教えてください神様、 | ナノ



「沢地さん! 沢地さん!」

背中にドンと鈍い衝撃を受けたかと思えば、必死な声で名前を呼ばれた。
一瞬沢地は背中に入りついた熱源を振り払おうとしたが、声の主に思い当ったのでゆっくり振り向いた。

「……びっくりした。どうかした、吉田くん?」
「全然びっくりした顔じゃないですよ?」
「いや、普通に驚いたんだけど」
「へぇーじゃあポーカーフェイスなんですね」

顔だけ振り向いた先には、いたずらに失敗した子どものような顔をした吉田がいた。
文字にすれば「むふふ」といった感じだろうか、なんにせよ楽しそうな雰囲気だったので、沢地は結構急な襲来に痛めた腰についてはなかったことにした。

「別にポーカーフェイスって程でもないよ」
「いや、やっぱ師匠は違いますよ。もっと椅子から転げ落ちるような驚き方を期待してたんですけど……」

沢地の反応が思っていた物とは違っていたらしく、露骨に残念そうな吉田に沢地はヒクリと頬を引きつらせた。
可愛い顔をして、結構やんちゃな一面もあるらしい。

「……………………………………可愛い、か?」

脳内で自然に浮かんだ単語に引っ掛かりを覚え、一瞬深く考え込んでしまいそうになったが、気付けば吉田が沢地の隣にちょこんと座り込んでいたので、それどころではなくなった。

「どうかしたんですか?」

じーっと目の前の狸顔に見上げられ、沢地は誤魔化すように丸い頭を撫でてやった。細くて柔らかい髪だった。

「吉田くんって、いつも笑顔だね」
「えへ、そうですか?」
「まぁ今も笑いすぎってぐらい笑ってるし」

嫌味のつもりはなかったが、特別褒めたつもりもなかった一言に、吉田は得意そうな顔で胸を張った。

「まぁ、それぐらいしか取り柄ないですし」
「え?」
「あ、そうだ! 俺の渾名、何がいいと思います?」

これが本題だったのか、ハッとした顔の吉田が言葉の響きとは不似合いなほど、やけに真剣な顔をして言った。

「みんなヨッシーとかたくろんとかヨシタクとか、統一してくれないですよ!」
「……人気なんだね、吉田君」

誰とでも気軽に付き合えるのは少し恐ろしかもしれないな、と沢地は驚きのような、呆れのような感覚を味わっていた。

「えっとですね、さっきこんなことがありまして……」

沢地がぽかんとした顔をしていたのを、状況を把握できていないせいだと思った吉田は、沢地のために先ほど起こった渾名に関する一悶着を大げさな身振り手振りを加えて詳しく説明した。

「吉田君は凄いね」
「すごい、ですか?」
「うん。君は誰とでも仲良くなれんだなって」

本当のところは、容姿だけなら敬遠されるタイプが揃っているにも拘わらず、ごく自然に距離を詰められる吉田に呆気にとられていただけなのだが。
そんな沢地の内心を知らない吉田は困ったような、腑に落ちないような顔をしていた。

「……俺は普通ですよ。フレンドリーなのは皆の方です」
「そうかな?」
「うーん……沢地さんって意外に頑固ですね。違うって言ってるのに」
「頑固? 言われたことないな、そんなの」
「……その頑固さをかたくなに認めようとしない時点で頑固だと思います」

吉田はムスッとした顔のまま呟いた。
口の中に何か入ってるわけでもないのに頬が膨れている様を何となく可愛いと思った。今度は素直にそう思った。

「……分かったよ。俺は他人の言葉に耳を貸さない頑固者だってことだね」
「な! そこまで俺言ってないじゃないですかッ」
「………冗談だよ」

簡単に人の思考回路をジャックしておきながら、まるでそんな自覚のなさそうな吉田に面白くない気分になった沢地が大人げない冗談を言うと、簡単に泣きそうな顔になった。沢地は溜飲が下がった気分だったが、今度は少しばかり罪悪感というものが湧いてきた。

「師匠のキラキラジョーク、俺には理解できません!」
「キラキラジョークって何?」
「師匠の常人には耐えれないジョークのことです! 主に俺のような心優しい少年が餌食になります!」

