五月






「ちょっとお呼びだしかかってるから行ってくるねー」

五月。新しい環境にも馴染んでくる初夏の季節。
いつもの四人は教室の一角を陣取って昼食時間を過ごしていた。中学のときのように遠巻きに見られることもなく、実に和やかな光景である。

「……なんかやらかしたのか?」
「ぶっぶー! 女の子からの呼び出しですー!」

一足先に昼食を済ませた舟渡は立ち上がり、パンの袋やら紙パックやらをまとめてゴミ箱に突っ込んだ。
そして無駄に溜めてから振り返り、パチコンとウィンクをかました。それはそれは見事なウィンクだった。

「……それは実在する女か?」
「あー、アレでしょ? 舟渡の頭の中にしか存在しないってヤツ」

惣菜パンを咀嚼していた呉は、お好み焼きにカスタードクリーム、並の嫌な顔をする。
同じく持参した弁当に手をつけていた同木は汚いものを見たかのような顔になっていた。

「ヒデェ言い方! 俺モテるんだからね!」

二人の随分な言葉に、舟渡は若干傷ついた様子である。
が、あくまでもそう見えるだけであって、実際はこの程度でへこたれる男ではない。

しかし「ふん」と拗ねたような表情を浮かべた舟渡は、その端正な顔に影という名の花を添え、絶妙に母性本能を擽る憂いを醸す。

「呉、椎茸あげる」
「いらねっ! つーかそんなとこに乗せんな」

が、生憎母性本能など持ち合わせていない呉と越川は鼻で笑うと、アッサリ舟渡から視線を外す。どうやらこの話題に飽きたらしい。

「グレてやる!」
「ふ、舟渡君!」

ごく自然な無視であった。
その素っ気なさに、わなわな震えた舟渡が教室を飛び出していった。陸上部のような綺麗なフォームで。

それまで小さな弁当をチマチマ食べていた越川が唯一慌てて止めようとして立ち上がったが、間に合わない。

「ほっときなよ越川」
「で、でも……」
「いいから放っておけよ、弁当に専念しなきゃ休み時間中に食べきれなくなんぞ」

引き留めようと手のひらを伸ばしたまま、心配そうに舟渡が去っていったドアを見つめる越川。
しかし呉の言葉通り、女の子が持つような小振りな弁当箱には中身がまだ六割以上残っている。

「越川ってホント女子みたいだよね」
「ど、どこがですか!? こんなちんちくりんな女の子いませんよ!」

モグモグ白米を頬張る越川が、同木の目には頬袋を膨らませるハムスターのように映ったのを誰が責められようか。

華奢な体格に、そこらへんの少女よりも少女めいた顔立ち。優しいのか暗いのか微妙なお淑やかすぎる性格。
それに見事なまでの少食とくれば、乙女に見えてしまうのも仕方ないというもので。

「……」
「……」

呉と同木は少しだけ顔を見合わせると小さく頷いた。どうやら何か分かり合える部分があったらしい。

「にしても何であんな頭パーみてぇなヤツがモテんだか」
「頭はパーだけど成績はいいんだよね、何かムカつく」

紙パックのコーヒー牛乳をズーズー啜りながら悪態をつく呉は、紛れもなくヤンキーである。その目つきの悪さはある意味、見事だ。

「天才と馬鹿はアレだ…アレ、なんとか一重」
「紙でしょ、紙一重。なんでそう微妙に一部覚えてないかな」
「うっかりだろ。グチグチ言うな」
「うっかりって……随分かわいい言い方するね」
「てめぇ」

クスッと笑った同木。苦虫を噛み潰したような顔で呉は机に頬杖をついた。
窓の外は、目が眩むほどの晴天だった。

「……でも何でアイツ、特定の相手作らないんだろーな」
「舟渡君、本当にモテるんですよ! 中学の時だってみんなこっそり噂してました」

ボソッと呟いた呉の疑問に、自分のことでもあるまいに何故か越川が誇らしげに答えた。

「……こっそりってところがポイントだよね」

最後のおかずを口に放り込むと、同木は弁当箱に蓋をした。

「ふ、舟渡君って格好良いですけど、ちょっと近寄りがたいって言ってる人もいたみたいですね……僕も、まさか友達になれるなんて思ってませんでした」

顔を赤らめる越川は、何というか異常に愛らしい。呉は同性とは思えないほどのラブリィ光線を放つ越川に薄く笑うので精一杯だった。

「……確かに、舟渡って中学の時は結構関わり合いになりたくない感じの噂多かったよね」
「…………まぁ、噂は噂だろ?」

頬杖をついた呉の視線の先は、五月晴れの爽やかなブルーだ。
梅雨は、まだ来ない。

「……そ、だね」

一瞬、同木が目を見開いた。呉のやる気ない態度で呟いた言葉に純粋に驚いたからだ。
しかし、同木がそれを悟られるはずもないし、呉が気づくはずもなかったのだが。

「まぁ何にせよ、彼女が出来ても長持ちはしねぇだろ」
「ああ、それは同意見」
「ぼ、僕も何だか想像できませんね……彼女と一緒の舟渡君って」

それぞれ、ちょっと酷い。
舟渡がここにいたらさぞ泣きわめいていたことだろう。

「……つーか、舟渡に彼女とか生意気じゃね?」
「生意気っていうか……罪深い?」
「そ、そこまでですか…!」

呉に同意する同木。
越川は否定も肯定もできず、口ごもった。

「とりあえずアイツ戻ってきても無視な」
「な、何でですか!?」
「むしゃくしゃするから、とか?」

軽口を本気にした越川は一人大慌てで、呉と同木は笑った。ついからかいたくなってしまうのは一々リアクションがかわいいからだ。

非常に馬鹿馬鹿しい会話。特に意味もない。
けれど、嫌いじゃないから、困る。

昼休みの和やかな教室をぼんやり眺めながら、呉は気恥ずかしそうに眉間に皺を作った。






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