正臣の部屋について飲みなおすことにした。彼と会うまでは微塵もそんなつもりなどなかったのだが、というか臨也は悪酔いして体調最悪だったのだが、胃の中を空っぽにして体内のアルコールが幾分か分解されると思いのほか気分もよく、もうちょっと飲んでもいいかなという気分になった。正臣は最初、臨也の体調を心配するようなことを言っていたが、いいからいいから、と臨也が缶チューハイを渡すと、一緒になってそれを飲んだ。後はもうぐだぐだである。
 お互いに泥酔してこれはちょっとまずいな、と冷静に缶を置き、正臣のベッドにダイブした。シングルのベッドはどう考えても二人で横になるには狭かった。しかしそんなことすらどうでもいいくらいには酔っていた。
「臨也さんちょっと暑い」
 布団や毛布がぐちゃぐちゃとなっているベッドで正臣が身じろぐ。狭いベッドの上ではどうしても互いの体が触れてしまう。今は臨也が伸ばした四肢が正臣の体に乗り上げていた。
「俺も暑い。紀田君体温高くない? 子供みたい」
 そばにある明るい色の頭をなでると正臣が枕に顔を押し付けた。
「うっせ。あんたのが熱いし絶対」
 髪の隙間から見える耳やらうなじが赤く染まっている。これはまた体温が上がったのではないかと臨也は思った。
「なんか酔ってるよね、俺たち」
 仰向けに寝て、正臣の部屋の蛍光灯を見上げる。明るすぎる。
「酔ってる。ぐるぐる、ふわふわする」
 枕に顔をうずめたままの正臣から、くぐもった声が返ってくる。
「ねえ、紀田君」
 臨也は呼びかけて、体を横に、正臣の方に向けて、彼の体に触れた。背中に乗せた手を、そっと腰の辺りまで滑らせる。びくりと、大げさなくらい彼の体が揺れる。
「こっち向いて」
 意識したわけではないが、声は柔らかく、滑らかだった。
 正臣が伏せた顔を上げようとしないので、臨也は彼の耳元に唇を寄せて囁いた。
「顔が見たい」
 今度は体が揺れない代わりに肩をすくめた。手のひらがきつくシーツをにぎりしめている。
 正臣はゆっくりと押し付けていた枕から顔を離し、泣きそうな瞳を臨也に向けた。
「真っ赤だ」
 正臣は顔全体を赤く染め、潤んだ瞳を切なげに細めた。
「からかってるんですか?」
 とがめるような言葉なのに、彼の口調は弱弱しい。
「そんなことないよ。紀田君て、酔うとかわいいんだね」
 熱をもったなめらかな頬をなでると、整えられた眉が寄る。
「臨也さん、あんまり触らないでください……」
「なんで?」
「我慢できなくなるから」
 それでも、あくまであんまり、で絶対ではないのかと、臨也は思ったが言わなかった。その思考はなかなか気持ちよかったのだ。
「うーん……どうしようかな」
 わざとらしく言いながら、正臣の背中を人差し指でなでると両目がぎゅっと閉じられた。子供をからかっていじくって遊んでいるみたいだ。楽しさとほんと少しの後ろめたさが心地よくて臨也は微笑んだ。
「触られるのが気持ちいい?」
 ゆっくりと目を開けた正臣は、潤みを帯びた瞳で臨也を見つめて、それから小さくうなずいた。ここも熱をもっていそうな赤い唇をそっと開く。
「それだけで勃起したって言ったらひきます?」
 子供が大胆というか下品なことを言うものだから、臨也は少し驚いたが表情は変えなかった。
「どうかな」
 一瞬の間をおいて答える。
「臨也さんのこと、好きなんですよ……だから、この状況はやばい」
「それで、たっちゃったんだ」
「たっちゃいました」
 あけすけな物言いも、なぜだかかわいいと思えてしまう。
「で、どうするの? ここでオナニーでもする?」
「えっ、いいんですか?」
「手は貸さないけど」
「いいです。俺がしてるとこ、見ててくださいっ……」
 正臣は両手で股間を押さえる。すでに相当きているらしい。
「見られてるだけでそんなになるんだ」
 かわいい後輩がこんなに変態だとは思わなかった。不思議と嫌悪はない。お互い相当酔っている。
