臨也が帰宅すると珍しく玄関に正臣の靴があった。これから仕事に行くのか、もしくはもう帰ってきたのだろうか。正臣は池袋のホストクラブで働いている。基本的に夕方から深夜までの仕事で、たまに日の出から正午くらいまでのときもある。
「おかえり」
 ダイニングで、正臣はスーツのまま食卓についていた。臨也に向けられた視線はいつになく厳しい。てっきり満面の笑顔で出迎えられるものと思っていただけに、落ち着いた声と静かな表情に臨也はあせった。
「た、ただいま。今日は早かったね。仕事はもう終わり?」
 動揺を悟られまいと曖昧に笑いながら、ここ最近の己の素行を振り返る。ばれるようなへまはしていないと思うが、正臣に知られてまずいことは一つや二つではない。
「俺が早く帰ってきたらなんかまずいことでもあるのか?」
「やだなあ。まずいことなんてあるわけないじゃん。それより、今日は久しぶりに一緒に夕飯食べられるね。正臣君何食べたい? 俺、買い物行ってくるよ」
 臨也は椅子に鞄を置いて、冷蔵庫をのぞいた。ひき肉とキャベツと玉ねぎがある。ロールキャベツにでもしてしまおうかと思っていると、正臣から声がかかった。
「臨也、飯はいいからちょっとここ座れ」
 臨也はじっとこちらを見ている正臣を振り返り、冷蔵庫を閉めた。キッチンを出て、無言のまま正臣の向かいに腰を下ろす。
「今日、先生から電話があったぞ」
「先生?」
 学校というのは少し意外だった。目立った悪さはしていないし、成績も上位をキープしている。
 正臣は探るように臨也の目を見つめた後、言った。
「面談のこと、なんで黙ってたんだ?」
 そういえば、そんなものがあったかもしれない。しかし先日、担任に欠席の旨を伝えたはずだ。
「高校入って一度も面談に来てないからって、先生が心配して電話くれたんだよ。お前、今まで面談のことなんか俺に言ったことなかったよな」
 確かに、中学のころはちゃんと配布されたプリントを見せていたが、高校に上がってからはそれさえもしなくなった。
「ごめん、忘れてた」
「忘れてたって……なんでそういう大事なことを言わないんだよ」
「いや、正臣君忙しいだろうし、疲れてるかなって……」
「馬鹿! お前はそんなこと気にしなくていいんだよ!」
 正臣の顔が険しさを増した。
「俺は臨也の保護者で、お前は俺の弟なんだから、面談には行く義務があるし、お前の進路のこととか、学校での生活とか、知っとくのが俺の責任だろ」
 義務とか責任とか、そういう言葉はあまり聞きたくなかった。正臣には感謝している。だからこそ、胸が痛む。
「ごめんなさい。勝手な判断だったね」
 臨也はとりあず謝った。ばれたのが大したことじゃなくてよかったと内心で安堵しているのを悟られぬよう、わずかに眉をひそめて神妙な表情を作って見せる。
「お前のためなら無理に時間作ってでも行くから、今度からちゃんと教えろよ」
「うん。ごめんね、正臣君」
「もういいよ。いつも家にいられない俺も悪いしな。お前にはさみしい思いさせてる」
「さ、さみしいって、俺もうそんな子供じゃないよ?」
「それでも」
 正臣は途中で言葉を切ったが、結局その先を口にしなかった。ただ、浮かべられた微笑は彼の方がよほどさみしそうに見えた。
「あー真面目な話したら腹減ったな」
 正臣はいつもの笑顔に戻って席を立った。
「飯どうする? 買い物行くか?」
「ロールキャベツだったら買い物いらないけど」
「お、いいな。臨也のロールキャベツうまいからなー。あ、でもコンソメないぞ」
「え、うそ」
 臨也も立ち上がり、再度キッチンに入った。
「あ、ほんとだ、ない」
「買い物決定だな。俺が行ってくるから、先に準備しててくれよ。帰ってきたら手伝うから」
「うん」
 臨也はとりあえず着替えをしようと部屋に入った。扉を閉めたとたん、思わずため息がもれた。正臣の耳に入ったのが大した情報じゃなくてよかったという安堵と同時に、わずかな罪悪感がわく。彼に知られたくないことはたくさんある。彼の悲しむ顔を見たくないのだ。だから、最後まで隠し通さなければならない。彼にとって臨也は、出来のいい自慢の弟でなければならない。

20110123
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