04 勇往邁進


【勇往邁進】
[意]いさんでためらわずに進むこと。






嫌な場面に遭遇しちまったな、というのが正直な感想だった。

公立中学校の何年も碌に手入れもされていない裏庭。暗く湿っぽく、学内でありながら人目につかないそこは生徒にとってある意味特別な場所となっていた。

呉のようにサボタージュの場所として選ぶ者も皆無ではないが、こんなところに来る存在は限られている。暗く湿っぽい場所である以上、ここにいるということはどういう形であれ、暗く湿っぽいのである。

「お前気持ち悪いんだよねー」
「そういうキャラ作ってんの痛くない?」

こっちはサボりで、あっちはイジメられてる最中。

簡単に言えば一言で済んでしまう現在の状態。
ただ、あっちというものが呉の「知り合い」であるが故に胸中は複雑だ。
そう、ただ知っているというだけの他人にしか過ぎない存在がイジメられているのだ。

「テメェら、そいつに何してんだよ」

結局、呉は無視することはしなかった。
暫くの葛藤は恐れなどではなく、口出しすることが心底面倒だっただけなのだが、それを理解する者はこの場にいない。

どうせ面白くない展開に成り下がるだけだと分かっていながら、口を挟むのは滑稽なものだ。

「く、呉くん……」

見たところ加害者は三人。揃いも揃って根性がねじ曲がっているように見えるのは既にこんな場面に遭遇したからなのか。
戸惑いに、焦りを混ぜたような表情で互いに顔を見合わせている図は「悪いことをしています」と証明するようなもので、あまりの小物臭に笑いすら浮かばない。

「たまたま喋ってただけだって! な、同木くん」

ヘラヘラとした笑みが強烈なまでに気に食わない。理由や原因などない。とりあえず、呉の中で媚び諂った顔は「気に入らない」ランキングの上位に食い込むものなのである。

「……」

渦中の同木に目をやれば、ひどくつまらなさそうな顔をしていた。完全に他人事のような、当人とは思えない冷静な態度だった。

「じ、じゃ俺もう行くわ!」
「俺も!」

最初の一言以外、特に何を言うでもなく、ただ黙って眉間に皺を寄せている呉をどう思ったのだろうか、三人組は相変わらずのヘラヘラとした顔で団子状になって同木の周りから離れた。
動物の群れのような行動に特に苛立って舌打ちをすれば、うっ、と表情を固まらせ、ロボットのようなぎこちない動きのわりにスピーディーに校舎の影に消えて行った。

「別に助けてくれなんて言ってないんだけど」
「うっせーな、ベタな台詞吐くんじゃねーよ。だいたい助けたつもりもねぇ」
「……自分もベタな台詞のクセに」

視線が合うなり、この言いようだ。
人形のような顔で、無表情なのに明らかに睨んでいると分かる目つきの同木。

「……どうでもいいけど、早く教室帰れよ。昼休み終わるぜ?」
「指図しないでくれる? どうしようが勝手でしょ」
「この野郎……」

元々サボる気満々だった呉は薄暗く湿度の高い裏庭でも比較的マシなコンクリートで舗装された一帯に座り込む。
ジロリと睨み付けるように同木を見たが、鼻で笑っただけだった。いいか悪いかはさておき、先ほどの三人組の誰よりも肝が据わっているであろう態度だ。

「……今時ヤンキーが人助けなんて、失笑モノだし」
「お前本当ムカつくな」

銀色のフレームの眼鏡。レンズの奥の瞳はまるでガラス玉のようで、感情を母親の腹の中に置いてきたのだと言われても疑えないほどの無表情。

噂で聞く限り、電波系で、変人。人を見下す最低野郎で、不気味。無愛想。

全部、噂。
全部、聞いた話。

「………でも助かった…………ありが、とう」

クラスの噂話など一切興味のない呉ですら聞いたことのあるそんな評価。

顔を背けて、それが精一杯なのだろう。真っ白な顔だから、僅かに赤くなった頬が目立って仕方ない。

「……別に」

やはり学校はくだらない。
同木が電波系で、変人で人を見下す最低野郎で、不気味で無愛想なのは事実かもしれない。だが、それが同木の全てではないのも事実だ。

そもそも、俺ぐらい悪態つかれてから文句言えっての。

暫くの沈黙に耐えきれなくなったのか、唐突に「……帰る!」とやけに元気いっぱいに踵を返した同木の艶やかな黒髪をぼんやり眺めながら呉はひとりごちた。






始まりに遅すぎるなんてないのかな


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