二月






「舟渡くん……これ受け取ってくれますか?」
「あ、ごめん。そういうの断ることにしてるから」
「お高くとまってんじゃねーよ」

ぱしこーん。
呉は手刀を舟渡の後頭部に落とした。手首のスナップがきいた見事な一撃だった。

「いったぁー! もぉ何すんの!」
「腹立ったから、つい。あとその声気色が悪い」
「酷い!」

うるうると涙目になる舟渡を無視して、呉は動物の形のビスケットを咀嚼して昼食後のおやつタイムを満喫する。
特別甘ものが好きなタイプではなかったが、バターの風味が絶妙なビスケットはさくさくで素直に美味しいと思った。

「呉くん、暴力はダメですよ?」
「暴力じゃねぇ、躾だ」
「く、くれちょん……躾だなんてアブノーマルなプレイを俺に強要するんだね! でも俺、くれちょんにならいいよ!」
「……もう黙れよ、お前…」

未確認生物を偶然発見してしまったような顔で呉はビスケットを三枚まとめて口に放り込んだ。もう慣れたとはいえ、舟渡のノリにはついていけない。

「……舟渡くん、私もういいや。なんかごめんねー」

舟渡にピンクの紙袋を渡そうとしていた女子生徒は非常に曖昧な笑顔を浮かべると、振り向きもせず足早にそのまま去っていった。

「……可哀想」
「舟渡だからな」
「どっちかというと呉が邪魔したんじゃない?」
「はぁ? 何で俺なんだよ」

本日はバレンタインデー。何も渡さず去っていった彼女の胸中はうっすらだが理解できる。
同木はチラリと呉を見る。自分には何も落ち度がないといわんばかりの態度にはため息しかでない。

「目の前でそんなにベタベタされたら怯むに決まってるでしょ」
「……ベタベタってなんだよ、気持ち悪い」
「さっきからしてるクセに」

彼女は舟渡に好意を抱いていて、バレンタインデーというイベントに乗じて思いの丈をぶつけるつもりだったに違いない。
それをあろうことか、男同士でグダグダ喋って無視したのだから極悪非道すぎる。

「意味分かんねぇ」
「ならもういいよ。呉には人の気持ちなんてわからないんだから」
「……お前な」

とまぁ、呉に対して辛辣な言葉はいくらでもストックしてあったが、細かく言う気になれなかった同木は不機嫌そうにそっぽを向いてこの話題を無理やり打ち切った。
何となく面白くなかった。非常に面白くなかった

「あれ、どうきゅんったらヤキモチ? 俺に? くれちょんに?」
「くたばれ」
「うわぁ、ゴミを見るような目だぁー」

同木の白い頬をぷに、と押しながら舟渡はニヤニヤする。
毛を逆立てる勢いの同木は警戒心の強い野良猫のような目で舟渡を睨んだ。

いつもの光景を眺めながら、呉は先程のしっくりこない会話の続行を諦め、ビスケットに集中することにした。

「あ、味変じゃないですか…?」
「普通に美味い」
「ほ、本当ですか!? 良かった…!」

実は呉が貪っているビスケットは越川のお手製だった。昨日バレンタインデーに向けて励む姉と一緒に作ったもので、「日頃お世話になってるから」という名目で昼休みに取り出したのだった。
可愛らしい花の模様があしらわれたタッパーに入ったビスケットはくっつけた机の真ん中にちょこんと佇んでいる。

「……違和感ないのがエッちゃんマジック」
「それは……同意」

呉に褒められたのが嬉しかったのか、恥ずかしそうに微笑む越川はどこから見ても乙女だった。
舟渡と同木は一時停戦し、神妙な顔で頷きあった。

「あ、そういえば皆さんはチョコレート貰ったりしたんですか?」
「俺はお返し大変だから出来るだけお断りしてるんだけどねー」
「でも机の中に入ってたりしたんですよね?」
「うん、問答無用で渡された分も合わせて今のところ三十個ぐらいかな」

舟渡もビスケットを摘みつつ、憎たらしいまでに整った顔で笑う。
普段の憎たらしいやりとりに忘れそうになるが、本当に顔だけはいいんだよね。と同木は複雑な気持ちになった。騙されている、と糾弾したいぐらいだ。

「くれちょんは?」
「お前には関係ねぇだろ」「あ、その顔は貰ったんでしょ?」
「くたばれ」
「……俺の扱い雑すぎない?」

何気ない舟渡の問いかけに呉はちらりと視線を向けたが、これ以上この話題に付き合う気はないらしく、黙ったきり口を開こうとしなかった。






気になる、彼の気持ち


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