流星群

07ングルの景色      

 暫く抱き合っていたが、外の温度が寒くヒロのくしゃみを合図に車へ戻る。車へ戻るときも、行くとき同様手を繋いで。その間俺らは無言だった。車へ着き、ブランケットを渡すと「すみません」と膝に掛け、手を摺り合わせる。
「まだ季節が早かったな。寒くねえか?」
「大丈夫です。ブランケットあるので」
 少し暖房を付け、温度が回るのを待つ。ヒロは一切俺の顔を見ない。俺もヒロの顔は見ず、ただただ時間だけが過ぎていく。
「わたし、なれますよね?トップアイドル。……リヴァイさんがプロデューサーでよかった」
 エンジンを掛けると、ヒロは呟く。それに返事はせず、家の方向へ車を走らせる。実際の所十分、ヒロはトップアイドルへ着実に近付いている。どこからがトップかを決めるのは本人自身だと思うが、このままのペースで進んでいけば、確実に俺とヒロが望んでいるアイドルになれる。夢のままで終わらせない。必ずこいつをトップに立たせるまでが俺の仕事だ。
 ヒロのマンションの前で車を停め、降りる支度をしているヒロの手を止める。
「ヒロ、俺は必ずお前をトップへ導く。それが俺の仕事だからな。そのためだったら俺は何だってする。だからお前も着いてこい。……俺にも思ってることはある。だが、今はまだ言えねえ。一緒にトップに立つぞ」
「はい!リヴァイプロデューサーさん!」
 仕事モードに戻ったのか、俺のことをきちんとプロデューサーと呼び、部屋へ帰っていく。何度もその後ろ姿は見てきた。だが、今日ほど小さく感じた日はない。
「俺がプロデューサーでよかった、か」
 今まで俺が受けてきたアイドルで、そんなことを言う奴はいなかった。相性の問題もあっただろうが、そいつらは本気でアイドルとして立ちたいと思っていなかったのだろう。だが、ヒロは絶対に叶えたい夢を持っている。その夢を叶えさせるために、俺は俺なりの仕事をする。絶対に、必ず上に立ち、そのときの景色を見せてやりたい。――そう思えたのは、ヒロが初めてだった。

 オフの次の日、共同公演が大きく出たためか、ヒロへの出演希望するライブスタッフが多く訪れた。それに全て受け、ヒロにもレッスンなど何度もやり直しさせた。オフの日にはきちんとリフレッシュしてもらい、ヒロが限界を迎える手前まで、ライブに営業、たくさんの仕事を受けてもらう。ヒロも自分の大きな夢を叶えるため、弱音は一切吐かず、押し寄せてくる仕事もこなしていった。
 そんな日々が続く中、大きなステージでのライブ出演が決まった。今度はヒロソロでの公演だ。それを伝えに行くと、少し涙目になり「わたし、もっと頑張ります!」と手を握りしめてきた。
「いつも死にそうな顔しながら頑張ってんだ。程々にしねえと、」
「プロデューサーさん?わたしトップアイドルになるんですよ?その為だったらなんだってしますから!」
 いつしか俺が言った言葉を得意げに発するヒロ。つい数ヶ月前はこんな余裕な表情も少なかったが、今では俺に反抗的な言葉を返すときだってある。
「デカくなったモンだな」
「あ、プロデューサーさん笑ってる」
 俺の顔を指差すヒロの顔も笑っていた。「じゃあ、次ボイトレ行ってきます!」とレッスン場へ走って行くヒロ。
「ボイトレか」
 今度のライブでは、以前ヒロが歌おうとしていた曲を歌ってもらう。課題曲として提出したとき「やっとこの曲歌えるんですね!」と喜んでいた。あの日からもう幾日経った。ヒロが見ているステージは、ここ最近ではずっとキラキラに輝いている。徐々にだが、トップへ近付いている。ヒロにもライバルアイドルがもちろんたくさん居るが、今じゃそいつらを下に見て上に立っている。以前共演したペトラよりも、仕事数は増えている。若く、新人としてデビューしたのは、アイドル業界を大きく動かす影響力となったようだ。どちらの努力も無駄にはなっていない。

