やられた、なんてぼやいても(Jean)



 彼からの出る言葉はある女性の名前ばかりだ。わたしの名前なんて滅多に出てこない。話すことが大好きな彼。その話にうんざりして、聞く相手も少ししかいない。わたしは彼のことが大好きなため、そんな小さな話でも聞いてるのが楽しくて仕方ない。
「あー、くっそ」
「ジャン?どうしたの?」
「またアイツだよ。せっかくミカサとうまく話してたのによ」
 頭を掻きながら、苛立ちを見せているジャン。乱暴にわたしの隣に座り、大きな溜息を吐く。
 ミカサに恋をしているジャン。それは誰もが承知だ。もちろんわたしもその中の一人。ジャンは気が向いたらわたしに声を掛ける。わたしが話し掛けても、基本は相手にしてくれない。きっと彼にとってのわたしはただの暇つぶし要員なのだろう。
 だが、弱ったときに出す声と顔はわたしにしか見せていない。友人の死に対し、不安になったときには、わたしだけを頼る。これだけで十分な優越感だ。無理に笑う彼はあまり好きじゃないが、その顔を見れらるのはわたしだけ。ジャンはプライドが高いため、そういった弱い部分を他人には見せない。けど、何故わたしを選んでいるのだろう。きっとそれも、誰でもよかったのかもしれない。
「ミカサよ、今度市場行くときにエレンに恩返ししたいんだと」
「へえ。付き合ってあげれば?」
「誘おうと思ったときにエレンが来たんだよ。それでそのまま、だ」
「……あーエレンに取られちゃったんだ」
「ほんとあの男厄介だよな。まあ、仕方ねえんだけどよ」
 自分が置かれている状況をしっかりと把握しているジャン。エレンを憎いと言うが、彼が居ないと今の調査兵には力が足りないことも分かっているだろう。

 わたしがジャンに恋をしているのを知っているのはアルミンのみ。憲兵団に入ってしまったアニも知っていたが、彼女はもうここには居ない。なのでアルミンに、色々と頼んでしまうことがある。どうしてもジャンと話したいときは、二人で喋っていてもらい、あとからわたしが合流する形になっている。そんなアルミンと歩いていると「あ、」と声を上げる彼。
「なに?」
「ジャンだよ、ヒロ」
「あ、ありがとう」
 背中を押してくれたアルミンに感謝し、ゆっくりと近付くとミカサと話していた。この空間で間に入り込むとジャンに後から何か言われるだろう。そっと離れようと、その場を後にしようとするとジャンと目が合った。何か声を掛けてくれるか期待したが、彼はわたしを見えないフリをしてしまった。ミカサの「誰か居たの?」との声が聞こえるが、その声を聞いただけで胸が痛い。これはジャンが悪いのだ。彼女の顔を見ることさえ出来ない。急ぎ足で元いた場所に戻り、アルミンは「運悪かったね。ごめん」と謝ってくれた。
 その日の夜、ジャンに呼び出された。明日も朝から早いのに珍しい、と思いながらジャンのあとを追う。
「昼間は悪かったな」
「え……?ああ、うん。気にしてない」
「嘘つけ、言葉と体が一致してねえよ」
 ジャンは真っ直ぐわたしの瞳を見つめる。その瞳にはわたししか映っていないが、誰のことを考えているのだろう。頭の中では、そのことしか考えていなかったため、体が動いたのに気付くのが一歩遅れた。
「、あ」
 胸元を掴まれ、視界にはジャンの顔。するとすぐ顔は離れ、突き飛ばされる。――わたしとジャンは今キスをした。何の前触れも無しに。
「っ、ねえ」
「オレなりの謝罪。嫌いじゃないんだろ?」
「……うん」
 ここで『好き』と簡単に言えたらよかったのに。芝生に地をつけ、俯いたまま今起こったことを頭の中で整理する。ジャンの謝罪は女性相手だと全部キスになるのか。そう思うとまたも頭が痛くなる。再び頭上から「悪かったな。用事終わったから」と彼の足音が徐々に消えていく。
「なんで、キスしたの」
 ようやく自体が整理でき、先ほど起こったことに繋がる。わたしはジャンが好きだ。大好きだ。なのに、こんな形でキスなんてしたくなかった。いつしか彼と両思いになり、恋仲になったときに、取っておきたかった。予想もしてない出来事に涙が止まらない。ジャンのあのキスは、届かない人の代わりにしたものだろう。
 結局その日は寝られず、朝を迎えた。ジャンに挨拶すると「ああ」とだけ。昨日の出来事は彼の中ではなかったことにされているのだろう。結局は誰でもよかったのか。わたしじゃなくても。他の調査兵はたくさん居る。なのに、なんでわたしだけに。
「なあ、ヒロ」
「うん……」
「昨日のは、なかったことにするなよ。オレだって結構勇気がいったんだ」
「……?」
「ハンジさんが言ってたんだよ。仲直りするにはこれが最適だってな」
「……じゃあジャンは、わたし以外にもキスするの?」
「バッ、声がでけえよ。……誰にもってわけじゃねえ」
「へえ」
「ヒロだからだよ」
 彼はそう言い横を向いてしまった。反対側に座っているアルミンが「ジャン、顔真っ赤だよ」と指摘しており、それに対し更に顔を赤くするジャン。
「じゃあ、わたし以外にはしないでね!」
「分かってるっての。まあもうするつもりもねえけど」
 ジャンの言葉には振り回されてばかりだ。ただ、一つ分かったことがある。ジャンからの謝罪は全てキスで済まされること。けれど、恋仲でもないわたし達の関係でこの謝罪の仕方は心臓に悪い。いつかわたしの気持ちを彼に伝えられる日が来るのかは、まだ分からない。


BGM:阿部真央/じゃあ、何故。
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