07 驚天動地


【驚天動地】
[意]多くの人々をひどく驚かすこと。






早く着きすぎたみたい。越川は小さく息をついた。

駅前の、このあたりでは待ち合わせスポットとして定着している噴水のある広場。噴水を囲むように円形に設置されているベンチに腰掛けて腕時計を眺めてみる。
約束の十時まであと三十分もあった。

「おかしくないよね……?」

今日は十班の面々で集まって市立図書館に行くことになっていた。課題の資料になりそうな本を借りるためだ。

小学生の頃は仲のいい友人と学校外で遊ぶこともあったが、中学に入ってからとんとそんなことはなくなっており、控え目に言っても三年ぶりの機会に越川は睡眠も上手くとれないほど緊張していた。

昨夜遅くまで今年大学に入った姉と一緒に服を選び、準備は万端にしてきたつもりだったが、不安は拭えない。
内向的な越川と違い、明るく派手なタイプの彼女は越川を大層可愛がっており、服などもよくプレゼントしてくれるのだが、趣味の違いからそれらが日の目を見ることは多くなかった。

白の凝ったデザインのシャツと、ピンクの薄手のカーディガンに普通のジーンズといった今日の越川のファッションは越川の要望と姉の希望が三対七くらいで反映されたものである。

姉は着せ替え人形を手に入れた幼い少女のように越川を飾り立てるのにはしゃぎ、服装だけでなく、最終的は全身をコーディネートに乗り出した。
少し前に買ってもらったものの勇気がなくてオブジェと化していたオシャレ眼鏡をかけるように勧められ、前髪をピンでとめられ、随分普段と様相が異なってしまったのは鏡を見なくても越川には分かった。

姉は似合っていると言ってくれたが、それを言葉のまま受け取ることは難しい。目立つことは嫌いだし、そういうのは似合わないと思っているのだ。
やけに開けた視界にもじもじしつつ、落ち着かない気分で時計の針を見る。約束の時間までもう少しだ。

「ねぇねぇ、誰か待ってんの?」
「……え?」

くいくいと意味もなく髪を引っ張っていると、フランクな声とともに肩を叩かれた。
びっくりして見れば、大学生くらいの男が笑顔で立っていたが、見覚えがない。特別派手ではないが、越川と接点がありそうなタイプではない。

「君すっごい可愛いよね、高校生?」
「え、え?」

早口で捲し立てられて頭の中が真っ白になる。一瞬どこかで会った人なのではないかと真面目に考えたものの、全く心当たりはない。

「時間あったらちょっと話さない? 俺いきなり友達にドタキャンされて暇なんだけどさ」
「そ、それは残念でしたね」
「君もそんな感じじゃない? 結構長い間待ってるよね?」
「いえ、まだ待ち合わせの時間になってないですから」
「ほんと困るよね、ドタキャンって」
「え? 違いますよ……??」

一体何が言いたいんだろう? 愚痴? 初対面の僕に?
越川は頭の中に大量のハテナが浮かび、パニックになるが男はにこやかなわりに強引に話を進めよとしてくる。しかも話が面白いくらいに噛み合わない。
男が意図的に都合の悪いことは聞こえないふりをしているなど、疑いもしない越川は半泣きだった。

「ねー、その子、俺のツレなんだけどなあー」
「あ……」

だんだん目的の見えない男に恐怖すら感じてきた越川が後ずさるようにベンチから立ち上がったとき、舟渡がひょこ、と現れた。

わ、私服もかっこいい。
中学三年生の男子にしては小柄な越川は、大学生風の男と並んでも遜色ない大人っぽさがある舟渡に感嘆の声を上げた。
中身は到底大人っぽいとは言えないが、昨今では珍しいくらいに純粋な越川は舟渡のことを賑やかで社交的な人だと本気で思っていたりする。越川にとって、悪人などこの世にいないのかもしれない。

「あ、そうなんだ……へぇ〜」
「ごめんぇー、なんか用だった?」
「いや、別に用ってわけじゃないっす」

一瞬不穏な空気が流れたものの、舟渡がニコリと笑うと男は気まずそうな顔でヘラヘラしながら去って行った。
「あれは勝てねぇ」という悔しそうな声が越川にもうっすら聞こえてきたが、意味は分からなかったので気にしないことにした。

「あ、ありがとう舟渡君。よく分からないけど助かりました」
「……あれ、マジで俺の知り合い? ごめん、君だれ?」
「……へ?」

恐ろしい目から開放されてホッとした越川だったが、今度は舟渡の不可解な発言に首を傾げることになった。

「おい舟渡、お前何してんだ……って誰?」
「いやそれが、見知らぬ女性を助けたら、俺を知っているらしくて」
「何騒いでんの」

ゆったりとした足取りで近付いてきたのは呉と同木だ。いつの間にやら集合時間になっていたらしい。
自分が悪いわけではないと思いながらも、待たせてしまったなら悪かったなと越川は頭を下げた。

「ご、ごめんなさい……時間にはちゃんと間に合ってたんだけど……」
「………お前、もしかして越川…か?」

越川以外の三人に妙な空気が漂う中、困惑した顔で呉が口を開いた。

「くれちょん、そんなまさか!」
「……そんな漫画みたいなことあるわけないでしょ」
「え、僕は越川ですよ! なんなんですか?」

おかしい。越川はようやく自分に注がれる視線の意味に気付いて驚いた。

「…確認するけど、お前は越川なんだな」
「女の子じゃないの?」

確かに、ちょっとだけ雰囲気は変わってると思うけど、みんなあんまりな言い様じゃない?
姉による大胆なトータルコーディネートのせいで、三人から「越川じゃない疑惑」を持たれていることは理解したが、越川にはその理由が分からなかった。

「僕は越川倫太郎で、今日は図書館に行くって集まってるんじゃないですか?」

からかわれてるのかと、悲しくなる。女の子ってなんだ。
越川はちょっとしたイメチェンのつもりだったのだ。他人から見たら「ちょっとした」レベルでは済まない大変身であり、漫画並みの「眼鏡をとったら」というやつなのなのだが。

「俺、不覚にもドキッとしちゃったよ」
「……あれは、反則だな」
「……」

ヒソヒソと囁く声に意味は分からなくてもむくれるしかない。
繰り返すが、越川は自分を内向的で地味だと思い込んでいる。実際、容姿に関してそれは見当違いも甚だしいのだが幸か不幸か自覚は一切ない。

「いやー、意外な展開だったねぇ」
「……」
「よし、エッちゃん図書館目指してダッシュだ!」

不鮮明な点は多々あって、越川にしては珍しく抗議や不満の声もあったものの、みんなが悪意を持って言っていたわけじゃないみたいだから、まぁいいか。なんてお人よしなことを思いながら越川はこくりと頷いた。






サラッと、重大事実発覚


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