03 一進一退


【一進一退】
[意]進んだりしりぞいたりすること。






「今日の議長は呉ちゃんですか」

例の如く、金曜日の六時間目。
楽しそうにはしゃぐクラスメイトを尻目に、十班は机を義務のように四脚突き合わせ、不景気なムードを漂わせていた。

唯一、舟渡だけは陽だまりのような笑みを浮かべているが、だからといって状況が好転するわけではない。
何度訂正したところで「呉ちゃん」などと不本意極まりない呼び方をされている呉は当然、誰よりも不機嫌だ。

「き、今日こそは話が進むといいですね……」
「…無理にでも進めんぞ」

身長が男子中学生の平均を十センチ近く上回る呉は学校の机が破滅的に似合わない。
教師からは最近では注意さえされなくなった金色に染め抜かれた髪に着崩された学ラン。背丈と合わせると、与える印象は歩く校則違反である。

「なら話進めたら?」
「……」

呉は一瞬怒鳴りそうになったが、口では勝てないのは既に実証済みなので睨み付けるにとどめた。余計な体力を使っていては授業の終わりまでもたない。

呉とは対照的に、きちんと、しかしやり過ぎでない程に着込んだ学ラン。
「烏の濡羽色とはこのことよ」と言わんばかりに艶やかな黒髪は男にしては少し長い。
白くて繊細な顔のつくりは、銀縁眼鏡とやけに冷たい瞳と相俟って人形のようだ。
それも「呪いの」と付けられそうな分類の。

「まぁまぁ同木くん、彼も慣れない団体行動に辟易しているのだよ。見てよ、あの疲れきった顔を……可哀相に」
「……半分以上はテメェのせいなんだっての」

同木の肩をぽふ、と叩くと舟渡は呉を儚い目で見た。

少しばかり染色された髪は、お洒落にセットされており、中学生らしさの欠片もない。
遠慮のない物言いをする口がついているだけあって、表情は常に自信に充ち溢れているが、明るく社交的だと好意的に受け取られる場合が大半だろう。
まさに「美形は得よね」と言うしかないタイプである。

「越川、何か意見ねーのか」
「え、え? 何の意見ですか?」
「そんなにキョドるなよ……」

舟渡と同木を相手にするよりは気分がいいだろうと呉は先程から黙りっ放しの越川に話を振る。が、すぐに後悔した。
プルプルと、チワワが震えるかのように分かりやすく戸惑っている姿があったからだ。

男子以前にそこらの女子よりも小柄な越川。背丈云々より、骨格から華奢というやつかもしれない。
十人いれば十人が「野暮ったい」と感想を漏らすこと間違いなしの、モッサリした黒髪。
長い前髪に、小さな顔にはとても不似合いな分厚いレンズの黒縁眼鏡をかけているのだから、もう顔すら見えない。

「呉ちゃん議長」
「……あえてその珍妙な呼び方は無視してやる」
「授業が終了するまで後、二十分を切っております」

机に頬杖をついて、疲れきった顔をする呉に舟渡が呼び掛ける。最早嫌がらせのような呼称は実のところ嫌がらせなのだと呉は悟っている。

「……とりあえずテーマぐらい決めんぞ、いい加減」

言いたいことは山のようにあれども、時間は有限だ。
舌打ちを何とか押さえ、呉は授業ごとに提出しなければならないプリントの記入にかかる。

「…越川、好きな歴史上人物は?」
「ちょいと呉ちゃん何で越川くんにしか聞かないの? 議員達みんなを平等に扱うべきだよ!」

ババーン
大げさに喚き散らして立ち上がる舟渡に対し、呉は一瞥もくれることもなかった。舟渡に最も効果的なのは無視なのかもしれなと最近知ったのである。

「え、えーと…」
「同木は?」

急なことに対応できなかったらしい越川のことは諦め、同木に振る。

「…別に、いない」
「越川」
「え、えーと」

再度越川に振ったところで、どうやら戦力になりそうにもないようだ。必死で考えている様子だが、言葉が出てこない。
呉は面倒くさそうに頭を掻いて、それから社会の教科書を適当に開いた。

「面倒だから最初に俺の目に入った奴で決まりな」
「ちょっと待ってよ呉ちゃん! そんな適当なことがまかり通るとでも思ってるの?」
「文句はねーな? よし、行くぞー」
「呉ちゃんってば!」

舟渡を清々しいまでに無視し、呉は教科書をペラペラめくる。

「ちょっと二人はこんな横暴を許していいの!?」
「うるさいよ……もう誰だっていいんだからさっさと決まっていいんじゃない?」
「は、早く決めないともう時間がない……ですから…」

空回り。一人相撲。
舟渡については放っておけ、という生ぬるい空気が場に流れている。

「だいたい今日の議長とやらはあのヤンキーなんでしょ? 仕方ないんじゃない?」
「ぎ、議長は絶対ですもんね…」
「横暴だ!断固認めないぞ!」

呉はいい加減キレそうだった。
周りからの目も痛い。たかだか授業の自由課題でここまでうるさくなるのは何故か。

「おの……おの」
「は? 何言ってんの?」

キャンキャン吠える舟渡を全面的に無視し、パッと開いたページ。その一番目立った太文字。

「とりあえずコイツで決定」

反論は言わせない。呉はその太文字に適当にマルをつけて、机の真ん中に置く。

「……小野妹子ですか」
「妹子というわけか!」
「別にどうでもいいけど」

微妙な反応だったが、反対意見は出なかった。
呉はプリントに記入できそうな部分を埋めていき、とりあえず提出できそうなぐらいには体裁を取り繕えたとき、丁度チャイムが鳴った。

「話……進んで良かった、ですね…」
「まったく、不本意な点はあったけど今日のところは許してあげる」
「眠い……」
「自由人ばっかだな、この班……」

プリントを無事に提出した呉は、疲れきった顔をしていた。






その後「小野妹子って女じゃねぇの?」と言ったのは誰でしょうね


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