心があればいいのに(Levi)



 知り合いにアンドロイドなどを作る研究をしてる変な奴がいる。いつも失敗して終わっているが、今回は成功したと俺を研究所に呼んできた。
「……なめてんのか?」
「なによー、リヴァイのためを思って作ったんだけど」
「冗談にしてはやり過ぎじゃねえか?オイ」
「でも、リヴァイったら彼女が亡くなってから元気がなくなっちゃったじゃない」
 あれは1年前のことだろうか。最愛の女を交通事故で亡くした。そこに俺が居たら彼女を助けられたかもしれない。だが、彼女は出勤途中に暴走した車に轢かれてしまったのだ。
 確かにこのクソメガネが言うとおり、彼女を亡くしてから心の余裕がなくなったと、自覚はあった。彼女以上に愛せる女もいない。彼女は俺にとってどれだけ大切で大事な人間だったか。自分を責めても彼女は帰ってこない。部屋に置いてある写真は、笑顔の彼女と俺のツーショットで撮ったものが飾ってある。また、同棲もしていたため、彼女の荷物は全て家の中にまだ置いたままだ。何度か掃除し、捨ててしまおうとも思った。だが、彼女を俺の中から消えてしまう感覚で襲われ、結局そのままだ。
 刺激も無い、退屈な日々。ここに彼女がいたらどれだけ幸せか。何度も考えた。彼女の後を追うことは考えたこともあったが、それはきっと彼女が許してくれないだろう。
 そんな気持ちの中研究所に呼ばれ、成功したアンドロイドを見ると、ヒロ、そのものがカプセルの中に入っていた。こんなものを作れとは頼んでない。こいつに『ヒロに会わせてくれ』とも言ったことがない。なのに何故、今このタイミングで。
「リヴァイ、嬉しくない?どっからどうみてもヒロでしょ?」
「見た目はな」
「お!認めてくれたね!じゃあ、これあげる」
「は?」
「リヴァイのことを思って造ったんだからね。何度も研究したよー」
 そう言ってハンジはアンドロイドに刺さっていたコードを抜いていく。そして、首の裏を触ると、瞑られていた瞳は大きく開く。瞳の色も大きさも、ヒロと同じだ。思わず驚き、声を出せずに居ると「ハジメマシテ」と片言な言葉を発する。
「……どうやったら声まで同じに出来るんだ」
「それは企業秘密ってやつよ。さ、服着せるからちょっと待ってて!」
「ヒロ」そっくりのアンドロイドはハンジが抱きかかえ、奥に消えていった。久しぶりに見る「ヒロ」の顔。そして声。もう二度と動くことがないと思っていたが、まさかこんな形で出会ってしまうとは。
「ごめんごめん、お待たせ」
「……ああ」
 服を着たヒロアンドロイドはしっかりと背を伸ばし、こちらをジッと見つめる。何か言いたいことがあるのか、こちらも見つめていると「言葉とかある程度教え込んだんだけどね、やっぱり初の成功作だからうまくコミュニケーション取れないかも」と眉を下げなから笑うハンジ。まずアンドロイドには感情などはないだろう。コミュニケーション以前の問題か、と頭を抱えたくなる。それにこのクソメガネが教えた言葉と聞くと、とてもじゃないが普通ではないことが分かる。
「要らなくなったら返して良いから」
「……はぁ。じゃあ、俺はこの機械を持って帰ればいいんだな?」
「機械とは何よ!ちゃんとリヴァイの最愛の彼女のヒロを造ったんだよ!」
「ヒロはそもそも人間だ」
「もー、とりあえず1週間この子と過ごしてあげて」
 結局流されるままアンドロイドを渡され、研究所を出る。歩けるのか疑問があったのだが、喋らなければただの人間に見える。そこまで研究してくれたのか、と思うと素直に素晴らしい出来だ。
 肩を並べ歩いているとヒロがこちらを見つめ「寒いですね、リヴァイさん」とゆっくりと笑みを浮かべる。
「……ああ」
「私、あんまり言葉、分からないです。教えて、くれますか?」
「時間があるときだけだぞ」
「はい。私、「ヒロ」って名前って言われました。本当の名前、分からないです」
「……お前は今日からヒロとして生きていくんだ」
「分かりました。ロボットって言われましたが、その通りです。リヴァイさんの思う通りの、ヒロさんになっていきます」
「……」
 ハンジは相当凄い物を造ったようだ。瞬きもしっかりし、言葉は片言だがしっかりとした言葉を話せている。また、俺の名前もインプットされている。
 これからの人生どうなるのか。アンドロイドと生活していくだなんて思いもしなかった。こいつは「ヒロ」の代わりに一緒に過ごしていく。一度もう終わった人生だと思っていたが、こいつが居る限り、俺の人生はまだまだ終わらないだろう。


