06 和気藹々


【和気藹藹】
[意]なごやかで楽しい気分が満ちているようす。






「じゃあ俺飲み物買って来てあげるー」
「じ、じゃあ僕はお菓子でも!」
「……今から何するのか分かってる?」

がらんとした教室の一角。開いた窓から入る風にカーテンが優しく靡く。

遠くから聞こえる運動部の物らしき掛け声。
日が落ち始めた空は雲が少なく、澄んで見える。

「……居残り、だろ」

頬杖をついて、そんな風景を見つめる呉は軽く現実逃避を行っていた。

「馬鹿だなぁくれちょん」
「……待て。その気味の悪い意味不明の言葉は俺のことじゃねーだろな」
「いいかい? くれちょん……君に足りないのは遊び心だよ」

ポム、と呉の肩に手をのせた舟渡は笑顔を見せる。白い歯が今にもキラリと光りそうなアイドルスマイルである。

「同木、今はそんなセンスの必要性について語る時間じゃねーよな?」

呉は舟渡の手を勢いよく引き剥がすと、相変わらず無表情かつ不機嫌そうな同木に呼び掛ける。
自分一人で舟渡と戦うのは不利だと判断したらしい。

「そういうこと。無駄なことしないでくれる?」

同木は舟渡を冷ややかに見つめると、手持ちのプリントを広げた。

「同木くん。いや、どうきゅん」
「……まさかその気味の悪い意味不明の言葉は「どうきゅんもユーモアが足りないよ!」

しかしそんなことに怯む舟渡ではない。
呉の言葉を引用しつつ、嫌そうな顔をする同木の肩に手をのせて、再び無駄にゴージャスな笑顔を全開にした。
反論は一切受け付ける気はないらしく、同木ですらその破竹の勢いに言葉を失くす。

「見てよ、ノリノリのエッちゃんを!」
「さ、さぁ見てください!」
「………」
「……越川、脅されたのか?」

いきなり話を振られた越川だったが、何故か舟渡のテンションに合わせるかのようにバッと両手を広げてみせた。
しかし、たどたどしい「こんなんでいいの?」と言わんばかりの不安さが全身から放たれており、どう見てもやらされるようにしか受け取れない。

「無理すんな。その馬鹿の言うことは無視っとけ」
「ち、違います!」
「……あ?」

何故か満足そうな顔をしている舟渡を呉が睨み付けた瞬間、越川が叫ぶ。
と、言っても標準的な声よりずっと小さいものではあったが、普段蚊の鳴くような声しか発しない越川にしては頑張った方かもしれない。

「ぼ、僕……こんな風にクラスの人達と話したことない、から…そのどうすればいいのか分からなくて…舟渡くんが打ち解ける方法一緒に考えてくれた、んです……」

「だから、やらされてるんじゃないよ!」と顔を真っ赤にさせる越川。
時代錯誤も甚しい黒縁の眼鏡と長ったらしい前髪のせいで表情は分かりにくいが耳まで真っ赤になっている。

「そうか…」

暫くポカンとしていた呉だったが、ようやく越川の言わんとすることを理解して小さく笑う。

「ほら見てよ! 俺の心憎いはからいのおかげで場が和んだだろう?」

「同木、この部分はどうするんだ?」
「そこは適当に埋めとくよ。越川はこっち頼んどいていい?」
「ま、まかせてください!」

すっと立ち上がり、恭しく両手を広げた舟渡をナチュラルに無視した呉。完全なる真顔で聞こえないふりをした。
同木も抱く感想は同じらしく、越川にプリントを渡してわざとらい仕草で図書室から借りてきた本を捲ってみたりする。

「もー、みんな照れ屋なんだからさぁー」
「照れてねぇ」
「呆れてるんだよ」

それでも、舟渡がめげることはなかったが。






誰かさんのおかげで最終下校時刻までかかりました


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