彼はもう、キスに応える余裕すら残っていないようだった。いや、余裕なんか臨也にだってない。
「だめだ……先に出すよっ……」
 小さく身震いして、臨也は正臣の中に精液を撒き散らした。これで三回目。いつもならこのあたりから疲労が性欲を上回り始めるが、今日はまだ体がうずいた。腰を引くと正臣が小さく声を上げ、臨也を仰ぎ見た。
「どんな感じですか?」
「ぜんぜんだめ。まだ熱くて、おさまりそうにない」
「そうですか……」
 臨也は正臣の体をひっくり返した。
「膝ついて。後ろから入れたい」
「んっ……」
 腰をつかんで、再び性器を押し付ける。先の射精から何分とたっていないが、そこはまた硬くなっていた。
「あっ、あ……」
 先ほどは一気に挿入してしまったが、今度はゆっくりと腰を進めた。熱をもったそこを割り開いて、いきり立った肉棒を彼の中に収めてしまう。ぬかるんだ穴から出して、入れて、と繰り返していると、顔を下に向けた正臣が両手でシーツをつかんだ。
「あっ……きもちいっ……いざやさ……」
 かわいいことを言う。臨也はだんだん腰の動きを速めていきながら、正臣の前立腺に陰茎をこすりつけた。
「ひっ、ぅあ、そこっ」
「ここ、気持ちいいだろ?」
「き、気持ちよすぎてっ……」
 身じろぐ正臣を押さえつけて、同じところばかりをえぐる。
「あ、あっ、も、いっちゃ」
 正臣はシーツにすがりついたまま射精した。そのとき思い切り締め付けられて、臨也は眉を寄せた。しかし達するほどの刺激ではなくて、いまだ快感を引きずったままの正臣を揺さぶる。
「ちょ、いざやさ、まだっ」
「まだ、俺はいってないんだよ」
「や、ちょっ、とまっ、ぁあっ」
 敏感になっている体を休ませず、激しく性器を抜き差しする。胸に手を滑らせて乳首に触れると、そこは一度も触れていないのに硬くなっていた。指先で転がしたり、引っ張ったりすると正臣は枕に顔を押し付けて泣いた。つながっているところもしまるので、ますます強く腰を打ち付けてしまう。
「ぅ、ふぁっ……」
 正臣はいつの間にか再度立ち上がった性器からどろり体液をこぼした。前立腺を狙って突くとまたあふれてきてシーツを汚した。
 射精の感覚が短くなってきている。達するたびに感度は上がっているのか、正臣はただ肌をなでるだけで嫌がった。
「も、今触んないで、っ」
「無理言わないでよ……」
「そんな、ひっ、あ」
「はぁっ……やば……」
 性器でかき回すようにすると、粘膜がうねって絡みついてくる。臨也は今にも崩れ落ちそうな正臣の腰をつかんで律動を速めた。
「ぁああっ、あーっ」
 体を震わせた正臣は、射精しないまま達したらしかった。臨也の性器にまとわりつく粘膜も断続的に収縮して、精液を絞り取ろうとするかのようにうごめいている。臨也はきつく眉を寄せて薄くなった精液を吐き出した。
「うー……気持ちいー……」
 一気に脱力して正臣の上に体を伏せると彼も臨也と同じくらい体温が上がっていることがわかった。
「臨也さん重い……」
「うん……ごめん」
 どうにか体を起こして正臣の中から性器を引き抜く。すると今まで臨也が押し入っていた穴から精液があふれてきた。両手でそこを広げてみると中は充血していて、時折締め付けるようにひくりと動いた。
「うわ、やらし……」
「ちょ、遊ばないでくださいよ!」
 赤くなった正臣が臨也をにらんで体を仰向けに返した。
「別に遊んでるわけじゃないよ。俺はいつだって真剣だもん」
「もんとか使ってもかわいくないっすから。つか俺相手にそんなことしても無駄っすから」
「俺は紀田君のそういうところが好きだよ」
「だからマゾだっつーんだよあんたは……」
 臨也は正臣の隣に横になった。まだ体の熱は完全には収まっていない。しかしもう足腰が痛かった。
「あー……だめだ」
 じっとしていると下半身がうずいて、頭までしびれてくる。
「セックスのしすぎで馬鹿になったらどうしよう……」
「なに馬鹿なこと言ってるんすか」
 正臣は体を横にして臨也と向き合った。
「元気っすね。また熱くなってる」
「ちょ、触るんなら責任とってよ」
 性器をなでる正臣の手に身をよじれば、腰を引き寄せられた。
「臨也さんさあ、なんでこんな目にあったんすか?」
「なんでって……仕事で失敗し、っ」
 いたずらに性器の表面をなでるだけだった正臣が、本格的に両手でしごき始めた。
「あ、ぅっ……」
「あんまりやらしい声出さないでくださいよ」
「だって……あ、正臣君、顔赤い」
 額を触れ合わせて笑うと、正臣は目をそらした。
「君のもちょっと熱くなってるね」
 臨也は正臣の股間を探った。
「あ、臨也さん、俺はいいからっ」
「どうせなら二人で気持ちよくなろうよ」
 正臣がしてくれるように両手でしごいて、亀頭の肉を親指でもんだ。
「あっ……」
「ん、たってきたね。やっぱり若いなあ。ていうか正臣君、手、止まってるよ」
