ロックを奏でる(Jean)



 昔趣味で始めたギター。本格的に活動をしてるわけではないが、ストリートライブを見て心を打たれた。すぐに場所の許可をもらい、自分も初めてみた。最初はただギターを弾いているだけだったが、月日が経っていく内に音楽に合わせ歌も合わせるようになった。ストリートライブ自体も趣味みたいなものだったが、人に聞いてもらうのは刺激にもなり心地いい体験になった。たくさん居る人の中でギターを弾き、立ち止まって聞いてくれる人もいれば、そのままずっと聞いて拍手を送ってくれる人も居る。色んな人が私の音楽を聞いてくれる。気がつけば生活の一部になっていた。
 仕事を終え、家に帰るため電車に乗る。その間、今日は何を弾こうか考える。いつも同じ音楽だと自分が退屈してしまう。最近流行の曲で挑戦しようと思い、携帯で音楽を流す。作曲のセンスはないため、アーティストの力を借りている。もしセンスがあればCDでも作れるだろうなど思うが、成功しなかったらそれはそれで悲しい。そこまで力を入れるとなると、仕事のことなども変えないといけないかもしれない。今はまだ、趣味として弾いてるのが楽しいので、このままのスタンスでいい。
 家に着き、身支度を整え駅前へ。週末は人の動きが多い。邪魔にならないよう準備をし、ギターを出す。地べたに座り、ギターを奏でる。初めてすぐは誰も足を止めることはないが、少し時間が経つと、足を止める人も出てくる。すると一人の男性に見つめられているのに気付く。その人は気付けば私の演奏を聞いてくれている。時間が合えば、最初から最後まで聞いてくれる常連さんだ。お辞儀をすると、自分だと気付いていなかったようなので「お兄さん」と声を掛けると、驚いた顔をしお辞儀を返してくれた。そのまま今日帰り道で聞いていた曲を弾く。流行だからか、いつもより聞いてくれる人が多い。自分が満足までいくまでギターを弾く。何曲か弾き、時間を確認すると日付を跨ごうとしていた。最後の曲を弾き、片付けに入る。拍手を送ってくれた人にお礼を言い、その場を離れようとすると「なあ」と声を掛けられる。誰かと思い顔を上げると、常連の男性だった。
「今日も聞いて下さったんですね。ありがとうございます」
「あんたギター上手いよな。なんかやってたのか?」
「昔趣味でやっていて。路上ライブも趣味の一環です」
「ふーん。今日もお疲れ」
「え、これは……」
「毎日聞いてんのに何もあげれねえのも嫌だから。受け取ってくれ」
 常連さんは、近くで買ったであろうジュースをくれた。そのまま帰ろうとしたため、大きな声でお礼を言うと、手をヒラヒラと振りその場を後にした。
「……名前聞けばよかったかな」
 毎日のように顔を見る。顔は若く、近辺の大学生だろうか。その男性のことを考えつつ、私も自分の家に足を進める。
 今日は仕事が休み。放りっぱなしの服などを畳んで掃除をする。スピーカーで音楽を流しながら何かをすると効率よく出来る。私にとっての音楽はかけがえのないものだ。Bluetoothでスピーカーに繋ぎ好きな曲を流す。
「あ、この曲」
 流れてきた音楽は、私が一番よく弾いてる曲だった。最近は弾いていなかったため、久しぶりに聞く。今日はこの曲を弾こうか、と思っていると常連さんの顔が浮かんでくる。私がストリートライブに慣れ、この曲を弾いてる時にずっと聞いてくれていた。歓声はなかったもの、大きな拍手をくれたのだ。
「今日もあの人来てくれるかな」
 常連さんのことを考えながら掃除をする。今日こそは名前を聞こう。そして昨日のお礼もきちんと言おう。窓を開け、空気の入れ換えをする。音を大きくし、歌いながら作業をする。今日はいつもより気分が上がっている。
 時間はすぐに過ぎ、気付けば日も落ちている。埃っぽい体を流し、シャツにスキニーを履く。ギターなど一式を持ち、今日もあの場所へ足を向ける。目的地に着くまでは暇なため、携帯にイヤフォンを入れ今日弾く曲を流す。歩いていると、見覚えのある人が立っている。常連さんだ。急ぎ足でその場へ行こうとすると、あちらも気付いたようで、携帯から顔を離す。少し嬉しくなり、手を振るとお辞儀をしてくれる。
「こんばんは。昨日はありがとうございました!」
「いや、オレが好きでしたことなんで」
「差し入れ下さったのあなたが初めてなんです」
「そうなのか?いつもやってるのに」
「あ、あの。いつも来て下さってありがとうございます」
