時雨の濡れる午後(Levi)



 この1週間、雲の間から光を見ていない。梅雨が続き、洋服も乾かない日々だ。こうも天気が悪いと、気分も乗らない。憂鬱ではあるが、そんな理由で会社を休むわけにもいかない。
 雨が続くといいことはあまり起こらない。電車の中は人で満員だし、空気も悪い。ため息をついても流れていくだけ。窓から外を眺めながら、わたしはもう一度ため息をついた。
 出社すると、既に同僚はディスクへ画面を向けていた。「おはよう」と挨拶をすると「ああ」と簡単に返される。最初は、挨拶も出来ない人なのかと思ったが、彼はそういう人間らしい。なんだかんだこの簡単な挨拶にも慣れ、今日も同じように言葉を交わす。
 最初は数人だった社内だが、時間が過ぎると後輩など出社してくる。皆に挨拶を交わし、自分の仕事に取りかかる。毎日同じようなことの繰り返し。特別なことなどそうそう起きない。パソコンの画面に向き合っていると「なんてツラしてんだ」と隣から声が聞こえる。
「え、そんな変な顔してた?」
「しけたツラしやがって。なんだ、なんか分かんねえことでもあんのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあなんだ」
 いつもはそう多くを語らない同僚のリヴァイ。目線はパソコンを見つめているが、わたしの表情に気付いたようだ。「特に何も起きなくて退屈だよねー」そう返事すると「そうだな」と目線はパソコンのまま。わたしもリヴァイへ目線を動かせることなく、自分の作業を進める。それ以上の言葉はなく、わたしもそれ以外は話さなかった。
 昼休憩になり、コーヒーでも買いに行こうと席を立つと「おい」と低い声がわたしを止める。
「なに?リヴァイもコーヒーいるの?」
「違え、お前は電車通勤だったよな?」
「あ、うん。そうだけど」
「帰り、送ってやる」
「えっ」
 リヴァイはそう言うと、席を離れていく。今までリヴァイが送ってくれたことなどない。どんな風の吹き回し?と思ったが、リヴァイなりに気を遣ってくれたのかもしれない。既にオフィスに姿が見えないリヴァイに心の中で感謝を伝え、わたしもコーヒーを買いに席を離れた。
 午後も変わらず仕事に向き合う。後輩に声を掛けられれば、理解してくれるまできちんと説明する。それも普段と特に変わらない。ただ、今日の帰りは1人ではない。リヴァイが送ってくれる。たったそんな小さい出来事でも、退屈な日々を送っているわたしにはいい刺激になっているようで、上司に「今日は動きがいいな」と笑われた。
 定時に仕事を終わらせ、隣のリヴァイを見ると既に仕事は終わっている様子で、明日の準備をしている。わたしはそこまでの容量がないため、リヴァイはすごいなあ、と思いながらパソコンの電源を落とす。リヴァイもちょうど済んだようで、わたしへ視線を向ける。
「終わったか」
「うん。ちょうど今」
「なら行くぞ」
 鞄を持ち、すたすたと駐車場へ向かうリヴァイ。「お疲れさまです!」と上司に挨拶し、急いでリヴァイの後を追う。
 すぐについて行ったはずだが、リヴァイは居ない。駐車場内をうろうろしていると「危ねえだろうが」と近くでリヴァイの声が聞こえた。
「送ってくれるんだったら待ってくれてもいいじゃん」
「遅えんだよ、さっさと乗れ」
 初めて乗るリヴァイの車。ピカピカな外装は、リヴァイの性格を物語っている。「おじゃましまーす……」と助手席へ足を運ぶと、普段リヴァイからは香らない、清潔感漂う匂いが鼻をくすぐる。
「俺の家からそう離れてねえよな」
「住所言ったほうがいい?」
「いや、いい」
 エンジンを掛け、会社を後にする。普段からリヴァイの横顔は見慣れているつもりだが、運転している姿は初めてだ。少し緊張しながらその横顔を見つめると「目線がうるせえ」と横目で睨まれた。すぐ視線を戻し、見慣れた町を通り過ぎる。何か話題を振ろうか考えたが、会話が弾んだことはないと言ってもいい。ちらちらとリヴァイの横顔を盗み見していると「楽しそうだな」とリヴァイの口が開く。
「最近退屈だったから。リヴァイが送ってくれたの嬉しい」
「そんなん誰でもいいだろ」
「ううん、リヴァイだから嬉しい」
 これはわたしの本心だ。同僚と仲良く会話したり、一緒に帰ったり、時には呑みに行ったりするのはわたしの小さな夢であった。わたしも自発的な性格ではないため、その夢は実現したことがなかった。しかし、今日は一緒に帰れる。しかもリヴァイの車でだ。浮かれている様子はリヴァイにも伝わっているようだった。
「そうか……。ちなみにだが」
「うん?」
「俺の車に乗ったのはヒロだけだ。誰も乗せたことねえ」
「……えっと」
「これからも乗せるつもりはねえ。どういう意味か分かるな?」
「……それは……」
 運がいいのか悪いのか、赤信号で止まる車。車内は沈黙で重たい空気が流れる。俯いていた顔を上げると、リヴァイはまっすぐわたしを見つめていた。口を開けようとすると、顎をすくわれキスを落とされる。何が起こったか分からないわたしを見つめ、リヴァイは少し頬を緩め「ヒロ、俺の女になれってことだ」と呟く。
「け、検討します!」
 リヴァイにされたことが恥ずかしく、急いで顔を背け窓から外の景色を眺める。外は大雨が降っており、いつもと変わらない。きっと数日はこの変わらない景色を眺めるだろう。
 しかし、隣にリヴァイがいる。恥ずかしく返事をそらしてしまったが、わたしの小さな夢を叶えてくれるのはリヴァイだけだろう。言葉で返事をする代わりに、肘を置かれていた腕を握ると「素直な女は好きだ」と、再び微笑みながら車を走らせた。


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