紀田正臣は大学生活も二年目に入ろうかというとき、なぜか平和島静雄と折原臨也と三人で住むことになった。いわゆるルームシェアだ。本当は帝人としようと思っていたのだが、彼には最近かわいい彼女ができて、どうやらそちらと暮らすらしい。親友の邪魔をするつもりはないが、正臣的には、恋人と一緒に暮らすなんていろいろと面倒そうで微妙だと思うのだが、まあ帝人のことだから、きっと彼女を大事にしてうまくやるだろう。これは決して正臣が彼女を大切にしないという意味ではない。
 そしてルームシェアだ。
 帝人がだめで、正臣が次に声をかけたのは平和島静雄だった。半分くらいは冗談のつもりだった。家賃安くしたいんで一緒に住みません? とかそんな軽いのりだった。昔は怖かったが、今では静雄とはわりと仲がいい。一緒にご飯を食べたり飲みに行ったり位はする。いいぞ、と静雄もものすごく軽いのりで答えた。正臣は最初、冗談に冗談で返されたのかと思った。
「じゃあ俺いくつか物件絞ってあるんで、今度一緒に見に行きましょうね」
「ああ。日程決まったらメールして」
 確かそんな感じで、冗談にしてもお互いぼけているにしても緩すぎるやりとりをした後、本当に二人で物件を見に行き、お互いの条件を挙げて絞り込み、本当に入居が決まってしまった。
「静雄さん、俺でいいんすか?」
 二階建ての小さなアパートの一室で、正臣は換気扇の下で煙草を吸っている静雄にきいていた。もうちょっと別の言い方はなかったのかと口に出してから思ったが、静雄はさわやかに笑った。
「なに言ってんだ。お前が誘ったんだろ?」
 そうだけど、本気にされるとは思ってもみなかった、とはいまさら言えるはずがなかった。
 新宿の情報屋、折原臨也がなぜかこの情報を手に入れて押しかけてきたのはまだ荷解きもしていない引越し当日の夜だった。
「何やってんだ、てめえ」
 小旅行用のボストンバッグとノートパソコンだけを持って新居の前に立っていた臨也に、ドアを開けた静雄は低い声で言った。
「やあシズちゃん。君に用はないんだけどさ、俺も今日からここに住まわせてもらおうと思って」
 その発言を理解しようと静雄が必死に頭を働かせているうちに、臨也はさっさと安アパートの狭いダイニングにあがりこんだ。
「へえ、風呂とトイレは別か。うんうん、いいね。2DKで家賃いくらなの?」
 勝手に荷物を下ろし、臨也は洗面所や風呂場をのぞいている。はっと我に返った静雄は湯のない浴槽に身を沈めようとしている臨也を引きずり出してダイニングに戻った。
「てめえふざけんなよ。何しにきやがった!」
「やだなあ、さっきも言っただろ? 今日から俺もここに住むんだよ。三人でルームシェア。だから部屋はもういっこあったほうがよかったんだけど、まあ贅沢は言えないか」
「てっめえ、ふざけんなっつってんだろうが!」
 静雄が切れる。
 来客の知らせがあったときからダイニングに出てきかけて、臨也の姿を見てから思考が停止していた正臣も、ようやく事の異常さがのみこめてきた。
「い、臨也さん、なんでうちに?」
 静雄に胸倉をつかまれている臨也の表情がぱっと明るくなった。
「正臣君! いやあさ、君がシズちゃんと一緒に住むってきいて、そんなの行かないわけにいかないと思ってさ」
「いや、ちょっと意味が……」
「だから、シズちゃんと二人でなんて住まわせられないよ。俺も一緒に住むから」
「だからなんでそうなるんだ!」
 がつん、と派手な音がして、臨也が床に転がった。静雄が頭突きをかましたのだ。
「臨也君よお、冗談も大概にしろよ。笑えねえ冗談は嫌いなんだよ。このクソノミ蟲が」
 打ち付けられた額を押さえてうずくまる臨也を静雄は容赦なく踏みつける。なんだか久しぶりに見る光景だった。というより、臨也は少し弱くなったかもしれない。