「ちゃんと見ててあげるから早く脱ぎなよ」
 正臣は部屋着のスウェットを下着と一緒に下ろして、確かに立ち上がり始めている性器に指を絡めた。
「ぅ、あっ……」
 握っておざなりに指を動かすだけでも気持ちがいいのか声が漏れている。
「んっ、いざやさっ……」
 悩ましげに名前を呼ばれて、どうするのが正解なのかと少し考えた。
「気持ちいい?」
 尋ねると正臣は何度もうなずいた。
「き、きもちい、ですっ、あ、あっ」
 声がだんだんと派手になっていく。彼の下半身に目をやると、すでに先端は濡れていて、その先走りが彼の手の摩擦を滑らかにしていた。片手で陰茎全体をこすり、反対の指先でくるくると鈴口をいじっている。他人のオナニーなんて初めて見るが、人それぞれやり方があっておもしろい。
「先のほう、すきなんだね」
 丹念に気持ちのいいところを刺激する指の動きに感心していると、正臣は身を震わせた。
「す、好きだけどっ……」
「だけど、なに?」
「はずかしっ……」
 そりゃあそうだろう。他人の前で自慰にふけるなんて臨也には絶対に無理だ。
「でも紀田君はそれも気持ちいいんだろ?」
 ぎゅっと目をつぶった正臣の手の動きが激しさを増す。そろそろ限界が近いのかもしれない。
「まだ、まだいっちゃだめだよ」
 正臣は驚いたように臨也を見た。
「ちょっと我慢したほうが気持ちいいだろ?」
 じわじわと正臣の瞳に涙が浮かんで、彼がまばたきすると同時にこぼれ落ちる。
「手、緩めてみて」
 正臣はこする手を止めていったん指をほどいた。濡れた性器と彼の手までが粘液をまとっているのが卑猥だ。達し損ねた性器の先端が小さな口を開いたり閉じたりして我慢汁を吐き出している。
「すごい濡れてる」
 指摘すると正臣は紅潮した顔を再び枕に押し付けた。
「ふ、ぅっ……」
 射精したい欲求と羞恥でどうにかなってしまいそうなのだろう。それでもきちんと臨也の指示通り我慢している姿がいじらしいというかかわいらしくてもっといじめてみたくなってしまう。
「紀田君、いつも俺のこと考えながらオナニーしてるの?」
 囁くように言うと、正臣は苦しげにあえぐ。
「ごめ、なさっ……」
「別に謝らなくてもいいよ。俺は怒ってなんかいないんだから」
 正臣の手をとって、いまだ硬いままの性器に触れさせる。
「ほら、もう一回しごいてみて」
 こちらを向いた正臣と額が触れるほどの距離で促す。赤くなった亀頭を指先でいじらせると正臣は声を上げて顎を引いた。
「い、いざやさっ、だめっ」
「なに? 何がだめ?」
「も、あっ……もう、でちゃ……っ」
 身を縮こませるようにして正臣が最後の瞬間に向かって手を速める。
「出していいよ。目、開けて。俺のほう見て」
 正臣は臨也と視線を絡ませた。
「あっ、いざやさ、いざやさんっ」
「うん、いって。思いっきり気持ちよくいって」
「あっ、ああ、あっ……っ」
 間近で正臣の射精の瞬間を見ているだけで、臨也もちょっと目が潤んできた。
「はっ……あ……臨也さん……」
 正臣は両手で受け止めた精液もぬぐわずに、ぼんやりと臨也を見つめている。
「気持ちよかった?」
 まるで精通を迎えたばかりの子供に対するような気持ちで臨也は尋ねた。正臣はうなずいて、静かに目を伏せた。
「好きです、臨也さん」
 彼の中の泥は精液となって体外に排出されたのに、彼の発する言葉は依然として重く臨也の心にまとわりついた。それをうっとうしいと思うより、重いと思う気持ちのほうが大きかった。彼の気持ちは、性的な欲求に直結しているわけではないのか。
「ごめんね」
 臨也は自分の酔いが急激にさめていくのを感じた。冷静な頭で、間違っても門田には見せられない光景だなと考えた。

20110228
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