「お前あいつのどこがいいんだ」 普段はサングラスの奥に隠された瞳にまっすぐに見つめられて問われ、正臣は驚いた。というか動揺した。 「ど、どこってそんな、急に何を言い出すんすか静雄さん」 「ぱっと出てこないってことはほんとは好きじゃないんじゃねえのか?」 「だからなんでそうなるんすか!」 酔っているのだろうか、と正臣は二人の間にある座卓を見たが、空いている缶はまだ二本程度だ。静雄はビールは飲めないらしいが、酒に弱いわけではない。 「だってよ、お前がこうやって押しかけてきて飲むときって、たいていあいつの愚痴しか言わねえだろ。しかも最近間隔短くなってねえか?」 確かにここのところ正臣は週一回のペースで静雄の部屋を訪れ、酒を飲んでいた。彼の言うとおり、折原臨也の愚痴を肴に。 「でもそれは、単純に静雄さんと酒飲むのが楽しいからで、あっ、愚痴られんのが嫌だったんなら謝ります。すいません。静雄さん話しやすいからつい……」 「紀田、そういうことを言ってんじゃねえんだよ、俺は」 缶チューハイを飲み干して、静雄はそのアルミを握りつぶした。なんだかものすごい音がして、空き缶が小さくなっていく。心なしか静雄の目も鋭い。やばい。これは少し怒らせたかもしれない。 「あー……すいません。べつにごまかしてるとかそういうんじゃないんです。ただ、なんて言ったらいいか……」 わからなくて。 正臣はつまみ類の広げられたテーブルに視線を落とした。 あまり広くはないワンルームのアパートは空調が効いていて涼しい。テレビはついておらず、代わりに、正臣のipodの中身がスピーカーから垂れ流されていた。 静雄は溜息とともに煙草の煙を吐き出した。 「べつに今更お前らの関係に口出す気はねえよ。あいつのことだって、マジむかつく奴だけど、紀田が好きだっつーんなら何も言わねえ。ほんとにむかつくけどな」 「し、静雄さん、目が据わってますよ」 「俺はいいんだよ。お前はどうなんだ? 好きなのか? あいつのこと」 面と向かって問われると答えに詰まってしまう。現在の関係を客観的にみれば、好きだから付き合っているということになるのだろう。しかし正臣は、必ずしもそれを全面的に肯定できる気はしなかったし、臨也に対して抱いている感情が、今まで付き合ってきた相手に対するそれと全く同質であるとも思えなかった。 「これを好きって言葉に置き換えていいのかはよくわかりません。ただ、執着はしてるんだと思います。たとえばあの人がジャケットにファンデーションつけてきたり、香水移らせてきたりするとあんまりいい気はしないし、嫉妬みたいなのもします」 「みたいなのっつーか、嫉妬だろ、それ」 静雄は笑って、新しい煙草に火をつけた。 「だから、少なくとも無関心ではないっていうか、やっぱり多少はそういう感情もあると思うんすよ。だって相手男ですよ? つーかあの臨也さんっすよ? 関心がなかったらあの人がどこで誰と何してたってなんとも思わないはずなのになんかもやもやしたりむかついたり、あの臨也さんに対してそんなんとか俺どんだけ? 好きなの? みたいな」 「消去法みたいな考え方だな」 「うん……でもそういう風にしか考えられないんすよ。今までの恋愛とは違いすぎるし、正直、恋してる気は全然しないんです。やっぱり執着っていう言葉が一番しっくりくるかも。全然プラスの感情ばっかじゃなくて、むしろマイナスの方が大きいような気もしてて、でも嫌いじゃないし、時々苦しくなります」 「嫌いじゃない、と苦しいの併用は正しいのか?」 煙草を吸いながら、静雄が難しそうな顔をする。 「なんて言えばいいんすかね。やっぱりそれも、あの人のことを想うからこそなんですよ。あの人の嫌なところもちょっといいなって思うところも知っちゃったんで、もっと別の出会い方をしたかったなあって考えると、なんだか苦しくて」 正臣はあまり冷たくなくなった缶の中身を飲み干した。 「ん、酒ないな。まだ飲むだろ?」 そう言って立ち上がりかけた静雄を制して腰を上げる。 「俺取ってきますよ。静雄さんも飲みますよね」 キッチンに入り、小さめの冷蔵庫を開ける。 「何がいいっすかー? カシオレと桃と梅酒? チョイスかわいいっすね」 「桃。かわいいは余計だ」 白桃のサワーと梅酒を持って部屋に戻ると、静雄はスナック菓子の袋を開けていた。 「まあ、紀田の気持ちはわかった。あんな奴のどこがいいのかはまるで理解できねえけどな」 「はは、それは俺もわからなくなりますよ。はい、カンパーイ」 缶を渡して声をかけると、静雄はくわえ煙草で応じてくれた。 「つーかなんだ、あいつ今も女と遊んだりしてんのか?」 「あーまあそんな感じはしますね。相変わらずうまくやってんなあって」 「証拠残してんだ。うまくはねえだろ」 それは正臣も思った。臨也なら隠そうと思えば隠し通せたはずである。しかし、彼は気配を消そうとはしていなかった。 「なんつーんですかね、わざとなんかなあって思ったりもしますよ」 ジャケットに移ったファンデーションも、香水も、首筋のキスマークも、わざと消されなかったのではないかと。 「紀田はいいのか? それで」 「まあ、正直なところ嫌っすよ。嫉妬します。でもそれがあの人の狙いなら、素直に見ず知らずの女にやきもち焼くのも癪だなあって」 「じゃあ気付かないふりすんのか?」 「そういうときもあります。でも基本的には好きにしてくださいって」 「放任か」 静雄が眉をひそめた。 「それが一番、臨也さんの望む結果とかけ離れてる気がしたんすよ」 正臣は苦笑して言った。しかし、そんなスタンスをとりつつも、関心がないわけではないのだ。むしろその逆で、臨也の狙い通り、嫉妬もしている。が、それにさえ気づかないふりをしなければならない。 「不毛だな。お前も、あいつも」 痛いところを突かれた。静雄は真面目な顔である。彼に指摘されるまでもなく、そんなことは正臣もわかっていた。 20100825 << |