「いいよ別に。あんたの音楽好きだし」
 しっかりと感想を言われたことはなかったため、その言葉はすごく嬉しかった。改めてお辞儀をすると、少し困った顔をされ「顔上げてくれよ」と言われる。
「今日もやるんだよな」
「はい!今からします」
 私から距離を取り、いつも立っている場所へ移動する。私も急いで準備し、ギターを弾ける環境にする。浮かれた気分のまま、家で聞いていた曲を一通り弾く。そして、私の思い出でもある曲を奏でると、常連さんが鼻歌を歌っているのに気付いた。その曲を最後に、今日のライブを終えた。今日も色々な人が聞いてくれ、歓声や拍手が私を包んだ。感謝を伝え、帰る支度をしていると今日も声を掛けてくれる。
「お疲れさん」
 私に近付いてくれる人は今まで居なかった。しかし、昨日初めて顔を見て話掛けてくれた。思い返してみれば、最初から今までずっと聞いてくれる人はこの人だけだった。
「ありがとうございます。どうでした?」
「今日さ、昔よく弾いてた曲あったよな」
「はい。あの曲、私の思い出の曲なんです」
「それオレも。あんたが弾いてるの聞いてすぐ買った。そっから見事にハマった」
「あはは、嬉しいです。私の曲ではないですけど」
 いい時間とは言え、人が多い駅前。急いで片付けをしようとすると、常連さんも手伝ってくれた。断るが、手伝わせてくれとのこと。その間、常連さんは近くの大学生で、暇つぶしで駅前を歩いていたら私の路上ライブを見つけたらしい。最初は時間潰しで聞いていたものが、いつの間にか一環になってしまったと。そこまで応援してくれる人はいないため、すごく嬉しくなった。
「手伝って下さってありがとうございます」
「いいって。あんたお礼言いすぎだろ」
「でも、」
「はい、もう終わったんだ。じゃあ気をつけて帰れよ」
「あ、待って!」
 帰ろうとしている彼を止める。「なんだよ」と再び私の近くに戻ってくる。今日は思い出の曲を弾くよりも、もっと大きなことをしなきゃいけない。
「あの、今更なんですけど」
「なに」
「名前、教えてもらってもいいですか?」
「別にいいだろ」
「いえ!あなたの名前は知りたいんです。駄目ですか?」
「……」
 少し間が空く。聞いてはいけなかっただろうか。彼は携帯を見つめ、口を開けようとしない。いつも聞いてくれているからと言って、出しゃばりすぎただろうか。やっぱり撤回しようと口を開けると、彼はメッセージアプリを私に見せる。
「オレもあんたの名前知らねえ。あんたから教えてくれ」
「私、ヒロと言います」
「オレはジャン。ヒロさん、連絡先交換してくれ」
「ジャンくん、いいんですか?」
「オレがしてほしいんだよ。あとタメ口でいいから。ヒロさん年上だろ?」
「あ、そっか。うん。交換しよう」
 急いで携帯を取り出し、QRコードを読み取る。友達登録のボタンを押し、きちんと登録できているか確認する。アイコンは友達と笑い合ってる写真。背景はギターを弾いている女性の写真だった。
「ねえ、ジャン。この背景の女の人って」
「……ヒロさんだよ。綺麗だったから。迷惑だったら変えるけど」
「ううん!嬉しい。ありがとう」
「ヒロさんって変わってるよな。普通嫌だろ」
「ジャンだからかな。私は嬉しいよ」
「……ま、いいか。本人がいいって言ってるし」
 ジャンからスタンプが送られ「これからはこいつで教えてくれよな」と携帯を横に振る。その言葉に頷くと、ジャンは笑い帰ろうとする。
「ジャン、ありがとう!」
「声でけーよ!じゃあな」
 ジャンの姿が見えなくなるまで、その場で手を振る。姿が見えなくなったところで私も家の方へ歩いてく。帰り道でもう一度あの曲を聞く。携帯の着信音が流れ『明日も楽しみにしてる。おやすみ』とメッセージが送られてくる。そのメッセージに返信をし、明日は何を弾くか自分の中でプレイリストを作る。
「早く明日がこないかな」
 ストリートライブを続けて、この感情になったのは初めてだ。家に着き、肩からギターを下ろす。浮ついたまま、お風呂に入りベッドへ入る。ジャンへ明日の予定を送り、そのまま眠りにつく。ジャンのお陰でモチベーションも上がっている。携帯を握りしめ、小音でプレイリストを流した。


BGM:周防桃子/MY STYLE! OUR STYLE!!!!
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