「リヴァイさん!おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
 ハンジに聞いたところ、普通のデスクワークが出来るほどの能力はあるとのことだった。だが、一度亡くなった人間がまた仕事をし始めるとなると、「ヒロ」のことを知ってる人間は驚いてしまうだろう。そのため、自宅で簡単に出来る仕事を見つけ、それをやらせている。なるべく外にも出さず、俺が休日の日もヒロだけは家の中で留守番をさせている。彼女と関わっていた人間と会わせたくない。こいつはもう俺の手から離させない。こいつも特に何も思っていないため、そのスタンスで1週間を過ごした。ハンジに言われた1週間だけで終わらせる予定だったが、思ったより快適な生活になっていた。人間では出来ない掃除や行動が取れる。
 ただ1つ。表情が全く動かない。ハンジに聞いてみたところ、そこまでの設定は上手く出来なかったとのこと。当時の「ヒロ」はコロコロと表情を変えていたため、常に真顔のヒロを見ると、少しだけだが胸が締め付けられる感覚がする。
「今日は肉じゃがを作ってみたんです。お口に合えばいいんですが」
「お前の料理は美味い。安心しろ」
「よかった」
 俺が褒めると少しだけ笑顔になる。だが、その笑顔もすぐに消えてしまう。机に食事を並べ「どうぞ」と促す。ヒロは食事を摂らなければ睡眠も取らない。だが、充電をしなければ、動いていけないため、俺が寝ている最中はもらったバッテリーで充電している。
「ヒロ」
「はい?どうしました?」
「1週間俺と過ごして何か感じたことはあるか?」
「特には。楽しく過ごしていますよ」
「そうか」
 対面して座っているヒロの手を触ると、血が通っていないためとても冷たい。心がないアンドロイドと感情を持っている人間。こんな世間体にはあり得ない生活を送っている。造られたヒロと一緒に過ごしている自分はおかしくなってしまってるのか。だが、ヒロがここにいるという事実は変わりない。人間にしろアンドロイドにしろ。俺はこいつに昔抱いていた感情を抱き始めている。機械だと言うことを除くと、全て「ヒロ」のままだ。声も口調も、顔も髪型も。肌は冷たいが、機械独特の固さなどなく、しっとりとした感触だ。もし彼女が今も生きていたらこんな生活だったのだろうか。それは誰にも分からない。
 外で仕事をしている俺に気を遣い、家庭での仕事は全てヒロが行っている。水仕事は大丈夫か、と不安だったがどうやら性能は1番良くしているそうだ。洗い物をしてるヒロをよそに、風呂場に向かい湯を溜める。1人分の食事のため、洗い物もすぐに終わる。風呂場から戻ってきた俺を見つめると「いつものやりますよ?」と腕まくりをするヒロ。
「じゃあ頼む」
「はい。デスクワークは疲れると聞きましたので」
 “いつもの”というのは肩叩きだ。力の調節も行えるため、割と強い力で叩いてもらう。疲れる、という概念もないため俺が満足するまで行ってくれるヒロ。揉んだり叩いたり仕事で疲れた癒やしをもらえるのはこの一時ぐらいだ。
「もういいぞ」
「お疲れさまでした」
「風呂入ったらもう寝る」
「分かりました。では、お先に失礼しますね」
 ヒロは口に弧を描くが、目には光が入っていない。灯りの下に居ないと、こいつの瞳が輝くことはない。ヒロはその言葉通り寝室に行き、自身で充電の準備をしている。それを最後まで見届け「おやすみなさい」と目を閉じたところで風呂へ向かう。
 ヒロと一緒に居ると昔のことを思い出す。一緒に笑い合ったり、時には喧嘩をしたり。彼女は笑顔が多かった。よく泣きもしたが、それでも笑っていた。俺が最後に見た表情も笑顔だった。
 
『じゃあ、行ってくるね』
『ああ。今日は迎えに行く』
『ふふ、記念日だから、ね?楽しみにしてる!』
 
 彼女と最後にした言葉が頭の中に浮かぶ。その日は彼女が早出で、付き合って何回目かの記念日だった。今更記念日など気にしていなかったが、彼女はそういうのをとても気にする性格だった。仕事が休みだった俺は、昼頃にケーキを買いに行こうと考えていた。暫く朝をゆっくりと過ごしていると、彼女の職場から電話が掛かってきて、彼女が事故に遭った、という内容だった。急いで搬送された病院に行ったが、酷い轢かれ方をされ、綺麗な顔は跡形もなかった。その瞬間、朝浮かべていた笑顔が頭を過る。冷たくなった手を握り、何度も後悔した。俺が送っていけば、こんなことにはならなかった、と。だが、何度後悔しても帰ってこない。そう思っていた。
 だが、何故ヒロはここにいるのか。それは気を弱くした俺に対してハンジからの贈り物だ。最初こそ受け入れられず、何も触れなかったが、ハンジなりに「ヒロ」のことを調べてくれたのだろう。振る舞いは彼女のままだった。ただ、血が通っておらず感情を失ってしまった「ヒロ」。そこ以外は全部彼女そのものだ。だが、感情のないヒロを見るのは正直キツい。あんなに笑う彼女が笑わない。指摘したらきっと笑ってくれるのだろう。けれど、そんな形で自分流に染め上げたくない。ただただ、傍にヒロが居てくれればもう十分なのだから。
 風呂で雑念を流し、部屋着に着替え寝室へ向かう。ヒロは目を瞑り壁に背を預け座っている。この状態で声を掛けても反応はない。充電中はどうやらシャットダウンしているようだ。明日も仕事だ。今夜も毛布とベッドの隙間に体を挟み込む。目を閉じるとヒロの声がするような気がした。

