女の子の晴れ舞台(Jean)



 今日は前々から約束していた夏祭りの日だ。そのためにちょっと奮発した浴衣も買った。着付けは自分で出来ないため、友達のアニに頼んだ。
「ねえ、変じゃない?」
「よく似合ってるって。選んだ髪飾りも映えてるし。心配しすぎ」
 全身鏡でクルクルと何度も自分の姿を見つめ直す。化粧も自信がなかったため、そちらもアニに頼むことにした。いつもの自分じゃないみたいだ。彼女は神の手を持っているのかもしれない。
「そろそろジャンとの待ち合わせ時間じゃない?」
「はっ、急がなきゃ!アニ、本当にありがとう!」
 玄関へ行き、下駄に足を通す。見送ってくれたアニにお辞儀をし、ドアを開ける。外はまだ日があがっており、夏の空気をわたしを包む。むわりとした熱気で、早速汗が流れるが、それを拭いながら待ち合わせの駅まで向かう。
 大きな祭りのため、すれ違う人ほとんどが浴衣に姿を通している。カップルや家族連れ。様々だ。そんな中ジャンを探すのは大変だろう。急ぎ足で駅へ向かうと「オイ」と後ろから声が掛かる。
「あ、ジャン!」
「後ろ姿じゃ分かんなかったわ」
「そうだよね。浴衣だし」
「ん。よし、行くぞ」
 ジャンは浴衣に姿を通しておらず、すごくラフな格好だった。わたしだけ浮かれているのかもしれない。だけど仕方ない。好きな相手なのだから。偶々ジャンの都合が空いており、無理矢理誘ったのもわたしだ。
 ジャンが先を歩き、後からわたしが着いていく。ぶら下がった手に指を通したいが、そんな勇気は出ない。何度か手を出しては引くの繰り返し。するとジャンは目的地まで行くのが退屈なのかスマホをいじり始めた。それと同時に歩みが遅くなり、気が付けば隣で歩いていた。もしかすると気を遣われているのかもしれない。慣れていない下駄で歩くのは中々動きづらい。それでもジャンは隣を歩いてくれている。それだけで、わたしの夏祭りは十分なくらいだ。

「着いたねえ」
「人やばすぎだろ。しかもあっちい」
 会場に着くと多くの人で賑わっていた。子供から大人まで。祭りは誰でも楽しめる、いい娯楽だと思う。ジャンは受付で配っていた内輪でパタパタと風を仰いでいる。
「ヒロは暑くねえの?オレもう限界なんだけど」
「そんなに暑くないよ」
「嘘つけ、汗垂れてるっての。ホラ、」
「あ、ありがとう……」
 彼は自分の持っていた内輪をわたしに渡してくれた。こんだけの人だ。ジャンと離れないよう早足で歩くジャンの後ろ姿を必死に追う。彼は気遣いの出来る人間だ。少し離れて姿が見えなくなると、その場で立ち止まって待ってくれている。申し訳なく、何度か謝るが、いいよ、と手を振る。
「下駄って足痛くなるんだろ?ゆっくり歩きゃあいいだろ」
「ごめんね、ジャンのペースがあるのに」
「何度も謝んなって。オレが悪いことしてる気分じゃねえか」
「うう……それでもごめん」
 両手で持っていた内輪が宙に浮き、それで軽く頭を叩かれた。「次謝ったらりんご飴な」と今日一番で笑うジャン。その顔が好きでじっと見つめてしまった。
「じゃ、行くぞ」
「うん。ジャン射的はしない?」
「あー?……やってみっか」
 目の前に入った射的を勧めてみると意外と乗り気で驚いた。景品の一等は大きな熊のぬいぐるみで、ベタだなあと思いつつジャンが銃を構える姿を見つめる。こっそりと携帯を取り出し、その横顔をサイレントカメラで撮る。彼は射的に集中してるため気付いていないだろう。その横顔はとてもかっこよくて、思わず喉が鳴ってしまった。すると大きな鐘の音が鳴り、射的のお兄さんが「おめでうございます!一等ですよ!」とジャンにその大きなぬいぐるみを渡していた。
「ジャンすごいじゃん!」
「センスあるのかもな。でもこれオレ要らねえしなあ」
「誰かにあげたら?」
「ん。ヒロにやる」
「え?わたしでいいの?」
「オレがお前に渡したいって言ったら悪いか?」
「……ううん!すごい嬉しい」
「やっと笑った」
「へ?」
「ずっと思い詰めたような顔してたからな。ぬいぐるみで機嫌取れるんだったらよかったわ」
「……ずっと気にしてくれてたの?」
「まあせっかくの祭りだしな。そろそろ花火の時間か?」
 彼は腕時計で時間を確認し、人混みを避けていく。先ほどより行動範囲が狭くなったわたしは彼の姿を追うので必死だ。ずっとジャンの頭を見つめながら歩いていたのだが、人にぶつかった拍子に見失ってしまった。携帯を取り出そうとしようとしたが、皆花火を見るために、その流れでうまく出せない。しょうがないと思い、人混みから離れたベンチに座り、一人寂しく小さな花火を眺める。
「……どうせならジャンと見たかったよぉ……」
 せっかくの夏祭り。準備だって完璧に仕上げた。大好きな人とのデート。それがこんな結果で終わってしまうなんて悲しすぎる。ぬいぐるみをぎゅう、と抱きしめたら涙が1つ溢れた。こんな顔でジャンに会いたくない。必死に涙を拭い、花火を見ていると「ヒロ!!」と大きな声で呼ばれる。
「……ジャン?」
「離れるなよ!探しただろ」
「ごめん……」
「携帯も繋がんねえし、誰かに浚われたかと思ったわ」
「あ、電源切れてた」
「はあ……でも何もなくて安心した。オラ、立て」
「うん」
 彼に促されるまま、ベンチから立ち上がると、手を目の前に差し出された。何も反応しないわたしに痺れを切らしたのか大きくため息をはくジャン
「手!繋がねえとまた泣く羽目になんぞ」
「繋いでいいの?」
「もうこんな思いしたくねえんだよ」
 素直に手を握るとジャンは笑い「花火、見るぞ」と手を引いていく。