「だって……」
 正臣の目は潤んでいる。臨也は下半身を密着させて、自分と正臣の性器をまとめて握った。
「うぁっ」
「ほら、一緒に触って」
 促すと、正臣もゆっくり手を動かしだす。互いの陰茎がこすれあい、くすぐったいような、なんともいえない刺激を与えてくる。
「んっ、俺が馬鹿になったら、責任とってもらいますよっ……」
「いいよ……就活に失敗したらうちで雇ってあげるから……」
「リアルすぎて笑えねー……」
 正臣はそう言いながらも笑みをこぼした。しかしその表情も、臨也が先端を引っかいたことですぐに崩れた。彼の紅潮した顔を間近で眺めながら、臨也はぬるぬると手を動かした。
 気持ちがよくて、だんだん何も考えられなくなってくる。人間の脳は、使わなければ衰えるのだという。こんなことばかりしていては、本当に馬鹿になってしまうかもしれない。
「臨也さんっ……」
 濡れた瞳で見つめてくる正臣がかわいくて、臨也はそれでもいいか、と思った。


 最終的に、臨也は体力も精力も使い果たして意識を手放してしまった。明るかったはずの寝室は夜の闇に包まれている。
 今は何時なのだろう。正臣はだるい体を起こしてベッドを下りた。正臣だって疲れているが、到底この状態で安眠できるとは思えなかった。体はどろどろで、足の間もぐずついている。とりあえずシャワーを浴びたくて、下着だけ身に着けて部屋を出た。確かすぐそこのドアが風呂場へ通じていたはずだ。
 熱めのシャワーで汚れを落とし、散々体の中に出された臨也の精液もどうにかかき出した。すっきりして脱衣所に出ると、そこに波江の姿があった。
「ぅあっ、な、波江さんっ」
 正臣はあわてて扉の陰に身を隠した。
「え、えっと、どうしてここに……?」
 急に洗面台を使用しなければならない用事でもあったのだろうか。しかしそうは見えない。ついでに波江は落ち着き払っている。
「シャワーの音が聞こえたから、タオルと着替えを持ってきたのよ。臨也だと思ってたけど、あなただったの」
 波江は白いタオルを差し出した。正臣は扉の隙間からそれを受け取る。
「臨也さんは寝てますけど……波江さんいつもそんな優しいんすか? 着替え持ってきてくれたり、なんか妬けるなあ」
「私に?」
「まさか。臨也さんにっすよ。波江さんに優しくしてもらってずるい」
「どうかしらね……私は優しいとは思わないけれど」
 あらかた体を拭き終えたので、正臣は腰にタオルを巻いて浴室を出た。波江は変わらずそこにいる。
「これ、臨也の部屋着だけどよかったら着てちょうだい。下着は……」
「や、下着は自分のはくんで! つか臨也さん波江さんに下着まで持ってこさせたりするんすか? マジうらやま……じゃなかった、とんでもないっすね!」
「今日はたまたまよ。調子も悪そうだったし。いつもはそこまでしないわ」
「いや、でも十分ずるいっすよ。臨也さんずるい。大事なことなんで二回言いました」
 洗面台に寄りかかった波江は少し笑って、自分の首筋を指先でとんとんとたたいた。
「ここ、キスマークついてるわよ。熱烈ね」
 正臣は手のひらでそこを覆い隠した。しかし、ため息をついた波江に、逆よ、と指摘され、あせりながら反対側に手を押し当てる。鏡を見ると、顔が真っ赤になっていた。
「そんなに恥ずかしがることかしら」
 波江は不思議そうにそう言った。そういう問題じゃない、と正臣は思う。実際、臨也との行為の最中よりずっと恥ずかしかった。
「や、波江さん、そこは見て見ぬ振りをしてほしかったというか……」
「あら、それは失礼したわね。でもすぐに帰るなら教えてあげたほうがいいかと思って。あなた今すごくいやらしい顔してるわよ」
「なっ、え……?」
「まあ、もう遅いし泊まっていきなさい。夕食ぐらい出すわよ」
「え、ああ、波江さんの手料理とか、マジ感動っす……」
 とっさに口が動いたものの、正臣はまだ呆然と波江を見ていた。
「じゃあ、着替えたらダイニングに出てらっしゃい。それとも少し寝てからにする?」
「いや、先にいただきます……」
「じゃあ早く着替えなさい。風邪ひくわよ」
 脱衣所を出て行こうとする波江に、正臣ははっとして声をかけた。
「さっきのなんなんすか? どういう意味……」
「そのままよ。いかにもさっきまでセックスしてましたって顔してるから、気をつけなさい」
 そこで扉が閉められた。正臣は鏡に映る自分の顔を眺め、手のひらをはずして首筋の鬱血を確認した。いつの間につけられたのだろう。ぜんぜん記憶にないが、かすかに残された歯型らしきものが先ほどの行為の激しさを物語っているようで、ますます頬に熱が集まった。
「あの野郎……」
 鏡に映る赤い顔をにらみつけ、正臣は忌々しくつぶやいた。

20101113
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