01 呉越同舟


【呉越同舟】
[意]仲の悪い者同士が同じ場所にいたり、共通の利害のためにいっしょに行動したりすること。






呉大地(くれ だいち)は団体行動を心底嫌っていた。率直に馬鹿らしいと思っていた。
教育の一環として強制されるそれは呉にとって「無意味」以外のなにものでもなく、到底理解できるものではなかったのである。

ところが所謂思春期真っ只中の中学生の大部分は、程度の差はあれど、呉が言うところの「馴れ合い」というものを肯定的に受け入れている雰囲気がある。
その作り物のような空気感が気持ち悪くて仕方ない。反吐が出る。

それはおそらく、十年もすれば自分で笑ってしまうような青い反発心なのだろうが、十五才の呉にとっては死活問題であり、例えクラスの中で浮こうが貫かなければならない思想だった。

その結果が、これだ。

「じゃあ十班は呉、越川、同木、舟渡の四人で決定だからな」

社会の授業で行われるグループ発表。
もう中学三年になるというのに、効率を度外視した学習法方を強制させてくることも呉の学校嫌いの理由の一つである。

席替えの時に半分脅し取った一番後ろの窓際の席から呉は教師を睨み付けていた。
黒板に書かれた、グループ分けされた生徒の名前の羅列。計四十人分。
その中で最後まで書かれなかった己の名前。それが今まさに加えられた。

「よろしくね、呉くん! 俺は舟渡修也(ふなわたし しゅうや)だよ」
「……」

机をくっつけながらニコリと笑う舟渡。
「それでは各班で話し合ってください」という教師の言葉が聞こえてきたと思ったら即行動である。
明るい茶色に染色された髪に、軽い言葉遣い。無駄にフットワークも軽そうであり、呉は気が合いそうにねぇな、と二秒で判断した。

「君は? 何くん?」
「ぼ、僕は越川倫太郎(えつかわ りんたろう)です……」

やけにフレンドリーに舟渡に肩を叩かれ、越川がびくりと肩を震わせる。かなり気が小さいらしく、自己紹介らしい声は聞き取るのも困難な程の掠れ具合だった。
分厚い眼鏡をかけており、俯き気味な上に前髪が長く、表情も全く見えない。そこら辺の女子よりも小柄で、呉としてはうっかり潰しそうで苦手なタイプである。

「同木楓(どうき かえで)。別によろしくしなくていいよ」

最後の一人はおそろしく無表情な上、声に抑揚がなく、まるでロボットのようだった。
銀縁の眼鏡から覗く真っ黒の瞳は冷ややかで、切り揃えられた黒髪と相俟って日本人形のような雰囲気を醸している。
自分もわりと恐がられるタイプなのは自覚していたが、なんというかジャンルの違う恐さがあるな、と呉は思った。勿論、シンパシーなどといったプラスの感情は欠片も湧いてこないのは言うまでもない。

「……」

どいつもこいつも、変なヤツばっかりだ。軽薄に根暗に電波か。
自身の他人からの評価は棚上げし、呉は頭を抱えた。

この班は余り者を詰め込んだだけのような気がしてならない。
残念ながら実際その通り、大正解なのだが、それをわざわざ教えてくれる人間もおらず、呉は悶々とするしかない。

「さ、呉くんも自己紹介しようよ!」
「………めんどくせぇ。つか知ってんなら別にいいだろ」
「め! ちゃんとフルネームと好きな球技を言わなきゃ!」
「…なんで球技なんだよ」

呉は舟渡に無理矢理くっつけられた机を強引に引き離すと、頬杖をついて外方を向いた。

興味ないと言わんばかりの強固な姿勢に越川がオドオドしながら呉と舟渡を見比べる。
けんか? けんかなの? と心の声が漏れてきそうなぐらいの慌てようだ。

「ねぇ呉ちゃん」
「……てめ、何馬鹿みてぇな呼び方してんだよ」
「いいか呉ちゃん。俺たちは何が因果か社会科自由研究で同じチームに入れられてしまったわけだ」
「……んなことは分かってんだよ」
「いいや分かってないね!」
「は?」

バンと舟渡が机を叩いて立ち上がった。
残された三人は不思議そうな顔で突然の奇行を見る。
いや、教室中の視線が仁王立つ舟渡に集まったが、嫌な予感を察知したのかサッと逸らす者が大半な辺り、舟渡のクラス内での評価が分かるというものである。

「たとえ嫌でも俺たちはチームなわけだよ!無論俺だって明らかにクラスの変人達と組むのは嫌だよ!」

ババーン。
舟渡は一切迷うことなく述べた。その表情はとても晴れやかだった。
そもそも浮世離れた程整った顔をしている舟渡だ。失礼極まりないセリフであるはずなのに謎の洗練された感が漂う。

「自分だって変人のクセに……」

社会の教科書をパラパラしながら、同木が言った。
うっかりすれば飲み込まれてしまいそうなほどの舟渡のオーラなど、同木にとってはなんの影響もないのである。

「あ、う、…えっと…」
「よく言った同木。変人はアイツ一人だ」

心根が優しいのか単に小心者なのか、現段階では判断できないが、空中分解しそうな十班を前にひたすら焦ったようにキョロキョロする越川。
呉は嫌悪感丸出しの同木に同調を示し、机に伏すと寝る体制に入った。

「ちょっとそこのヤンキー、勝手に名前呼ばないでくれない?」
「あ? 何だテメェやんのか電波野郎」

無表情で吐き捨てる同木に沸点の低い呉が吠える。
中学生とは思えない迫力があったが、同木は全く怯む様子を見せない。どちらかというと挑発するような態度を貫いた。

「あ、あの……けんかは……」

先程から人語すら話せていない越川は泣き出しそうだ。野暮ったい眼鏡が邪魔で表情は分からないものの、肩がプルプルしているのが不憫だ。

「みんないい加減にしてよ! ちょっとは大人になったらどうなの!?」
「お前がな」
「もう俺は……ってあぁあああああ!」
「……何だよ」

収集のつかなくなった場で舟渡が突然おもいっきり叫び、興奮を露わにする。
もうクラスの中でそれを注目する者はいなかった。慣れとは偉大である。

「大変だ!」
「………だから何だよ」
「今気付いたんだけど、俺たちの名前の最初の文字を繋げると呉越同舟になるんだよ!」

ババーン
再び効果音を引き連れて舟渡がルーズリーフに何やら書きだした。甘い顔立ちに反して、硬質な印象のきっちりとした文字が躍る。


越川
同木
舟渡

「ね!」
「わ! 本当です……」

一仕事終えたように満足そうな顔をする舟渡に対して、嬉しそうな声を出したのは越川だけだった。
野暮ったい小さな塊がふわふわと笑う。暗い姿形の割に弾んだ声は少女めいていて可愛らしかった。

「……ふーん。なかなか皮肉っぽくていいんじゃない?」

暫く無言だった同木は、無表情だった顔面に少しだけ、本当に注意しなければ分からない程に小さな笑みを浮かべた。
これがウケている状態である、ということは今のところ本人しか知らぬトップシークレットである。

「………」

呉は横目で一瞬見ただけで、小さく鼻を鳴らすと興味なさそうに再び上体を机に倒した。

「もしかして意味分かんなかったんじゃない……?」
「………」

そんな呉の態度を見ていた同木がハッと鼻で笑う。

「いやー流石にそれはないっしょ……マジで?」

ひとしきり騒いで既に熱は冷めたのか、落ち着いた様子の舟渡は信じられないような顔をした。
呉は、寝たままピクリとも反応を返さない。

一同の間に妙な緊迫感にも似たものが流れる。誰もが、呉の反応を待っているかのようだった。

「…………うっせぇな、悪かったな馬鹿で」

ボソリ、と地を這うような低音はどこか拗ねたような響きだった。

固唾をのんで、というのは大袈裟にしても、見守っていた三人は一瞬の沈黙の後、各々がリアクションを見せた。

「……ハッ」
「………」
「あひゃひゃひゃ!」

同木はやけに生き生きした表情で嘲笑し、越川は必死さが逆に失礼なほど笑いを堪え、舟渡は全く遠慮せず派手に笑った。

呉はといえば、冷めたもので、怒るでもなくそのまま寝の体勢に入っていた。
もうどんなリアクションをとればいいのか正解が分からなくなっており、半分不貞寝だった。

「……訂正するよ、何だかこのチームは上手くやっていけそうだね」

舟渡はやはり唐突に呟くと、にっこりと笑った。

「そ、ですね…」

ほとんど一人言のような舟渡のそれに越川だけが先程の余波のせいか、やけにプルプルしながらではあるが、しっかり頷いた。

「よし、じゃあ班長はヤンキー呉ちゃんだ!」
「はあ?」
「よし、呉ちゃんが快く引き受けてくれるって、みんな! ほら拍手!」
「……お前日本語通じてねぇのか」

パラパラ巻きおこる拍手に、他のクラスメイトは今度は一体何だと、余り者組に視線をやるが、すぐに興味は自分の班に戻っていく。

「同木、お前さっきまであんなノリ悪かったのに何でいきなり拍手してんだよ」
「班長就任オメデトウ」
「………」
「ほら越川くんもお祝いの言葉を!」
「お、おめでとうございます」
「……越川、わざわざソイツに従うんじゃねぇよ」
「え、あ…ごめんなさい……」
「……別に怒ってねぇからそんなビクビクすんなよ…」
「あれ? 呉ちゃんたらツンデレ? ヤンキーのクセに?」
「ヤンキーのクセに」
「テメェら、さっきからヤンキーヤンキー連呼すんな」

いよいよワケが分からなくなった教室の片隅で、呉は「もうどうでもいい」と呟くと死んだように机に突っ伏して眠りについた。






これが延々続く腐れ縁の始まり


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