「楽しかった。ぬいぐるみもありがとう」
「ヒロが楽しかったんならいいわ。たまにはいいな、こういうの」
「……ねえ、もしよければだけどさ」
「あ?」
「また、誘っていい?今度は普通の日に」
「そんなにオレとデートしてえのかよ」
 彼は大きな声で笑う。それが恥ずかしく、軽く背中を叩くと「悪かったよ」と笑いながら謝罪をする。
 祭りも終わりをむかえ、ゾロゾロと人が動いていく。その間わたし達は手を繋いだままだった。手から彼の体温を感じ、胸がドキドキと鼓動が止まらない。繋いだままの手は離されることなく、帰る人と流れるようわたし達も歩いて行く。指が離され、もうこのまま幸せな時間が終わってしまうのかと思ったが、指を絡められゆっくりと歩いてくれる彼。
「……ヒロさ、それ自分でやったのか?」
「ううん。アニに手伝ってもらったの」
「なるほどな。……似合ってる。可愛いよ、お前」
「!」
 最後の方は小声だったが、しっかりと耳に入ってきた。まるで時が止まったかのように。ジャンの顔を見ると耳が紅く色付いていたため、彼も勇気を出して言ってくれたんだろう。それが嬉しく、絡めていた指に力を入れると「うっせえ」と恥ずかしそうな顔で睨む。
「ねえ、なんで泣いてたか分かったの?」
「あ?勘だよ。本当に泣いてたのか?」
「……ジャンってば意地悪だね」
「でもそんなオレと夏祭りデートしたいくらいにはオレのこと好きなんだろ?」
「好きじゃない」
「はあ?」
「好き以上だもん」
 遂に告白してしまったが、彼は全てお見通しのようだったようで「やっぱな」と笑いながら指に力を込めた。
 まだ夏は始まったばかり。これから色々なイベントがある。そのイベント全てに彼がいてくれるよう、約束をしたい。
「これからさ、また色んな所遊びに行こう?」
「ああ。夏休み長えしな。ヒロと一緒に全部過ごすのもありだな」
「……嬉しい」
 彼に気持ちが伝わったのがとても嬉しく、少しだけ彼にもたれ掛かる。
 ジャンは家まで送ってくれ、数分後無事家に着いたと連絡が入った。それに返信し、景品でもらったジャンからの初めての贈り物に、彼への気持ちをぶつけるよう抱きしめた。


BGM:徳川まつり/カーニヴァル・ジャパネスク
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -