十周年記念(舟呉)


十周年記念企画アンケ第三位の舟呉です。構想だけはあった呉の家族構成を少しだけですが明らかにできて大変嬉しく思います。




付き合って十年近くになる恋人に「子どもは好きか?」と問われた時、舟渡は見事な絶望顔を披露した。

もしその恋人が異性だったなら、少し遠回しなプロポーズに聞こえなくもないが、舟渡の愛しい恋人は心も身体も健全な男であり、二人の間に新たな命が誕生する可能性はゼロだった。

「別れるくらいなら大地を殺して俺も死ぬ」
「早まるな修也、話を最後まで聞け」

座っていたソファーからゆらりと立ち上がり、あらぬところに視線をさまよわせる舟渡の両肩を押さえつけるように掴み、呉は待て待てと嫌な汗を流した。
完全に本気の目をしていた。なんらかの凶器を探す仕草で、なにかの覚悟を決めた顔をしていた。あえてぼかすが、不穏なことこの上ない。

「急に病むのなんなんだよ、最近多いぞ、そういうの」
「大地が不安にさせるから……女の影とか許さないタイプだから俺」

昔から嫉妬深い舟渡だったが、最近は磨きがかかっているような気がしなくもない。
つい先日も些細な誤解から大変な騒動になったのだが、それは今回の件とはまた別のお話である。

「わかった、簡潔に言う。妙な誤解から殺されたり監禁されたらシャレにならねぇし」
「……とりあえず聞くけど」
「俺に年の離れた妹がいるの、知ってるだろ?」
「二十離れてるっていう、腹違いの妹ちゃんでしょ?」

ナナセちゃんだっけ? と相変わらずハイライトの消えた目で舟渡が平坦な声を出す。

「そう、その七瀬を三日ぐらいこの家で預かりたいんだ、けど、」
「そこで『子どもは好きか?』に繋がるわけ? それなら俺、結構子ども好きだよ、この場合なら」

かなり含みを持たせた言い方だったが、徐々に舟渡の瞳に光が戻ってきたので呉は細かいことは全て放置することにした。

「でも急にどうしたの?」
「七瀬の母親に良性の腫瘍が見つかったらしくて、手術を受けんだと。一泊の入院でできるようなモンらしんだけど、しばらくはあんま動かない方がいいっぽくて」
「大地パパは?」
「仕事抜けれそうにないって言ってる。普段から深夜帰宅の早朝出勤らしーから、あてになんねーな。とりあえずあの人の具合が落ち着くまで三日ぐらいは預かれたらなって感じだ」

あと、あの親父のことパパっていうな気持ちわりぃ。とお決まりのやりとりをしてから、呉は窺うように舟渡を見た。

両親が離婚し、再婚し、二十個年の離れた腹違いの妹ができたという一連のエピソードはその時々で話して聞かせていたが、舟渡が彼等と実際に顔を合わせる機会は今までなかった。
呉は高校卒業の少し前くらいからその家を出ていたし、特別不仲というほどではないにしても、頻繁に連絡を取り合ってもいないのだから当然といえば当然だが。

「いいよ、俺もその間は早く帰れるようにするし」
「昼間は小学校に行ってるから、とりあえず飯食わせて風呂入れて寝かせるぐらいなもんだろ。俺も仕事早めに切り上げるし、お前に迷惑かかんねーようにはするけど、三日ぐらいはうるさくなるぞ?」
「三日ぐらいどうとでもなるって。あ、でも子どもの世話とか初めてだなぁ……大地だって一緒に暮らしたことはないんでしょ? 怖がられてないの?」

年に一度か二度、近所には住んでいても数えるほどしか呉も妹とは会っていないはずなのだが。

「……わりとなつかれてる」
「そ、その顔で?」
「あ?」
「な、なんでもないヨー」

流石に高校生の時ほどの尖り方はしていないが、親しみやすさ皆無のビジュアルをしている呉である。
兄とはいえ、滅多に会うことのない年の離れた男に果たして幼女は怯えないのだろうかと舟渡がそれとなく、かつ大胆に訊ねたところ、予想外の回答が返ってくる。