「冗談なんかじゃ、ないよ……俺は本気で、ここに……」
「まだ言うか」
 静雄は臨也を蹴り飛ばした。
 部屋の入り口に立ち尽くしたままの正臣の足元に飛んできて、仰向けに倒れた臨也と目が合った。
「ね、いいでしょ紀田君。三人なら家賃も光熱費も三等分。ネットの費用は俺がもつから」
 むちゃくちゃだが、魅力のない話でもなかった。もともと静雄と暮らすことを決めたのだってのりと勢いだ。このままもう一人くらい同居人を増やしてみるのも面白いかもしれない。
「静雄さん、客用の布団、一組ありましたよね」
「ああ? お前まさか……」
 静雄があからさまに嫌そうな顔をする。
 正臣はその場にしゃがみこんで臨也の整った顔を見下ろした。
「見てのとおり、部屋は二つしかないんで、臨也さんはここに布団しいて寝てもらいますけど、文句なんてないっすよね」
 臨也は床に寝たまま、薄く笑みを浮かべた。
「もちろん。これからよろしくね」
 そんな感じで、三人の同居は決まった。いくらなんでも緩すぎだと思ったが、大学生なんてこんなもんだという気がしなくもなかった。


 学校は春休み中で、正臣はバイトくらいしかすることがない。あとは適当に遊んだり飲みに行ったり買い物したりだ。実はまじめなところもあるので、授業の復習でノートや教科書を読み返したり、やっつけ仕事で提出してしまったレポートの構成を練り直したり、興味のある分野の文献を読んだり、気が向いたらそんなこともしている。このとき、臨也がいると色々と教えてくれたりアドバイスをくれたりするので、やっぱり一緒に住むことを了承してよかったかもしれないと思う。
 荷物の整理と片付けはさほど時間がかからなかった。元来、物をたくさん持たないたちなので、荷造りする際にだいぶ捨ててしまったのだ。六畳の部屋にはベッドと机と本棚、あとはオーディオラックがあるだけだ。わりと片付いていると思う。
 ちなみにテレビは静雄の部屋に一台あるだけだ。正臣はあまりテレビを見ないし、その気になればパソコンで見られる、と思ったから引っ越す少し前に壊れたテレビを買い換えなかった。今のところその気がないので、たまに静雄の部屋で見せてもらったりしている。
 食事は気が向いたら誰かが作ったり、適当に済ませたり色々だ。静雄は結構料理が好きらしい。臨也は下手だ。正臣はやる気のあるときにはそこそこおいしいものを作れる。
 夜中、バイトから帰ってきて、ダイニングの座卓に夕食が置かれていたりすると、なんだか嬉しい気持ちになる。ついでに臨也は夜型なのか、大体起きているので一人寂しい夕食というのもほとんどない。
「明日は鍋にしようってシズちゃんが」
 風呂から上がって床に座って食事を始めると、ホットココアを入れた臨也が話しかけてきた。
「鍋? 何鍋?」
「さあ、そこまでは決めてないんじゃない?」
 やや味の薄い肉じゃがを食べながら、正臣は閉ざされた静雄の部屋の扉を眺めた。
「鍋かあ……カレーかトマトか豆乳がいいなあ」
「どれも邪道だね」
「豆乳食ったことないから豆乳がいいかなあ」
「リクエストすればいいんじゃない? シズちゃん牛乳好きだし」
「豆乳は牛の乳とは関係ありませんよ」
「うん。知ってる」
 肉じゃがは味が薄いばかりかじゃがいもが煮崩れていた。
「これ作ったの臨也さんすか」
「うん。そう。お味は?」
「ちょっと薄いっすね。あとじゃがいもがどろどろで」
「シズちゃんにも言われたよ」
「でも味噌汁はうまいです」
 油揚げと大根の葉っぱの味噌汁は、とても正臣の好みの味付けだった。
「それはね、シズちゃんが作ったんだよ」

20110212
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