流星群

06グレーに染まる    

 少し前、ヒロから帰りを誘われたことがあった。そのときは他愛のない世間話で終わったが、今日は俺が聞きたいこともある。ヒロも俺から離れたくないとのことで、ちょっとしたドライブをする。
 ヒロは携帯でSNSをチェックしている。ライブ後は必ずすることだ。観客の感想などは直ぐSNSにアップされる。誹謗中傷も少々ある。誰もが自由に発信できるSNSは怖くないのか。全てが全てヒロへの好感の言葉があるわけではない。しかし、ヒロはデビュー当時からそのチェックは必ず行う。「今日はこんなことが書かれてましたよ」など、俺に教えてくれる。
「やっぱり今日の感想はペトラさんの方が多いですね」
 携帯の画面を指でスライドし、文面を見つめている。携帯の明るさでヒロの顔がライトアップされたため、表情を盗み見ると笑顔を浮かべていた。
「なんて書かれてたんだ」
「えーっと、“やっぱりペトラちゃんは凄い”とか、“2人での共同公演は今まで見てきた中でも最高だった”……とかですね」
「お前、おまけにされてるな」
「確かに。でも、ちゃんとわたしに対してのコメントもあるので」
 ヒロはにんまりと笑い、携帯の電源を落とす。すると、今日ソロで歌った曲を鼻歌で歌う。「声出していいぞ」と言うと、控えめではあるが、小さな声で歌い出す。暫く歌っていたが、急に歌声がきこえなくなったため、横目でヒロを見ると真顔で外の景色を眺めていた。
「……ヒロよ、お前に聞きたいことがある」
「はい?なんですか」
 声を掛けると、表情を戻し俺に視線を向ける。少し窓を開け、外の空気を車内へ入れる。ヒロは俺が喋るまで視線を下げず、ジッと話すのを待っている。
「あのDVD、腐るほど見てるよな。なんでだ?それに、その演出者に理由があると言っていたが、それはどういうことだ?」
 今までずっと頭の中で思っていた疑問。それを初めて本人に聞く。中々口を開けようとしないが、今日理由を聞くまで返す予定はない。少し追求すると、小さく口を開けた。
「あの子、昔共演してた子なんです。子役で。わたしは年を重ねていくごとに、一般人になりました。けど、あの子はどんどん上を目指し、今ではトップアイドル。……それが理由です」
 ヒロの視線は下を向いていた。納得がいく理由だ。そいつが気付けば芸能界で活躍していて、トップアイドルになっていたことがヒロにとって大きな理由。それに、アイドルとなると、子役では見れなかった『キラキラなステージ』も見られる。ヒロは、昔そんな良いステージを見ては来なかった。だが、子役として舞台に立った感覚がずっと忘れられなかったのだろう。それに加え、同じ子役だった人間がステージに立ち、沢山の人間に応援されている。それを知ったヒロは、恐らくだがプライドを傷付けられたのではないか。
 車内は以前と同じく無言の空間へ。――それを割ったのはヒロだった。
「リヴァイプロデューサーさん。わたしをトップアイドルへ導いて下さい」
 この言葉を聞くのは2回目だった。まだデビューしたての頃。絶対に夢では終わらせないと。その言葉に俺も「必ず導く」と返事をした。だが、今この言葉は色々な意味が含まれているだろう。
「俺を誰だと思ってるんだ?お前のプロデューサーだぞ。お前をトップアイドルにするために、今ここに居るんだろうが」
「はい。……でもね、リヴァイさん。わたし、1番前でどのお客さんより見てほしい人がいるんです」
 初めてヒロから名前を呼ばれた。今、ここに居るのはただの一般人のヒロ。アイドルをしているヒロではない。俺だってこいつだって、仕事をしてなければただの一般人だ。
 駐車場へ車を停めると、ヒロが不思議そうな顔をしたため、降りるよう促す。先に出たヒロは大きく伸びをし、きょろきょろと辺りを見渡している。
「こっちだ」
 そんなヒロの手を取ると、繋がれる指。周りは暗いため、ゆっくりと歩く。手は繋いでいるが、はぐれないようしっかりと繋ぎ直し、ヒロの歩幅に合わせ目的地へ向かう。少し歩くと道へ出る。そこからの景色を見てヒロは「わあ……!」と目を開き、俺と景色を交互に見る。そこは海沿いで、星や月が水面で輝いている。
「こんな綺麗なところ、あったんだ」
 手を離し、柵の目の前まで歩いて行くヒロ。その後ろ姿を見つめると振り返り「リヴァイさんも」と手を伸ばしてくる。その手を取り、横に並ぶ。今日の月は運が良いのか、満月で星もたくさん顔を出していた。
「今日見た景色みたい」
「いつかは見せたいと思っていた。……どうだ?」
「すっごく綺麗。嬉しいです」
 街灯と空に照らされてるヒロは綺麗な顔をしていた。少し寂しそうな表情。そんな顔を明るくさせたく、ここまで連れてきた。
「リフレッシュになるだろ」
「はい。ここにはよく来るんですか?」
「あんまり来ねえ。だが、ヒロとは来たいと思っていた」
「じゃあ、叶ったんですね?」
 寂しそうな表情から嬉しそうな表情に変わる。ヒロの表情は、俺の前ではころころと変わるようになった。この数ヶ月でこれは大きな変化だ。ヒロは再び海を見つめ、空気を味わっている。
「……リヴァイさん、わたしさっき言いましたよね」
「見てほしい人、だったか」
「はい。……わたし、あなたに1番見てほしい。1番前の真ん中の席で、わたしのことをずっと見つめてほしい。プロデューサーとしてじゃなくて、ただのリヴァイさんとしてわたしが輝いてる姿を見てほしいの」
 今にも泣き出しそうな顔でそんなことを言うものだから、思わず抱きしめた。ヒロもそっと背中に腕を回す。胸に耳を当て「リヴァイさん、暖かいですね」と小さく呟く。そんなヒロの体温も高く、抱き心地はいい。
「わたし、あなたのことが好き。でも、リヴァイさんからの返事はいらない。リヴァイさんは、わたしをトップアイドルへ導いてくれるだけでいいの。そして、そのステージを目の前で見てて」
 ヒロの表情は見えない。だが、声は震えていた。ヒロのそんな勝手な理由は許すつもりはない。俺だって、考えていることはある。思っていることだっていくつかある。
 星空は変わらず光っており、水面には抱き合ってる俺達が映っていた。


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