 そして日は経ち、ライブ当日。新衣装を着て鏡の前でくるくると回り、衣装の確認をしている。
「今回の衣装凄い可愛いですね!青がベースでスパンコールいっぱいちりばめられてて」
「星みてえと思ったんだろ。曲に合わせて調達したんだ」
「流石リヴァイプロデューサーさん!わたしに関して完璧ですね?」
 衣装の確認が終わったのか、座ってる俺の目の前に立つ。ライブ直前の顔は何度も見てきてるが、今日初めて見せる顔だった。
「わたし、頑張るから。ちゃんと見逃さず、一つ一つしっかり見てて下さいね」
 ライブ前恒例となっている、手繋ぎの行為。回数をいくら重ねて慣れたとしても、この行為は必ず行われる。ヒロ曰く緊張を俺に流しているとのことだが、今はもうそこまで緊張はしていないだろう。ただ、アイドルとしてステージに立つ、この行動がヒロにとってはとても大切なことなのだ。
「じゃあ、プロデューサーさん」
「ああ、行ってこい」
 頭を撫でると、スイッチが入ったようで目はギラギラと輝いており、裏方へ走って行く。それを見送り、今日のセットリストを確認する。その後続くよう、俺も裏方へ向かう。準備は万全のようで、会場へ訪れた客の声やコール練習などで場も賑わっていた。マネージャーの仕切りの声を合図に、観客も静かになる。まだライトアップされていないステージへ歩いて行くヒロ。姿が見えた客の声はちらほらと聞こえる。そして、ライトがヒロに当たると大きな歓声と共に、ヒロの声。
「今日はわたしが皆のこと思いっきり楽しませるから、わたしにキラキラなステージを見せて下さい!」
 その言葉を待っていたかのように、一気に付くペンライト。裏方から見てても、今まで見た景色よりも、一番輝いており綺麗だった。
 最初の曲は、ヒロが1番歌う曲で場のボルテージを上げる。休憩を挟みつつ、このライブのために練習してきた曲を奏でていく。会場のボルテージは最高潮だ。――そして、最後の曲。この曲はヒロはとても大事にしており、自分の見ている景色を語ってるような歌詞。ここに来て新曲の登場で、客から戸惑いの声が聞こえるが、ヒロは構わず笑顔で歌い出す。1番で何となく感覚を取った客は、2番目の歌詞からはコールが少しだが入っていく。ラストのサビ、一気に明るくなった会場。これは以前、ヒロが言っていたウルトラオレンジという特殊なペンライト。暗い会場に振られるペンライトは、まるで以前ヒロと見た星空と同じように見えた。
 その曲で締め、ヒロの最後の言葉が会場を包む。不得意だったMCも今じゃ熟れたものだ。歓声を受け、ヒロは舞台袖へ。声を掛けると、火照った顔で俺の元まで走ってくる。
「リヴァイプロデューサーさん!どうでした?」
「今日が1番輝いてたな。良い景色だった。もちろん、お前の顔もな」
「嬉しい。今日、わたしが望んでた景色見られました。キラキラなステージ」
「これで満足なのか?」
「今は、ですけど。でも、わたしアイドルになって良かったって思えました」
「そりゃいいことだ。俺も頑張った甲斐があったな」
「……全部あなたのおかげ。ありがとうございます」
 ヒロはにっこりと笑い、スタッフに挨拶し控え室へ入っていった。
「……俺も腹括んなきゃいけねえな」
 ヒロは気持ちを俺にぶつけてきた。俺もヒロに伝えなきゃいけないことがある。トップに立ったら言おうと思っていたが、今が時期かもしれない。俺にとって、ヒロはもうトップアイドルだ。これ以上上を目指していくと、俺が不要になる可能性だってある。ヒロが俺を必要としている今、ちゃんと自分の気持ちを伝える。ヒロが俺に伝えてくれたように。


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