ケーキには3本のキャンドルを(Jean)



 訓練兵になってからの初めてのクリスマスが訪れた。ガキの頃は『いい子にしていたらサンタがくる』なんて言葉を信じ続け、その期間だけ手伝いをしたりしていた。だが、もうサンタがくることはない。サンタの正体のお袋はいないからだ。ましてや、こんな厳しい生活。誰も心待ちになんてしていないだろう。オレたちにとっては、ただの1日に変わりない。特別買い物に出かけることなどもない。大体、街に出たとしても浮かれてる奴なんていないだろう。24日、クリスマスイブ。明日もどうせ同じように過ごす。
 朝になり、着替えやらを済まし食堂へ行くと、朝から黄色い声がオレの耳に届く。声の主はサシャだった。誰と話してるのか、遠目から見ていると困り顔のヒロがそこには居た。
「ヒロって料理お上手じゃないですか〜」
「そんなことないよ、人並み。でもね、そんな頼まれても出来ないの」
「今日は世間的はクリスマスイブですよ?!ケーキがなきゃ始まりませんよ!」
「うん……言ってることは分かるけど……」
 浮かれた人間はすぐ傍に居たようだ。あまりにも大きい声だったので、サシャの頭を叩くと「何するんですか!」と怒った表情でオレを見つめる。
「朝からでけえ声出すなっつの。うるせえよ」
「ジャンはヒロの手作りケーキ要らないんですか?!」
「何の話だよ……」
 会話が噛み合わず、大きなため息が出てしまう。そんなオレを見かねたヒロは「さっきから作ってほしいって頼まれるの」と呆れた顔で説明してくれた。
 確かにヒロが料理当番のときは同期の奴ら全員揃って「美味しい」と言葉を並べている。オレもその中の1人だ。訓練兵になる前は、親が病気で家のことは全て自分で行っていたらしい。掃除もテキパキとすぐに終わらせれば、作った料理も美味い。こんなご時世でなかったら、きっともう結婚も出来るほど完璧だ。だが、オレたちはそんな平和に過ごしているわけではない。彼女はもう一度「ごめんね、サシャ」とペコリとお辞儀をしその場から離れて行った。
「も〜!このまま押し続けたら作ってくれそうだったのに……」
「残念だったな。さっさと飯食べねえと誰かに奪われるぞ」
「それは駄目ですー!」
 結局朝食は大人しく食べられなかった。オレがヒロ達に声を掛けたから、ケーキが作ってもらえないと思っているサシャは、目を逸らした内にパンを半分奪って行った。今日は立体機動訓練だ。絶対にあの女に仕返しをしてやる、と心に誓い味の薄いスープを口にした。

「よお、お疲れ」
 午前の練習は無事終わり、休憩時間へ。ガスの調節をしていたヒロを見かけたため、声を掛けると驚いた顔でこっちを見る。だが、すぐいつもの困ったような笑顔で「お疲れさま」と返事をする。
「朝は散々だったな」
「あはは、ジャンに感謝だよ。わたし断るの苦手だから」
「だろうな。見てて分かるわ」
「やっぱり?もう何も言われないといいけど」
 彼女にしては珍しい大きなため息。気の毒に、と思いながら水を飲む。するとヒロが「プレゼント貰わないの?」と尋ねてくる。
「はあ?誰からにだよ」
「え、ミカサとか……?男の人はプレゼント交換とかしないか」
「ミカサに貰えるわけねえだろ、あのクソ野郎が居る限り」
「あー、エレンね。特に意識してる訳じゃないけど、今日は皆そわそわしてるね」
「アホらし、プレゼントなんて邪魔になるだけだろ」
「そっか、うん……そうだね」
 歯切れの悪い返事だと思った。追求しようと思ったが「もう行くね」とミーナやアニが居る方向に走って行ってしまった。そんな会話をユミルが聞いていたのか、嫌みたっぷりに「お前振られたなあ!」と大声で笑ってきた。別に誰かからプレゼントが欲しいなどは一切思っていなければ、ケーキが必要だとも思わない。ただ少し、ヒロは誰か渡したい相手が居るのかは気になった。

