつくまで止まらないからッ」

夜の街は意外なほど眩しく、雑踏を縫うように吉田は走った。日頃から運動不足気味な身体は既に限界を訴えていたが、足を止める勇気がないために、ひたすら足を動かし続けた。

頬に感じる冷たい夜の秋風に、混乱が最大級に込み上げてくる。

どうして俺は沢地さんに追いかけられているんだろう。
どうして俺は沢地さんから逃げているんだろう。

街中を本気で走り抜ける男二人組は相当目立つらしく、すれ違う通行人から凄まじい視線を感じるが吉田にはどうすることもできない。
しかし、喧嘩か何かと思われているらしく「警察呼んだ方がいいんじゃない?」という不穏な言葉が一瞬聞こえたため、大通りから裏道へと逃げ込んだ。

俺と沢地さんでは喧嘩の同じ土俵にもあがれそうにもないんだけど。

「……沢地さんが土俵…」

ふざけている場合でないことは百も承知だが、吉田は一瞬自分の想像に笑ってしまった。

「吉田くん!」

途端に失速した吉田に沢地が迫る。身長、もとい足の長さの差は、足の速さにも大いに関係しているらしく、だいぶ先に走り出していたはずの吉田との差はもうほとんどなくなっていた。

「めぎゃ!」

とうとう距離がゼロになり、沢地は勢いよく吉田の右手首を掴んだ。掴まれた吉田は急な衝撃に驚き、器用にも自分の左足を右足にひっかかって無様に転んだ。
裏道に入ったせいで電灯があまりなく、暗くて目が使い物にならない。吉田は小さい子どものように、受け身をとることもできずアスファルトに飛び込んだ。

「ぐぅえ!」

したたかに膝を打ち付け、自然と涙が浮かんだ。打撲の痛みの上に、慣性の法則でアスファルト上を滑った摩擦熱が合わさり、かなりの衝撃だった。

「いたたいいたたた…!」
「ご、ごめん! 俺踏んで…ッ」
「あ、謝る前にどいてください! もげる! もげる!」

不幸は連鎖するもので、吉田の手首を掴んでいた沢地も引きずられるように吉田の上に倒れ込んだ。いくらモデル並みの体型をしているといえども、平均身長を大幅に超える身長がある沢地の体重はそれなりで、踏みつぶされた吉田は悲痛な声を上げた。

「―!!」

あまりにもグダグダな状態に吉田は泣けてきた。決して痛みのせいではない、と脳内で一人自己弁護をする。

「本当ごめん! ごめん、ごめんね? な、泣かないで…?」
「泣いて、ないです」

暗かったのと混乱していたので気付かなかったが、よく見てみればお気に入りのジーンズから膝小僧が覗いていた。その膝小僧からは血が滲んでおり、間近で見てしまうとジクジクとした痛みが発生してきて吉田は唇を噛んだ。

「血、出てるよね……本当にごめん」
「……大丈夫です、掠り傷です」
「いやでも、わりと抉れてるように見える、よ?」
「見えるだけです」

ペッタリざらざらしたコンクリートに座り込み、男二人が必死になっているのは滑稽な図だった。
痛みだとか、様々な気持ちでいっぱいいっぱいの吉田は泣けばいいのか笑えばいいのかよく分からなかった。

「……なんで追いかけてきたんですか」

ぽつりと、思い出したかのように吉田が口を開いた。ずっと疑問だったことだった。

「それは吉田くんが逃げるから」
「……別に逃げてないですよ」

立ち上がる気力もなく、地面に座ったまま吉田は項垂れた。体力的にもそうだが、もう疲れきっていた。

「……俺、沢地さんがよく分からないです」
「…え?」

暗い中でもはっきり見える金色の髪を吉田は綺麗だと思った。

「俺は沢地さんに似合わないです」
「……どういうこと?」
「沢地さんはキラキラしてますけど、俺は背景の一部みたいなものです」

たった一歳しか変わらないはずなのに、まるで違う見た目。オシャレで格好良くて、大人っぽくて。いわゆる憧れのようなものだった。

「最初から似合わないって思ってましたけど、さっき急に沢地さんと馴々しく喋ってるのがおかしく思えて」

先ほど親しそうにアドレスを交換する晴巳と沢地を見ながら、吉田は不意に思ったのだった。
沢地さんは、俺の何?

そう考えたら急に沢地の傍に立っているのが恥ずかしくなった。友達の友達の友達ぐらいの縁遠さにも拘わらず、「師匠」だなんて馴れ馴れしかったに違いない。
別に今まで気にならなかったことが、全ての中心のように感じられ、吉田の心を酷く圧迫した。

もしかしたらそれは疎外感であったかもしれないし、嫉妬だったかもしれないが、吉田自身にはそこまでは分からず、ただ居心地が悪かったとしか認識できていない。

「……そんなの、俺も同じようなもんだよ」
「…え?」
「吉田くんと比べたら、俺なんかロクな人間じゃないんだ」
「……どういうことですか?」

ボソリと沢地さんが口を開いた。酷く寂しげな微笑を浮かべていた。

「俺は今まで吉田くんには到底言えないようなことしてきたし、そんなに褒めてもらえる人間じゃないんだよ……けど、吉田くんはないだろ、そういうの。だからあんなに楽しそうに笑えるんだと思うし」

見たこともない顔だった。
沢地という人間がだんだん分からなくなってきて、吉田は途方に暮れた。

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