 携帯のアラーム音が響き渡る。時間を見ると、1番最初のアラームで起きたようだ。体を起き上がらせ、横を見ると既にヒロの姿はなかった。いつもはこれより遅い時間に起きているため、その時間で食事の準備をしている。だが、今日は何の雑音もない。何か不都合でも起きたのか、心配になりドアを開けると並べてある写真を見ているヒロの姿があった。
「起きてたのか」
「リヴァイさん。おはようございます」
「ああ。……何見てるんだ?」
「私、この女の人と同じ顔してるなって。それで思ったんです」
「何をだ?」
「リヴァイさん、この人とは恋人同士だったんですよね。でもいなくなってしまった。それで博士が私をこの人として造った、ということですよね?」
「……賢いな、やはり」
「……私、心がありません。あなたのことを意識しようと思っても、何も出来ない。所詮アンドロイドですから。涙も出ない。笑顔もすぐに作れない。私、貴方を愛してみたかった。どうして、私は生まれてきたんですか?」
 ヒロは涙を流さないも、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。そんなヒロの腕を引っ張り包み込む。
「お前は、俺の自己満足みたいなもんだ。確かに俺は写真に写っている女を失った。そしてお前の中での博士がお前を造った。……俺は、アンドロイドでもヒロがまた俺と一緒に過ごしてくれるだけで嬉しかったんだ」
「それでも、私と一緒に居てもリヴァイさんはどうにもなりません。私は人間じゃない。そこに写ってる女の人でもない。それでも、貴方は私がいいと言いますか?私は生まれ変わって、人間になりたい。そして、人間としてリヴァイさんに愛されたいんです」
「……ヒロ」
「でも、愛って何か分かりません。どうすれば愛し愛されるのでしょうか。心がなく、感情がないアンドロイドを愛してもきっと虚しくなるだけです。……なので、リヴァイさんともう私は一緒に居ない方が良いです」
 ヒロは相当自分を追い詰めている。アンドロイドと人間の違い。確かに俺等は心が通い合わない。それは仕方が無いことだ。ヒロが悪いわけでない。俺が中途半端に受け入れ、彼女とは違う感情でヒロを愛してしまったから。
「虚しくなるなんて誰が言った?誰と一緒に居るか、それは俺が決めることだ。お前ではない。確かに人間じゃないヒロには分からないことはたくさんあるだろうな」
「でも、」
「関係ねえ。俺がヒロと一緒に居たいから居るだけだ。それ以上何か言葉はいるか?」
「……本当にいいんですか?私、」
「何度も聞いたぞ、その後の言葉は。ヒロよ、俺と一緒に過ごしている間で、お前なりに考えが出来ている」
「……?それは?」
「自分で考えろ。言っとくが、俺はお前の博士にお前を返却するつもりはねえからな」
 ヒロは再び写真を見つめ、俺の方向を向く。すると笑顔を浮かべた。まるで写真と同じように。一瞬、彼女が戻ってきたのかと思ったが、そこにはヒロの姿しかない。
「……お前は夢を見せてくれるな」
 アンドロイドと人間の恋愛などあり得ない。そもそもこの世界にはアンドロイドを持っている人間がいない。そんなご時世、俺はアンドロイドに再び恋をした。相手は俺の愛情を受け止めなければ、俺に捧げることも出来ない。けれど、そんなことどうだっていい。再びヒロに会わせてくれた「博士」とやらに感謝を伝えなければならない。
 もう二度と俺の傍から居なくならないよう、ヒロとの外出は禁止だ。一生このまま、俺の腕の中に入ればいい。そうすれば、ヒロはまた笑顔を浮かべ俺のことを待っていてくれるから。
 冷たい手を握ると、あの日を思い出してしまうが、この冷たさはヒロからの愛だと思えば、過去の苦しさから脱げ出せる気がした。あの苦しさは一生味わいたくない。ヒロを守り、守られる存在になるだろう。
 アンドロイドとの生活。思ったより刺激的だった。だがそんな刺激も、今まで退屈してた俺にとってはちょうどいい。人間の「ヒロ」はもう居ない。アンドロイドのヒロと死ぬまで一緒だ。少し歪んだ形かもしれないが、俺は一生このアンドロイドを愛す。相手に返事をもらえなくてもだ。
 

BGM:EScape/I.D ~EScape from Utopia~
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