恋をした表情(Jean)



「なんで着いてくるのよー!」
「お前足速いからいいだろ!」
 訓練の間にある休憩時間。訓令兵の訓令はどれもキツいもので、その休憩時間は皆基本体を休めている。だが、今日は違う。どこの誰が言い始めたかは知らないが、鬼ごっこが開催されている。最初は誰も本気にしていなかったが、捕まった者は晩飯のメインがサシャに奪われる罰ゲームが追加された。その話を聞いたサシャは、狩人の目を取り戻し、逃げている仲間を本気で追いかけている。あの女のことだ。飯の話になると一気に人格が変わる。捕まったら絶対に奪われる。
 うまいこと逃げないと、あの芋女に捕まる。そう考えながら走っていると、オレの横を颯爽と通りすぎるヒロ。同期の中では1番の走力を持っている。そこで思いついたのが、ヒロの傍に着いていくこと。目の前を走るヒロに着いていくと、オレの存在に気付いたようで先ほどから「どっか違う所行って!」とオレからも逃げている。
「お前の足が役に立ってんだよ!」
「誰によ!」
「オレだよ!おい、こっち来い!」
 なんとかヒロの首根っこを掴み、物陰に隠れる。この場所は、よくアニが訓練をサボっている隠場だ。離せなどグチグチ言っているヒロの口を手で塞ぎ、誰も居ないことを確認する。先客はおらず、ヒロを引っ張りながら奥に進み、陰になっている所へ座り込む。ヒロは逃げようと体を動かしているが、腕力ではオレには勝てないため、2人でその場に隠れる。
「なんでわたしなの?!マルコとか居るじゃない!」
「訓練で全く役に立たないその走力が今必要なんだよ!あと声でけえ!」
「それはジャンもでしょー!」
 どうせ見つかって捕まるのなら、オレ1人では腑に落ちない。後ろからヒロの腕を掴み、動こうとする体を阻止する。勝てないことを分かったのか、腕を下ろし体育座りをし、膝に頭を預けている。
「ジャンだけ捕まればいいのに……」
「はあ?お前、オレに散々貸し作ってるくせによく言えるな」
「貸しって……立体機動装置ならミカサのほうが上手いし」
「そのミカサについて行けなくてオレに教わってるの忘れたか?」
 サシャにばれないよう、小声で話す。ヒロの声はいつも以上に小さく、体を思い切り引っ付けなければ聞こえない。体を近付ける度に「離れて、」と手の甲を抓るヒロ。すると近くからサシャの声が聞こえてくる。
「さっきここでジャンを見かけたはずなのに……何処行ったんでしょう」
 徐々に近付いてくる足音。ここでヒロがオレの居場所を教え、自分だけ逃げる可能性だってある。その可能性を下げるため、口元を手で塞ぎ声を出すな、と空気で伝える。ヒロはその場から動かず、口を開ける様子もない。暫くその状態で居たら、足音が遠ざかっていく。胸をなで下ろすと、振り返りオレの顔を睨む。
「なによ、一緒に捕まろうって計画?」
「よく分かってんじゃねえか。言っとくが、オレは捕まるのはごめんだ。ヒロも全力で走ってたって言うことは捕まりたくねえんだろ?」
「わたしはわたしで考えがあるの、別に一緒に隠れなくたっていいじゃない」
「はいはい。どうせオレが居なかったら捕まってたくせにな」
 そう言うと「知らないっ」とそっぽ向くヒロ。体感時間的には、もう休憩時間は終わるはず。あと残りの数分。この場で隠れていたら晩飯をサシャに奪われることもない。残りも少ないため、特別ヒロと一緒に居る意味はないが、もしサシャが近くに居れば、メインは捕られてしまう。ヒロの性格上、オレがこの場所に居ることを伝えるはずだ。その場合コイツも捕まるが、オレはどうしても避けたい。ただでさえ少ない飯を奪われたら、たまったものではない。ヒロにピッタリとくっついた状態で、終わるのを待つ。ヒロはさっきから何も言わないが、考えてることは同じだろう。いつサシャが近くに来てもいいように、肩を腕で押さえ空いている手を口元に持って行く。その状態を取った瞬間、再びサシャの声が聞こえる。
「マルコと居なかったのが意外です」
「どっかに隠れてるんじゃないかな。無駄な体力は使いたくない奴だし」
「うーん。ヒロを見つけれないのも不思議ですね」
「もしかして2人で隠れてるとか?分かんないけど」
 マルコがどうやら捕まり、サシャと話してる様子だ。「もうそろそろ終わるね」とマルコの声が聞こえたため、ヒロの口元に当てていた手を下げ、肩に顎を乗せ「よかったな」と小さく呟くと、その手を急に引っ張り立ち上がるヒロ。
「バッ、バカお前っ!」
「ヒロとジャンここにいますー!」
「あ、ヒロとジャン見つけましたー!」
 まさかもう終わるというのに、自ら場所を言うとは思っていなかった。大きなため息をつくと「バカなのはジャンのほう!」と顔を真っ赤にし、走って行くヒロ。
「……なんでオレがバカ呼ばわりされなきゃならねえんだよ!」
 サシャに見つかったことなど今はどうでもよく、走って逃げたヒロを追いかける。「もう着いてこないで!」と叫びながら逃げるが、色々聞かなきゃいけないことがある。結局数分の休憩は、子供がするお遊びで終わってしまった。


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