わざとらくワナワナ震える舟渡に、下品な舌打ちと元ヤンがいかんなく発揮された「あ?」の併せ技が呉から披露されたが、その驚きはもっともだった。

随分長い付き合いになるが、呉が幼女と仲良く並ぶ図をイメージすることは困難を極める。
まだまだ恋人の知らない面があるのだと知れただけ、今回のちょっとした事件はプラスになるかもなぁと舟渡はこっそり笑った。









「なな、だいにいちゃんとけっこんするの!」

幼女特有の、少し芝居かかった甲高い声がリビングに響く。
モノトーンで統一されたリビングのそこだけが極彩色の輝きを放っているようだった。

「ちょっと大地どういうこと」
「小学一年生の言うことを真に受けすぎじゃね、お前」

呉はリビングに面したカウンターキッチンで手際よく調理を続けながら、冗談にしては剣呑な雰囲気の舟渡を乾いた笑いで流した。
そうこれは舟渡なりのジョークなのだ。と半分思い込ませるように言い聞かせる。

妹と恋人がラグの上に並んで座って仲良く話をしているだけで既に変な感覚なのに、まるで自分を取り合うような会話をされて、呉はどんなテンションになればいいのか己を見失いそうだった。

「ナナセちゃん、大地お兄ちゃんとは結婚できないんだよ」
「な、なんで!?」
「日本国憲法が許さないし、何より俺が許さない」
「おいこら、子ども相手にヤメロ」

ガーン、と分かりやすくショックを受けた呉の腹違いの妹、七瀬は机に広げていた漢字ドリルに視線を落とした。
悲しみのあまり涙目になっているが、「夕飯までに宿題終わらせろよ」と言った呉の言葉を実行しようとしているのだから健気である。

「ナナセちゃんはそんなに大地お兄ちゃんが好きなの?」
「うん、だいすき」
「どこが?」
「すきなとこ、いっぱいあるよ」
「好きなところ第一位は?」
「ご飯がおいしい」
「思ったよりガッツリ胃袋からやられる……でもそれには激しく同意するよ。年々料理上手になってくんだからズルいにも程があるよね」

舟渡の長々とした独白の意味を半分ほどしか理解できなかったらしい七瀬は「おいしいよねぇ」と小首をかしげながら繰り返した。
高い位置で二つに結んだ髪がさらりと揺れて可愛らしい。

「その髪くくってるゴムかわいいね、ウサギさんだ」
「だいにいちゃんが買ってくれたの」
「……へぇ、髪形もかわいいね」
「だいにいちゃんがきょうの朝、結んでくれたの」
「…………へぇ」

刻んだ野菜を鍋で煮込み、コンソメで味を調える呉の耳に不穏な「へぇ」が聞こえたが、あえてスルーする。

「だいにいちゃんは優しくて、ご飯もおいしくて、ななと遊んでくれるの」

キャッキャッとはしゃぐ妹は可愛いが、ハラハラしてしまう呉は哀れである。
病的に嫉妬深い舟渡が幼い妹を故意に傷つけるとは思わないが、何を言い出すか予想ができない。

「でもナナセちゃんは大地お兄ちゃんと結婚できないからねー、残念だねー」
「お前もできねぇけどな」

大人げないにもほどがある舟渡に思わず呉が呟く。距離もあるし、かなり小さな声だったにも関わらず、「海外か、養子縁組って手はあるもん」とすかさずマジな感じのレスポンスがあったので包丁を取り落としそうになった。

もん、という浮わついた語尾のわりにトーンは真剣で冷や汗が出てくる。

「だからナナセちゃんは大地お兄ちゃんのお嫁さんは諦めようね! ナナセちゃんもかわいいから、きっと素敵な人が別に見つかるよ!」

ね、とどちらに聞かせたいのか分からない同意を求めるような声を無視しつつ、呉は卵をボールに割ってフライパンを温める。本日の夕飯のメニューは七瀬の好物のオムライスと野菜たっぷりスープだ。

