九月






「あれ、今日くれちょん居ないの?」

昼休み、他クラスだということを微塵も意識していないらしい舟渡は我が物顔で適当な椅子を拝借して座った。

「風邪で休みって」
「連絡きたの?」
「……朝、メール来た」

基本的に呉と同木のクラスでお昼ご飯タイムを過ごすという習慣がしっかり根付いた二学期初頭。
四月から遅刻はしても、欠席はしていなかった呉はどうやら休みらしい。

「風邪ですか。最近夜になると急に冷えますからね……酷くならないといいですけど」

同木の机にちょこんとお弁当箱を置いた越川は、教室の隅に放置されたパイプ椅子を取りにいく。
授業中に担当教師が腰掛けたり荷物を置いたりするのに使用されるパイプ椅子は、昼休みだけ越川専用になりつつあった。
もし自分が勝手に座った席の持ち主が現れたら申し訳ない、とわざわざ考える辺りが真面目である。

「お腹出して寝てた系じゃない?」
「この年になってそれは……って思ったけど、呉なら有り得る話だよね」

勿論そのような配慮機能が搭載されているはずもない舟渡は好き勝手机を移動させ、寛ぎ空間を作っている。
ただ、女子生徒ならほぼ百パーゼント好意的な態度で席を譲るので、遠慮しようがしまいが結果はそう変わらないのかもしれないが。

「……でも羨ましいです」

全ての準備を終え、弁当を包んである可愛らしいフクロウのイラストがはいった布巾をほどきながら越川は呟いた。

「何が?」

舟渡と同木も各自持参した食料を広げていく。

「その、呉くんのアドレス……あぁ、もう何でもないです! 忘れてください!」
「ぶふっ」

クリームパンにかぶりついていた舟渡が盛大に噎せる。危うく鼻からクリームが出るところだったが、なんとか気合いで押しとどめる。

「なに舟渡……汚いなぁ」
「だって、だって…!」

ティッシュ要る? とポケットを探る同木に片手で「大丈夫」を示してから舟渡は机に身を乗り出した。

「エッちゃんもしかしてそうなの!? ラブなの!?」
「ちちちちち違いますよ!」
「すんごい焦ってるじゃん! あばばば!」
「……二人とも五月蝿いよ。ご飯食べてるんだから暴れないでくれる?」

真っ赤になった越川の箸からミニトマトが落ちる。偶然にも弁当箱の中に転げ戻ったので害はなかったが、動揺は大きい。

「呉くんは……その、僕の憧れ、でして……」

箸をギュッと握りしめ、耳まで赤くなったのを隠すように俯いた越川は傍目にも大変可愛らしく、偶然近くでパンなどを貪っていた生徒たちを男女関係なく無差別でときめかせる。

「…………憧れ? あのなんちゃってヤンキーに?」

そのラブリー光線が全く効かない同木は露骨に顔を歪める。「趣味悪い」と言わんばかりの顔である。

「中学の……一年の時、隣のクラスでして……その、体育の時に体調を崩してしまってですね、助けていただいたと言いますか……いや、そんなつもりはなかったのかもしれませんが、その、すごく格好良くてですね…」

しかし越川は同木の嫌な顔に怖じ気づくこともなく、珍しく長々と喋る。
感情が高ぶったせいか、何時もより流暢だ。こんなに情熱的な越川珍しい。

「…………」

思いもしなかった仰天告白に場の空気が固まる。

「くれちょんったら弱ってるところに漬け込んで……!」
「そ、そんなことではないんです……そもそも呉くんは覚えてないかもしれませんけど。あぁ、もうだからこの話はもう終わったことにして下さいってば!」

頭を抱えて取り乱す舟渡は普通に見苦しかった。
更に強引に話題の転換させようと、越川は首を取れそうなぐらい横に振るので、ランチタイムにあるまじき埃が舞う。

「で、どうきゅんはいつアドレス交換なんかしちゃったの?」

同木はそんな二人を前に、何か考える素振りで黙っていたが、矛先を自分に向けられて露骨に面倒臭そうな顔をした。

「五月の遠足の時に班の全員とアドレス交換するってことになっただけ」

口に入っていた米を飲み込んでから、渋々口を開く同木。
四人が通う高校では全学年、毎年五月に遠足という名の野外活動体験を強制されることになっていた。
クラス毎に学校がリストアップした山や川を選択し、お決まりの飯盒炊爨やレクリエーションに勤しむのである。

「イベント事に便乗してズルい! どうきゅんズルい!」
「うざい」

喚く舟渡を切り捨て、同木は箸を進めた。
呉が居ない今日、一人で舟渡を止めるのは結構しんどい。

「……明日にでも普通に聞けば?」

舟渡だけでなく、越川にまで羨望の眼差しで見つめられ、同木は折れた。
無言の目は、煩わしい以上に恐ろしい。

「だって今更……ねぇ?」
「どうやって切り出せばいいか分かんないです……」

チワワか、と言いたくなるほどしっとりとした目に、同木は非常に珍しく「んああ!」と奇声を発した。
軽くキレたらしい。

「一緒に聞けばいいんでしょ? 普通に聞けばいいだけなんだからそんな顔でこっち見ないでくれる!?」
「えへ、どうきゅんありがとう」
「すいません、僕が不甲斐ないばかりに……」

ぐったりした様子の同木は疲れきった声で「呉が休むからこんなことになるんだよ」と誰に言うでもなく呟いた。






とりあえず折角だから俺たちも交換しとく?


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