「お久し振りですね!」
吉田は失態を隠すために、笑顔を浮かべて自然に流す作戦に出てみた。
「エスパー、って何?」
しかし、なぜか楽しそうに沢地が食いついてしまい、失敗に終わる。
「ま、まぁそれはこっちに置いといて、何故に沢地さんが我が家に?」
つい先日、件の事件の際自宅まで送り届けてくれたので、沢地が吉田の場所を知っているのに不思議はないが、問題はそこではない。
「ああ、お迎えに」
「沢地さんがですか?」
「俺じゃ不満だった?」
「滅相もないッス!」
遠回しでもなかったが、やんわり吉田が尋ねてみれば、からかうような笑顔を向けられた。目に痛いような完璧なスマイルに吉田は目眩がしそうだった。
「もう出れんの?」
「あ、はい。準備は出来てますけど」
「じゃあ行こっか」
「はい、あ、電気消してきますね」
なんの説明もしてくれなかった晴巳に言いたいことは色々あったが、沢地を玄関先で待たせる理由にはならないと、吉田は素早く一旦部屋に戻って電気を消しに行った。
「あーすいません、ドア開けててもらえますか? 暗くて何も見えなくて……靴、どこだ靴…」
真っ暗になった部屋の中から戻ってきた吉田は、沢地が開けてくれた玄関ドアの隙間から入ってくる廊下の明かりを頼りに靴を手探り状態で探す。
「……ご両親は帰り遅いの?」
「まぁそうですねー。今日は夜勤なんで深夜か明け方になるかと思います」
ドアが閉まらないようにちょっと凭れて待つ沢地は吉田の目に猛烈に格好良く映った。まるで雑誌の1ページのようだった。
その上吉田が靴を履いて、いざ立ち上がろうとすれば手を差し出す始末。
自然な動作で差し出された手に照れながら自分の手を重ねれば、立ちやすいように適切な力加減で引っ張ってくれた。
何という優しさだろうか。俺が女の子なら一発KOだ。
吉田はドギマギしながら先ほどまで包まれていた自分の手をじっと見た。倉敷が吐き捨てるように「あの人、気障だから」と言っていたのをふと思い出した。
「どうしたの?」
「師匠はやっぱり師匠だなぁと思いまして」
玄関の鍵を閉めながら、吉田は溜め息をついた。
すごすぎて参考になりそうにない。なんの参考にするつもりなのかはさておき、吉田は本気でへこんだ。
「よくわからないなー。あ、これヘルメット」
「どうもでーす」
こじんまりしたアパートの前に鎮座した沢地のバイクは明らかに浮いていた。
原付の免許すら持っていない吉田はバイクのことなどほとんど何も知らなかったので、やっぱりこういうのって高いんだろうなーと子ども染みた感想しか浮かばない。
呆けたような顔で黙り込んだ吉田に沢地は「どうかした?」と声をかける。
「みとれてました」
既にバイクに跨ってエンジンをかけていた沢地に隠すことなくそう答えると、
「……」
「ど、どうしたんですか?」
いつもの大人びた顔が嘘のように赤くなったので吉田は慌てた。
「あんまり詳しくないんですけど、高いんですよね、こういうバイクって」
「…………バイクにか」
どうしよう、なんだか妙な空気になっちゃったぞ。
一瞬の沈黙の後、疲れ切った顔で息を吐いた沢地に焦りながらヘラヘラ吉田が笑ってみせる。
「え? な、何でそんなにガッカリしてるんですか?」
「はいじゃあ出発しまーす」
「うわぁ! スルーですか、沢地さんんん?」
抗議の声を上げたものの、華麗に無視された。
吉田がしっかり座っていることを確認してから沢地はバイクを走りださせた。
適度に改造してあるバイクのエンジン音を前に、これ以上の抗議を諦めた吉田は腑に落ちない顔をしながらも、沢地の肩にしっかり掴まった。
「あ、お帰りなさい沢地さん。あといらっしゃい吉田くん」
「すごく、ついで、ですね堤くん」
路地裏の薄暗い一帯。そこに気ままに止めてある数台のバイクと、たむろする派手な髪色や服装の男達。例の溜まり場だった。
「吉田じゃねぇか!」
「相変わらずちんまりしてんなお前」
格好良くバイクから降りようとした吉田は結局よろつき、小鹿のような足取りだった。慣れないバイクに跨っていたせいで、膝が笑っていたのだから仕方がない。
「堤くーん」
男達が明るく声をかけてきたので、吉田は負けない陽気さ加減で手を振り返した。その後、クールな顔をして隅の方で座っていた晴巳にタックルをしに行く。
「よう、沢地さんどうだった?」
「どう……? ん、どういう意味?」
「何かいい感じのことはなかったか? ってこと」
やってしまってから、晴巳が隠れ苛めっ子体質なのを思い出した吉田は、報復を恐れて媚びた笑顔を浮かべたのだが、晴巳は怒っていなかった。
むしろ何だか楽しそうにちょいちょい手招きされて、要望通り耳を近付けてみたら意味深に尋ねられる。
「いい感じのことって、何?」
「……ち、あのヘタレめ」
しかし、全く意味が分からない。
素直に「うへぇ?」と顔に出してみると、晴巳に信じられないくらいの舌打ちをかまされて吉田は目を白黒させた。
「いや、今のは吉田くんに対しての舌打ちじゃないから」
「そ、そうなの…?」
プルプルしつつ、俺なんか怒らせること言ったっけ? と吉田が窺っていると、ようやく苦笑ではあったけど晴巳は笑った。
「あ「晴巳」
続けて吉田が口を開いた瞬間、晴巳が消えた。
いや、移動した。すっぽりと長身の男の腕に収納されて、一瞬消えたように見えただけだった。
晴巳の背後に立っている男は綺麗な赤い髪をしていた。頼りない電灯の下でも鮮やかに浮かぶ色。
「……なに、一真。俺今吉田くんと喋ってるんだけど」
吉田はすぐにその男が晴巳の「アレな方」だと気づいてハッとした。
校門の前で待ってるところを遠目に見ただとか、晴巳の話に聞いただけだったので、いざその本人を目の前にすると固まってしまう。
「俺……呼ばれてる気がするー」
よくは分からなかったが、物凄く睨まれていた。
やっぱり、怖い。端正な顔に一瞬見とれたが、無言でガン見された吉田は怯えるしかなかった。
とりあえず、誰にも呼ばれていなかったが、適当なことを言って離脱する。
今日の主役に、「退院おめでとうございます」といった言葉をかけたかったが、到底そんな雰囲気ではなかったのである。
prev / next
back