「その、見えるって本当なんですか?」
 疑っているというよりは確認のつもりできいた。初めて会ったときから思っていたが、この男のもつ雰囲気は独特だ。どこか、彼ならばこういうことを言い出しても不思議ではない、と思わせるものがある。
「うーん……見えるという言い方は正確ではないんだ。実際は感じられると言ったほうが近いかな。君も経験ない? 誰もいないはずなのに人の気配がしたり、お風呂で髪を洗ってるとき、後ろに誰かいるような気がしたり。それのもっと具体的なバージョンというか、気配だけでどんな姿かたちをしているのかわかるんだ。視覚的な情報じゃないからやっぱり見えるというより感じると言ったほうが正しいね」
 極めて非現実的な話だが、否定する気にはなれなかった。むしろ不思議な説得力があるとさえ感じてしまうのはたんに正臣が流されやすいのか、それとも都会から遠く離れたこの場所が影響しているのだろうか。なんとなく後者だろうな、と正臣は思った。
「じゃあ今も、その、見え……気配を感じてるんですか?」
「そうだね……」
 臨也は一度あたりを見回した。それは実際に見ている、というよりも、そちらに意識を向けるという行為なのだろう。
「まあ確かにこのあたりは多いよ。近くに墓地も多いし、田舎だからね、集まりやすいというか、とどまりやすいのかもしれない。彼らだってきれいなところが好きだろうからね」
「そ、そういうもんですか?」
「彼らが何を思ってそこにいるのかまではわからないよ。だからこれは憶測。俺は霊と接触できるわけじゃないし、ただその存在を感じられるだけだからさ。ああでも、誰かのそばにいる霊が、その人にとっていいものなのか悪いものなのかっていうのはなんとなくわかるよ。たとえばシズちゃんについてた女の人は全く彼に危害を加えそうな感じはしなかったしね」
 正臣は黙り込んだ。驚かないというわけではないが、複雑な気分だった。つまり彼は今、正臣のそばに何らかの霊がいたとして、それに気付いているばかりか、害になりうる存在であるかどうかまでわかっているのだ。
 無言で宙をにらんでいた正臣の隣で、臨也が笑みをこぼした。
「何か思い当たることが?」
「え、いや、その……」
 どうしよう。彼に話してみようか。彼と最初に会ったときに見た悪夢を、いまだ引きずっていることを。彼ならばこの漠然とした恐怖の正体を解明してくれるような気がした。
「実は、また嫌な夢を見るんです」
 臨也はわずかに首をかしげた。
「それは前に言ってたのと同じ夢ってことかな?」
 正臣はうなずいた。
「こっちの、あの家の中で、男に追いかけられるんです。黒いフードをかぶって、大きな鎌を持った死神みたいな男に」
「死神ねえ……」
 臨也はつぶやいて、正臣の顔をじっと見つめた。
「顔は覚えてないの?」
「え?」
 決して予想できない質問ではないのに、正臣は驚いて即答できなかった。
「あ、いや、顔は、フードに隠れてて、見えなかったんすよ」
 正臣はとっさに嘘をついた。本当は、先ほど見た夢の中で、自分を殺す男が実父だと知っていたのに、口にすることができなかった。
「ふうん」
 臨也はかすかに瞳を細めた。思わずついてしまった正臣の嘘に気付いたかのような反応だった。しかし、臨也は特にそれについて言及することはなかった。
「それで、追いかけられるだけ? 何かされたりとかは?」
「最終的に逃げられなくなって、殺されるんです。鎌で刺されたり、切られたりして」
「そうなったとき、すぐに目は覚める?」
「いや……一度刺されたくらいじゃ覚めないっすね。さっきも覚めたと思ったらまだ夢の中でした」
 薄く開いたクローゼットの扉をゆっくり押し開けて出てきた男のことを思い出して、正臣は身震いした。すると、臨也の手のひらが腕に触れた。
「え?」
 パーカーごしにも、臨也の手の冷たさが伝わってきた。しかし、不思議と心地よい感触だった。
「臨也さん?」
 彼は黙って正臣の腕から手首までをなでるように手のひらを滑らせ、最後には手を握った。
「あっ……」
 つながれた手のひらからも、臨也の低い体温が感じられる。正臣は再び身を震わせたが、それは恐怖や寒さからではなかった。
「臨也さ……」
「黙って」
 短く言うと、臨也はベンチから腰を上げ、正臣の正面に立った。片手はつないだまま、もう一方の手を額に押し当てられる。また、今度は頭の芯から冷えるようだった。それでいて、目の奥は熱く、なんだかぼんやりした。
「つらかったら目、閉じてもいいよ」
 囁くような声に、正臣は小さく肩をすくめた。言われるがまま目を閉じると、触れられる心地よさが顕著になって、たまらない気分になった。
 そわそわしているとつながれていた手が離され、両手で頬に触れられた。包み込むような手はやはり冷たく、顔がほてるのを感じた。
「い、臨也さん……」
 羞恥に負けて呼びかけると、優しく頭を抱きしめられた。熱くなった頬に触れる臨也の甚平の布地は夜気に冷やされている。その下の体は露出した腕や手と対照的に、確かなぬくもりをはらんでいた。
「大丈夫だよ」
 臨也は静かに言った。あんまりさりげない口調だったから、田んぼや草むらから聞こえる虫たちの声に同化してしまいそうだった。それでも正臣は臨也の言葉を聞き逃すことなく、返事のかわりに背中にまわした手で彼の甚平を力なくつかんだ。
「大丈夫。俺が君を守ってあげるよ」
 顔を押し付けた黒い甚平からじんわりと臨也の体温が伝わってくる。正臣は泣きたい気分になって、きつく目を閉じた。

20101025
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