流星群

08流星群

 ヒロが着替え終わり、控え室から出てくる。化粧は少し直したようで、崩れていなかった。今日も毎度同じようにアフターへ行こうとしているヒロに「今日は少し違うところに行く」と伝えると、驚いた顔をする。
「なんかありました?反省会とか?」
「いや、それはちゃんと後でする。お前に話さないといけないことがあってな」
 俺のその発言に更に頭を傾けるヒロ。先に歩き出すと後ろに着いて歩いてくる。駐車場へ向かい、ヒロにも乗るよう促す。「何言われるか分かんないの怖いんですが……」と少し嫌そうな顔をするが、それを無視し発進させる。いつもと違う道を走るため、ヒロの視線は常に外に向けられていた。それを言いように、俺は口を開く。
「ヒロ、今日のライブはどうだった」
「もう最高でしたよ!今までの中で一番。これからもこの景色見せてくれるんですよね?」
「……それは、俺でいいのか?」
 ヒロは意味が分からなかったようで、どういうこと?と顔をしかめる。車を停止させ、ヒロの顔をしっかりと見つめる。相手も俺の顔を真っ直ぐと見つめ、俺からの言葉を待っている。
「ヒロ、お前はもう十分トップに近い存在だ。俺が居なくてもいいぐらい」
 その言葉を放つと、ヒロは俺の手を強く握りしめた。顔を様子見ると初めて出した表情。きっと、怒っているのだろう。
「なんでそんなこと言うんですか?わたし、リヴァイプロデューサーさんのお陰でここまで来れたんですよ!」
「それはお前が努力した結果だ。俺自身は何もしてない」
「……」
 実際、ここまで登りつめたのはヒロ本人の努力の結果だ。頭を下げ、違うと言わんばかりにふるふると、頭を左右に振る。その頭を撫でると、涙目で俺の顔を見る。
「わたしが、好きって言ったからそんなこと言うの?リヴァイさんじゃなかったら、ここまでこれなかったのは、絶対そうなんです。あなたが、わたしの手を引っ張ってくれたから。暗闇から、明るい場所に手を差し伸べてくれたのは、リヴァイさんだった」
 ヒロは大きな瞳からぽろぽろと涙を流す。それを指で掬うと、更に溢れてくる涙。いくら拭っても止まることはない。
 ヒロがそんな感情を抱いていたのは知らなかった。アイドルへの道を選んだのはヒロだった。俺は俺の仕事をしただけ。そう言うと「違うんです、」と涙を拭う。せっかく直した化粧だって、その涙で元通りになってしまっている。
「ヒロよ、俺が何故こんなことを言うか分かるか?」
「……分かんないですよ。突然、なんでそんなこと言うかなんて……」
 ライブ前、こいつは誰よりも俺にステージを見てほしいと言っていた。ヒロは気付いていないようだが、俺はヒロのステージを誰よりも近くで感じていた。今日だって、どの観客よりも近くに居た。そしてヒロの笑顔、ヒロが求めていたキラキラなステージも一緒に見ていた。
 もう何年とこいつと一緒に仕事をしてきた。たくさんの刺激を受けたし、色々なことを学べた。それは、相手がヒロだったからだ。こいつとじゃなきゃ、俺も挫けてただろう。だが、それを支えてくれたのは誰でもないヒロだった。
「何年も一緒に居て、俺の感情一つも分かんねえのか?」
「それは、リヴァイさんだって同じじゃないですか」
「フッ、そうかもしんねえな」
 俺が笑うと、頬を膨らませ少し睨むように見つめてくる。そんな表情を浮かべているヒロの頭を支え、距離を近付ける。目を開けたままだったため、ヒロの顔が変わるのもしっかりと見ていた。ただ、口と口が触れただけのキス。支えてた手を離すと、自然にヒロとの距離も出来る。顔を見ると、流れていた涙は止まっており、触れ合った唇を触り、呆然としている。
「キスしたことなかったのか?」
 俺が声を掛けると、ハッとした顔をし、徐々に火照っていく。その変化が面白く、頬を触ると肩が大きく揺れた。
「ち、ちが、てか、今キスしました!?」
「ああ。触れ合っただけだからキスじゃねえってか?」
「っ、もう!ずるいです!」
 自分の手で顔を隠し、小声で何かをブツブツと言っている。すると突然顔を上げ「理由を、教えて下さい」と揺らぐ瞳で俺を見つめてくる。
「ヒロ、お前は俺のことが好きだって言ったな。俺は、この業界に入って様々な女を見てきた。だが、どいつにも同じ感情を抱いてた」
「はい……」
「けど、お前は違った。お前がさっき言ったように、手を差し伸べてきたのはヒロ、お前だった。……プロデューサーという立場、こんな感情抱いちゃいけねえとずっと思ってた。だが、どんどん魅力的になっていくお前を手放したくないと感じたときから、俺はこの仕事を辞める覚悟で誰にも接近されないようにしてきた」
「……リヴァイさん、それって、」
「ああ。ヒロお前が好きだ」
 今日は普段より口が開く。多くの言葉を一気に話すのは久しぶりだった。そして、愛情の言葉を発することなど、今後ないと思っていた。だがこの数年、ヒロと一緒に歩いてきたことで、俺自身も変化があったようだ。
 俺が、きちんと言葉で告白すると、再び流れる涙。「ほんとに?」と何度も確認するヒロに、言葉ではなく、もう一度唇にキスを落とし返事をした。

「プロデューサー、辞めちゃうんですか?」
 ヒロは少し落ち着きを戻し、俺の仕事の心配をしてくる。俺は、エルヴィンから解雇されなければ、自分で辞表を出すつもりだった。だが、ほんの数日前、エルヴィンには俺がヒロに抱いていた気持ちを分かっていたようで、「お前だったら両立出来るから、仕事は辞めなくていい」と言われていた。それをヒロに言うと、安心したのかため息が聞こえる。
「ねえ、リヴァイさん。わたし、まだトップアイドルじゃないですよね?」
「俺にとってはもう十分なんだがな」
「それじゃあ駄目です!わたし、世間から言われるまでトップって認めませんから!」  ヒロの夢は叶えられた。だが、こいつはもっと大きな夢を抱くようになった。トップアイドルへの道は決して楽なものではない。これからどんどん大きな試練が待ち構えているだろう。
「リヴァイさん、あなたと未来を見ていきたい。リヴァイさんはどうですか?」
「お前とだったらその道も歩んで行けそうだ」
「わたしも、そう思います」
 ステージ同様なキラキラとした笑顔を浮かべるヒロ。もう過去には振り返らず、2人で今後もアイドルへの道を歩いて行きたい。そう思えるようになったのはヒロのお陰だ。
「絶対に叶えますから。ね?リヴァイさん。わたしの隣は、あなたじゃないと駄目だから」
 そう話すヒロの顔は今まで見てきた中で1番輝いていた。もっと輝きを放つであろう。しかし、俺の手から手放すつもりはない。ヒロがゆっくりと瞼を下ろしたのを合図に、何度かしたキスをもう一度。窓から見える空は、流れ星が見えそうなほど、綺麗な夜空だった。


BGM:ジュリア/流星群
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