10 粉骨砕身

【粉骨砕身】
[意]力のかぎりをつくすこと。






「終わった」
「ああ、終わったな」
「お、終わっちゃいましたね」
「華麗なフィニッシュだったね」

カラスが鳴く、絵に描いたような黄昏時。
今日も今日とて連帯感があるのかないのか微妙な四人組は、作業終了に対してある種の充実感を感じていた。

机に広がる多種多様なプリント、筆記用具、本。
四月当初から続いていたグループ課題がようやくまとまったのだった。

「もう二度とやりたくねぇこんなこと」
「同感。こんなに疲れるなんておかしいよ」
「で、でもちょっと楽しかった……かな、僕……」

呉は頬杖をついて欠伸を噛み殺す。このところ毎日のように放課後、終わる気配のなかった課題を四苦八苦して処理していたのだ。達成感と共に疲労感にも襲われる。

「明日の発表で、このチームも解散だねぇ」

ボソリ
窓を開けて転落防止のパイプにもたれていた舟渡が何処を見るでもなく呟いた。真っ赤に染まった空が怖いぐらいに綺麗だった。

「……」
「あれ、くれちょんなら、せーせーする! とか言ってくれると思ってたのに」

舟渡の独り言にしては随分大きかった呟きに対して、誰も何も言わなかった。
ただ思い出したかのように、何とも言えない顔で黙っていた。

「……最後までそのふざけた呼び方を改める気はねーんだな」

呉は内心戸惑っていた。
どいつもこいつも妙に静かで気持ちが悪い、なんて自分もその静かな一員なのは棚上げして、苛立ちに似た違和感に居心地の悪さを感じていた。

「……最後、ですか」

やけに寂しげな教室に響く、呉と舟渡の軽い声に越川がポツリと呟く。

胸の中を占めるのは、楽しかった思い出だけだった。
四月の初対面の時には緊張で吐きそうだったというのに、それも今になってしまえば良い思い出である。

「……思ってたより、つまらなくはなかったよ」

ギュッと膝の上で拳を握りしめた越川を横目で眺めながら同木は小さく笑った。

全く興味がなかったグループ課題。とにかく面倒だとしか思っていなかったのに。
美化された記憶に取り付かれている、といってしまえばそれまでだが。それでも、自然と口元が綻んだ。

「………なんかキモいな、全体的に」

日本特有の夏の風は湿っていて、じっとりと暑い。
呉は越川から半ば奪った下敷きを使ってパタパタと風を送り込んでみるが、たいして効果はない。

「呉のキモさには敵わないよ」
「んだとテメェ」

いつものように軽口を叩いてみるが、固まったように暗い空気は変わらず、溜め息が漏れるだけだ。
しっとりと湿っぽい空気は変わらず、圧迫してくるようだった。

「……ふむ、こんなに感慨深い気持ちになったのは初めてかも」

気紛れに舟渡が呟くも、言った本人から暗いのだから始末が悪い。

「……グスッ」
「まさか、泣いてんのか?」
「な、泣いてないですよ……グスッ」
「……泣いてんじゃねーか」

更には越川がグズクズしだしたのだから呉は頭を抱えたくなった。

どうしてだ、泣くほどのことか。
つーか、何で泣いてんだ。

「……」
「……」

こんな時に限って、おちゃらけ担当も見事に物言わぬ岩と化し、皮肉担当も口を結んで黙っている。

たった一言、たった一言言えれば、越川は恐らく泣きやむ。
しかしそれは自分にはあまりに不似合いで、とても呉には言えそうになかった。

だから待っていたのだ、誰かが言い出さないかと。期待ような、願望のような、煮え切らない気持ちで。

「……」

もう用事も終わったのだから好きに帰ればいいものを、誰もその場から動こうとはなしない。
わざわざ居心地悪い空間に止どまり続け、誰かが言い出さないかと待っている。

つまりそれは見事なまでの意見の一致なのだが、肝心な時に限って言葉が出てこない。

なら、これは俺が言うしかないんだろう。
ものすごく損な役回りのような気がしなくもないが、元来気の短い呉はこの妙な暗い空気の中でこれ以上生殺しにあうのは我慢できなかった。

「……別に永遠の別れでもねーだろ、クラス一緒なんだから」

頬杖をついて、明後日の方を向いて。

「くれちょん…」

ムスッとした顔はなんとか保てているが、呉の耳はかわいそうなくらい真っ赤に染まっていた。
強い拘りがあったわけではないが、今まで一匹狼という物を貫いてきた呉には途方もない言葉だったのだ。

「もお! くれちょんったら俺と一緒に居たいならそう言ってくれたら良かったのに!」

ぱああああと舟渡の顔が輝いた。

つまりは「そういう意味」の言葉であって、故に理由はそれぞれ違っていてもコミュニケーション能力不足な彼等にとっては非常に困難な言葉で。

「…ふん、別に今回みたいな時に便利だからそれも良いと思うけどね」

明らかにホッとした様子の同木は少しばかり顔が赤らんでいた。
今まで眉一つ動かさないような無表情だったのに、随分人間っぽい顔をするよになったものである。

恥ずかしさの臨界を突破した呉は髪をぐしゃぐしゃに掻き回すと、ポカンとする越川に向き直った。

「そういうことだ、分かったな越川」
「は、はい!」

怒鳴りつけるような声だったが、びっくりするぐらい迫力はなくて、越川は半泣きのまま返事をし、それから笑った。

おそらく、正気に返ったら負けなのだろう。

普段では考えられないような言動をしていると思っているのは呉だけではない。
四人共、どこか落ち着きなくソワソワしたまま、視線を合わせることもせず暫くその場でぼんやりしていた。

やけに、晴れやかな顔で。






腐れ縁に乾杯!


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