08 一所懸命


【一所懸命】
[意]命がけでするようす。






「デケェ」
「うん…」

呉は呟いた。
隣からも同様の感嘆の声が洩れる。

「そう? 普通じゃない? あ、入って入って」
「……これが普通だったら俺ん家のアパートは犬小屋か? あぁ?」
「住めば都って言うじゃん?」
「住む前から都の方がいいけどな、普通に」

洋風の、屋敷と呼べる建物をグルリと囲む塀の前に四人は立っていた。
塀の中には可憐な花が咲き誇り、童話の世界のような造りの庭があり、その先に佇む屋敷が見えている。

「……ボンボンだったんだ」
「どうきゅんたら何たそがれてんの? 早く入りなよ」
「だからそのふざけた呼称で呼ばないでって言ってるんだけど。いい加減にしないと抓るから」
「痛い! 痛い! もう抓ってるよね、これ抓ってるから!」
「いくら舟渡の家がデカくて羨ましがっても意味ねぇし、とっとと済ませようぜ………アレ」

ぎゅむぎゅむ舟渡の頬を捩じりあげる同木を見なかったことにしながら、呉は家人からの許可も出ているのでスタスタ敷地内に入っていく。

「ふ、二人とも早く行かないと呉君が行っちゃいますよ!」
「越川、噴水あんぞ。この家」
「うわぁ漫画みたい……」
「ちょ、ちょっと俺を助けてよ!」
「……早く行くよ、愚図」
「あれ? 今日みんな俺の扱い悪くない?」

オロオロしながら呉を追った越川だが、庭にさも当然のように設置してある噴水に目を奪われ、ふらふら進んでいく。

同木は歩き出した二人に溜め息をついてから舟渡を開放すると、ズボンで軽く手を拭いて二人の後を追った。後ろから追いかけてくる舟渡の悲鳴のような声は華麗に無視である。

相変わらず協調性のカケラもないヤツらだ。呉は気だるげに歩きながら溜め息をついた。

周囲の班と比べ、明らかに遅れている社会科の課題をこなすために休日返上で集まるハメになった。呉自身、真面目に課題に取り組んできたとは言い難いのだから仕方ないと思うが、不安だ。

市の図書館は一度利用したものの、二度とそういう気が起きない程度には散々な目に遭った。図書館とは私語厳禁なのである。
しかし、中学生が休日に四人も集まれる場所はあまりなく、散々話し合って舟渡の自宅が今回の会議の場所になったわけだ。

「……中も凄いね」
「俺の部屋行こうか、あんま机大きくないけど何とかなるよねー」

ようやく建物内部に着き、ホッとする一同は舟渡の先導によって自室に招かれることになった。玄関で借りた来客用スリッパをパケパコ鳴らしながら階段を上がれば、これまた冗談のような内装が続いている。

「……あら、お友達?」
「そうです、暫く騒がしくなるかもしれません」

カチャリ
四人が通過しようとした扉の一つが開くと、中から若い女性が一人出てきた。ゆるく巻いた長い髪に、ブランド物らしきシックなワンピース姿。

「じゃあ飲み物持っていかせるわ。修也くんの部屋でいいのかしら?」
「はい、お願いします」

彼女はふんわりと上品な笑みを浮かべると、四人が向かっているのとは逆方向の廊下の先へと消えていった。

三人は黙って顔を見合わせる。

「はい、ここが俺の部屋」
「……なぁさっきのは?」

無事舟渡の自室に着いてから呉が口を開く。短い沈黙の中で交わしたアイコンタクトにより呉が代表になっただけで、三人の共通の疑問である。

「オカアサン」
「…若いな」
「ああ、だって再婚なんだもん。ちなみに俺らの十個上だからまだ二十代だよー」
「……へぇ」
「加えて言うなら、あの人は三番目のオカアサン」

ローテーブルの上に乗っていた雑誌や小物類を軽く片付けながら、なんでもないように舟渡が言った。

「……複雑な家庭」
「サスペンスな事件が起こりそうですね……」
「いかにもな設定だな、それ」

なかなかに失礼なリアクションが連発した。
唯一まともに見える越川までもがサスペンスな期待を抱いているのは、これまでの付き合いに毒されたからなのか、越川の本質なのかは微妙なところである。
「…………」

その様子をぼんやりと眺めていた舟渡は、一瞬だけあどけない表情で口許を綻ばせた。
そしてすぐにいつもの軽薄な笑みを浮かべて肩をすくめた。

「もう! 何その他人事みたいなリアクション、失礼しちゃう!」
「いやだって他人の家の確執だし」
「いや別に確執とか何もないからね?」
「え。遺産を巡る争いとかはないんですか?」
「エッちゃんったら可愛い顔してエグい期待してない?」
「舟渡の家庭の話はどうでもいいから早く課題しようよ。無駄話してるヒマはないよ」
「どうきゅんたら俺の顔には出さないナイーブな部分を無駄話で片付けちゃうの!?」

どこまでが本気か分からない三人の言葉に芝居がかった抗議をする舟渡。
しかしやはりまともに相手をする者はおらず、それぞれが持参した資料や本を机の上に広げていく。

舟渡は少しだけ照れくさそうに頭を掻くと、ぷくっと頬を膨らませた。

「もう! みんな俺に対する愛が足りない!」
「……うぜぇ」
「ちょっとあの資料どこに行った?」
「それなら僕が持ってます」

少しだけ間を開けてから、呉はプリントを広げ、同木は付箋の貼られたページを確認し、越川はペンを握った。
いつも通りだった。無視されすぎていじける舟渡と、仕方なしに宥める呉や、それを見て嘲笑する同木や、あわあわする越川も込みで、実にいつも通りだった。






不器用な救援要請と不器用な救助隊


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