「うーん、じゃあトモくんと結婚する」
「おい七瀬、誰だそのトモくんって」

宿題の最後の一文字を書き終えた七瀬が妥協感を滲ませながら第三者の名前を出すと、今までほとんど会話に入ってこなかった呉が一際大きな声を出す。

「トモくんはクラスで一番走るのがはやくて、かっこいいんだよ!」
「多少足が速くて実社会で何の役に立つんだよ、やめとけ、そんなヤツ」
「大地お兄ちゃん、子どもの言うことなのにマジレスやめてくれない?」
「うるせぇ、こっちは真剣な話してんだよ……七瀬、そろそろ飯できるからテーブル片付けろ」

ガシャガシャとフライパンに落とした溶き卵に空気を含ませてながら、呉がネチネチとした物言いをつけるのを舟渡が鼻で笑う。
潔いまでに似た者同士のカップルだったが、小学一年生の七瀬にそれを揶揄できる実力などあるずもなく、絶妙に喧嘩腰でやりとりする兄とその友人を交互に見つめる。

「しゅうやくんはだいにいちゃんと仲良しさんじゃないなの?」
「違うよー、仲良しさんだよー」
「じゃあだいにいちゃんのこと好きなの?」
「大好きだよ」
「せかいで一番?」
「宇宙で一番!」

小学生女児からすれば随分乱暴な会話をしていたため、もしかしてケンカしてるのかな? と七瀬は不安に思ったが、そうではないらしい。
今日の兄はいつもとなんだか違う。自分を甘やかしてくれる普段の優しい兄ではあるが、友達の前ではまた違う姿なのだと思うと不思議な感じがした。

「七瀬、この布巾でテーブル拭け。飯運ぶぞ」
「はーい……だいにいちゃんもしゅうやくんのこと好きなの?」

すっかり書きおえた漢字ドリルと筆記用具を片付け、手渡された布巾でテーブルを拭きながら、七瀬は何気なく訊ねた。
特に何かを考えてのことではなく、舟渡に聞いたのだから、次は呉の順番だ。くらいにしか思っていなかったのだが、場に妙な緊張が走った。

「…………」

呉が物凄く渋い柿にあたったような顔をしながら出来上がったばかりのオムライスを運んでくる。
呉の中の凄まじい葛藤を七瀬は知らない。

「ねぇ、しゅうやくんのこと好きなの?」
「……おう」
「大好き?」
「…………おう、大好きだ」
「わぁ! オムライス!」

お手製のデミグラスソースをかけたとろとろ卵のオムライスに七瀬は釘付けで、質問しておきながら、既に答えへの興味は失われていた。子どもの気分の移り変わりは激しいものなのである。
現に「そうなんだー」と気のない相槌を打った七瀬の手にはしっかりスプーンが握られており、もう頭の中はオムライスでいっぱいだった。

「大好きかぁ……」
「うるせぇ、早く食え」

ぼそ、と呟いた舟渡の脇腹を七瀬が見えない角度でぶん殴り、呉はスープを用意するべくキッチンの方へ小走り気味に戻っていった。

「耳まで真っ赤だもんなぁ……かわいいなぁ」

食べちゃいたい、と無意識に呟いた舟渡に気づいた七瀬が「食べないの?」と首を傾げていたので、慌てて善良なお兄さんの顔を作った。
子どもの前でしちゃいけない顔になっていたようだが、オムライスに夢中な七瀬は「おいしいねぇ」と幸せそうに口をモグモグさせるだけだった。

子どもは偉大だ。間接的とはいえ、「大好き」なんてドストレートに言われたのいつ以来だろうか。いや、素面では初めてかもしれない。

お玉でスープをカップに注いでいる呉をニヤニヤ見ながら、舟渡はたまにはイレギュラーなことも悪くないな、とひとりごちた。

特別な三日間は始まったばかりである。






あ、でも三日間はお預けじゃん!!


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