涙目になった吉田が半ギレ気味にビシッと答えた。オプションは敬礼だ。

「……ダメだ。面白すぎるよ、君」

なんて顔してるんだ。
堪えきれず笑ってしまった沢地に、吉田が極悪非道だと言わんばかりの顔で非難の声を上げる。

「酷い! 俺傷ついてるのに!」
「あーごめんね?」
「誠意がこもってない! おまけに疑問系!」
「ごめん、ごめん」

いつの間にか、長くからの友人のような空気感で話せていることに気付いて、沢地は吉田のことを不思議な子だと改めて思った。不思議で、心地いいと思ったのである。

「……師匠はやっぱり師匠ですね、勝てる気がしないッス」

散々怒った後に思うところがあったのか、今度は妙に落ち込む吉田。ぶちぶち小声で何か呟いているけれど沢地の耳には聞こえなかった。

「よし「さーわち、さ〜ん」

落ち込ませた原因が俺なら悪かったな、と思いつつ目の前の少年を呼ぶと同時に背後から自分の名が呼ばれた。

「何モタモタしてるんですか?」
「は、晴巳さん?」

振り返れば、腕を組みながら荒んだ目でこちらを見る晴巳がいた。
沢地より十センチくらい背が低いというのに妙に貫禄がある雰囲気に、沢地は思わず後ずさった。なんとなく、小学生の頃、教師に叱責されたような感じに似ている気がした。

「堤くん! あっち……あの人は平気なの?」
「うん、まぁ置いてきちゃった」
「でぇ!? それ大丈夫なの?」
「多分ね」

晴己に気付いた吉田も駆け寄ってきた。
なんだか子犬みたいな仕草だな、という沢地の感想は口に出していないので今のところ本人にしか分からない。

「お、お俺知らないからな! あの人が俺に当たらないように堤くんが上手いこと言っといてよ!」
「……お前一真をなんだと思ってんだよ。一応人間なんだからな、獣かなんかと勘違いしてね?」

対する晴巳はクールだ。
二人の力関係をまざまざと見せつけられ、沢地は吉田に深く同情してしまった。

「あ、吉田くん、ちょっと向こう行ってて」
「いきなり俺をポイ捨て!?」
「俺沢地さんに大事な用があるんだ」
「……そういうことなら、灰慈で遊んでくる」
「逆に遊ばれないように気をつけなよ」
「ふん、俺だってやればできる子だもんね!」

微笑ましいような、ちょっと違うような二人のやり取りを無言で眺めていると、急に晴巳が沢地に向きなおった。

更に吉田に何かを耳打ちしてから、すこぶる笑顔でゆったり沢地の元にやってくる。
代わりに吉田は「じゃあまた」なんてこれまた笑顔で去っていく。逃げ場が完全に封鎖された感覚に沢地は背筋が寒くなった。

「沢地さん、作戦FのFはフレンドなんですからもうちょっと頑張ってくださいよ」
「……そんなこと言われても…ねぇ?」

残された沢地は笑顔で圧力をかけてくる晴巳に苦笑いを浮かべるしかなかった。

「アドレスぐらい聞きましたか?」
「いえ…」
「連絡手段がなければ進展するわけがないですよね?」
「そうですね」
「具体的に次の約束を取り付けるぐらいの気持ちで行かなきゃ、吉田くん意外とあっさりしてるんですから忘れられますよ」

溜め息混じりに言われても、沢地には何も言えなかった。
いつぞや、病院にて晴巳が言っていたことを思い出すと、気恥かしいものが込み上げてくる。

「よーし、じゃあ自然な流れで吉田くんからアドレスを聞き出してください」
「……分かりました」
「なに渋ってんですか。強引に行かないともう会えないかもしれないんですよ?」
「…は、い」

もごもご口ごもる沢地にビシッと言い放つと、晴巳はニヤリと笑った。

「吉田くん、俺の大切な友達なんで大事にしてあげてくださいよ?」
「……はは」

非常に愉快そうな晴巳にちょっと悔しくなる。
けれどそんなこと言えそうにもない沢地は一人ごちた。

自分の尊敬する赤髪のあの人は一体この人のどこに惹かれたんだろうか。

「援護は任せておいてください」
「……お願いします」

けれど、ニコリと笑って放たれた一言に、晴巳が天使のように見えてくるのだった。






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