 今日一日の訓練が無事終わった。順番に体を洗い、部屋着に着替え布団に入り込む。いつも夜更かしはしていないが、今日がクリスマスイブのせいかライナーに「いい子にしてプレゼントもらうつもりか?」と煽ってきたので顔面に向け、全力で枕を投げつけた。エレンやコニーもライナーの言った言葉を真に受け大騒ぎするものだったため、部屋から出ることにした。もう女子達も寝ているだろう。用事は無いが、足は食堂へ向けた。
 食堂へ着くと、奥に小さく光る物が揺れる。「……誰か居るのか?」と声を出すも無反応。誰かが消し忘れたのか、と思い光の元へ近付くと「あ、だめ!」と声がオレの動きを制止する。
「……ヒロ?」
「う、うん。なんでジャンがここに……?」
「寝られなかったんだよ。お前は?」
「わたしも、そんなとこかな」
「ふーん……」
 光の正体は、どうやらヒロが焚いていた蝋燭だったようだ。オレが近付くと慌ただしく立ち上がり、後ろに何かを隠した。それの存在にバレないよう動くが、何を隠しているか問うも、「なんもない!ジャンにも関係ないよ!」と必死で否定するが、絶対何かはある。目の前に立ち、力任せにヒロの体を横にずらすと小さなホールケーキがあった。
「あ〜……もう、ばれちゃった……」
 ヒロは頭を抱え座り込んでしまった。買った物か作った物か分からないが、とりあえず謝罪をする。表情は見えないままで、鼻をすする音が部屋に響く。
「悪かったって。誰にも言わねえから」
「もういいよこの際……美味しく作れなかったし、」
「これお前が作ったのか?」
「え?うん、そうだけど……?」
 すん、ともう一度鼻をすすりやっと顔が出てくる。ケーキをじっくりと見ると、確かにクリームは薄く、上に乗っている果物はここらで安く買えるものだった。少し自分で食べたのであろう、欠けた生地にも果物が少し。フォークは1つしかなかったため、自分で作り食べてみたが、満足のいくものを作れなかった、という状況だろう。
「なあ、オレも食べていいか?」
「……いいけど、美味しくないよ?」
 置いてあったフォークを使い、一応綺麗に切り分け口に入れる。甘すぎないクリーム、それに対して少し酸味のある果実とじんわりと広がる甘い果実が、咥内に広がる。これが美味しくない、と言う奴はきっとこいつだけだ。満足に材料を揃えられない割に、これだけのケーキを作れるのは才能だ。「美味い。まじでお世辞抜きで」と素直に感想を言うも、ヒロの表情は曇ったまま。
「もっと、美味しいの作りたかった……。どうせジャンが食べるなら、」
「いや、ホントに美味いって。要らねえなら全部食ってもいいか?」
「そんな駄作でよければ、どうぞ」
 ホールケーキではあるが、大きさはかなり小さい。進んで食べていくと、すぐに無くなってしまった。「ごちそうさん」とフォークを机に置くと「全部食べた……」と顔を青くするヒロ。
「なんだよ、食べてよかったんだろ?」
「あ、そうだけど。えっと、」
「ハッキリ言えよ。別に怒んねえし」
「……さっきも言ったけど、ジャンに食べてもらえるなら、もっと頑張って作りたかったから。ごめんね、いつかは絶対もっと美味しいの作るから」
「……オレだから?」
「?うん」
 お互い言ってることが理解出来てないようだった。ヒロは2回も『オレに食べてもらいたい』と言っており、その言葉の意味がいまいち分からなかった。食べる相手によって、作り方を変えるのか?頭の中には疑問ばかり浮かんでくる。オレが不思議な顔をしているのか、彼女もいつも以上に困った表情を浮かべている。そんなヒロの顔をまじまじと見ると、口端に薄らとクリームが付いていた。
「あ、お前、」
「え?なに?」
「付いてる、クリーム」
「うそ、どこ?」
「そこじゃない、反対」
 指を指すが何故かそこ以外の所を触っている。もどかしくなり「ここだっつの」と親指で拭うと、目を大きく見開き口をぱくぱくと動かしている。
「なに?言いたいことあるなら言えって」
「〜〜ジャンの天然タラシ!」
「はあ?!」
 顔を真っ赤にし手で顔を隠す。変な行動はしていないはずだ。親指にのったままのクリームを舐めると、先ほど食べたケーキより甘く感じた。ヒロは目以外を隠し、何か言いたげにこちらを見つめる。
「あのね、ジャン」
「なに」
「あと2年間、クリスマスに付き合ってくれる?」
「……どういうことだ?」
「ジャンは憲兵団に行っちゃうから、訓練兵で過ごすクリスマスをわたしと付き合ってもらいたいんだけど……迷惑?」
「あー……別にいいけど。毎回ケーキ作ってくれるんなら」
「それはもちろん作るよ!もっと上達させるね。ありがとう」
 初めて見た笑顔だった。いつも困った顔をしている女がきちんと笑うと、こんなにも美しいものだとも初めて知った。「芋女には秘密にしねえとな」と言うとその笑顔のまま頷く。ヒロのこの表情を見られるのは、オレだけでいい。毎年クリスマスはやってくる。その度に、この笑顔が見られると思うと、自然に笑みが浮かんだ。



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「今年はちょっと大きめにしたんだけど」
「ああ、分かる。ホイップクリームも多いな」
「そう。いつも果物売っている店主さんが下さってね」
「ふうん。で、甘さは?」
「1年目と変わらず。ジャンにしか作ってないから、きちんと綺麗に食べてね?」
「毎年綺麗に食ってるだろ」
 調査兵団に入ってからの何回目かのクリスマス。調査兵団に入ったばかりの頃は、訓練兵の時より見た目は悪かったが、味は変わらず。このケーキを食べると、心が温かくなる。ヒロは何年経ってもオレにケーキのプレゼントをくれる。今年のお礼のプレゼントは刻印された指輪を送った。ヒロは涙を浮かべ何度も「ありがとう」と言っていた。彼女はずっとオレに片思いをしていたらしく、それが実ったときも涙を浮かべていた。初めて見た綺麗な笑顔と共に。
 クリスマスから始まった関係。この糸は絶対に切らせない。今年も、また来年もこのケーキを食べ続ける。オレ以外にも、同じケーキを食べる未来を夢見て。


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