正沙性描写を含みます。苦手な方はご注意ください。



 沙樹の耳には小さなピアスが輝いていた。ささやかながら石もついたそれは、臨也に招待状をもらったファミリーセールで、正臣が彼女にプレゼントした物だ。ネックレスにしようか指輪にしようかさんざん迷い、結局、沙樹が一番長く見つめていたこのピアスを選んだ。
 臨也は七割から八割引きなどと言っていたが、実際それくらいの値引きがされていたとしても、高い買い物だった。しかし、惜しいとは思わなかった。むしろ隣を歩く沙樹が真新しいピアスを気にするように、たびたび耳を触っているのがかわいくて笑みが浮かんだ。
「そんなに気になる?」
 沙樹はぱっと耳から手を離して正臣を見上げた。頬が少し赤くなっている。
「落としてないか心配なの」
「落とさねえだろ、そう簡単に」
「でも、正臣に買ってもらったものだし、気に入ってるんだよ」
 少しすねたように言った沙樹の手を、正臣は思わず握った。
「もし落としても、また買ってやるよ」
 沙樹はやはり頬を染めて、正臣の手を握り返した。


 その後、夕食を沙樹におごられてしまった。正臣は払うと言ったのだが、沙樹が自分が出すと言ってきかなかった。
 少し酒も飲んだが、早めに切り上げて二人で正臣の部屋に帰ってきた。そのまま風呂に入って、アイスを食べながらだらだらして、日付が変わるころにはベッドに入った。
 久しぶりに触れる沙樹の体は変わらず柔らかくて、温かくて、正臣は余裕なく彼女を抱いた。
「まさおみっ……」
 震える声で苦しげに呼ばれ、正臣は動きを止めて沙樹を見た。
「ごめん、痛かったか?」
 頬に触れると沙樹は微笑んだ。
「ううん。なんか余裕ないね」
「ああ、悪い。がっついてんな、俺」
 童貞でもあるまいし、と少し恥ずかしくなる。
「久しぶりだもんね。ずっとしてなかったの?」
「お前意外とするわけないだろ」
「じゃなくて、一人で」
 首に腕を回して引き寄せられ、そう囁かれた瞬間、沙樹の中に入れたままの性器がさらに熱をもつのがわかった。
 彼女の耳にはまだ正臣の贈ったピアスが光っている。正臣はたまらずそこに噛み付いた。
「あっ、だめだよ正臣っ、ピアス取れちゃうっ……」
「だから取れたらまた買ってやるって」
「そういうことじゃなくてっ」
「わり、やっぱ余裕ないわ。ちょっと黙って」
 深く腰を打ち付けると沙樹の肩が跳ねた。感じてんのかな、と思うと正臣も興奮した。欲望に負けて彼女を揺さぶる。
 小さな石のついたハートの形のピアスを見ると、なぜか脳裏に臨也の顔がちらついた。
 繊細そうな印象を受ける端正な顔は、一見とてもストイックだ。彼も性欲をもてあましたりすることがあるのだろうか。いや、彼に限ってそれはなさそうだ。なんせあの容姿だ。きっと女には困らない。そもそも彼に性欲があるのかどうかさえ微妙だ。不健康そうだし、やたら細いし、あれで女を抱けるのだろうか。いやいや、何を考えてるんだ俺は。
 正臣は失礼な思考を断ち切った。せっかく久しぶりに沙樹と会っているのに、あんな男のことを考えるべきではない。
 沙樹の両耳でピアスが光る。正臣は彼女の頬に両手を添えて、上からそっと唇を重ねた。


「臨也さんにもお礼言わないとね」
 翌日、まだベッドの中でだらだらしているときに、沙樹が言った。昨夜、行為の最中に妙なことを考えてしまったせいで、正臣は薄暗い気持ちになった。しかし、沙樹は昨日に引き続きご機嫌である。
「正臣もすごいよね。これ結構高かったのに、ぽんと買ってくれて、なんか立派になった感じ?」
「べつに俺が立派なわけじゃねーよ。俺の雇い主が無駄にリッチなだけだ。それに一人だと金使うこともねえし、これくらいしかしてやれないからさ」
「正臣?」
 沙樹の瞳が不安げに揺らぐ。失言に気づいた正臣は、笑顔を取り繕った。
「しばらく会えなかった分の埋め合わせって意味だからな」
 苦しい心のうちを悟られぬよう言い訳すると、沙樹のほうから口付けてきた。
「埋め合わせ、まだ終わってないよ。今日はご飯作ってくれるんでしょ?」
 そういえば昨日、そんなことを言ったかもしれない。
「何が食べたい?」
 尋ねると、沙樹は少し考えたのち、言った。
「お昼はつけ麺で、夜はもんじゃ焼き」


 正臣はキッチンで一人、食事の支度をしていた。沙樹はシャワーを浴びている。
 先日、臨也に食べさせるためにスーパーにつけ麺を買いに行った際、好きなメーカーの麺とスープが安く売っていたので、自分用に少し多めに買ったのだが、それがまさかこんなに早く消費されることになるとは思わなかった。
 一昨日と同じように麺をゆで、スープを温めながらチャーシューのあまりを切る。
 臨也のために作ったチャーシューは、結果的に沙樹の口にも入ることになった。彼のためだけに作ったわけではない。後付でも、そう思えば少し気が楽になった。
「わーおいしそう。チャーシュー作ったの? すごいね」
 脱衣所から出てきた沙樹が、正臣の手元を覗き込む。彼女は正臣の貸したシャツを一枚着ただけで、大きめのシャツのすそから白く細い脚が伸びていた。
「下はけよ。めくるぞ」
 ぎりぎり下着が見えないラインのすそに手をかけると、沙樹にはたかれた。
「正臣だって上着てないでしょ」
 確かに、部屋着用のハーフパンツをはいただけで、上半身には何もまとっていなかった。
「俺はいいんだよ。男だし、暑いし」
 鍋の中の麺をほぐしながら、正臣は換気扇のスイッチを入れた。
「暑いのは正臣だけじゃないんだよ」
 沙樹が言ったが、正臣はそれ以上突っ込まなかった。どうせこの部屋には彼女と自分以外、誰もいないのだ。それに、クーラーをつけられないのはブレーカーが落ちそうで怖いという正臣の都合である。
 温まったスープを器に空ける沙樹と同時進行で、正臣はざるに上げた麺を水ですすいだ。
 部屋に移動して、首を振っている扇風機の前に座って食事をする。正臣手製のチャーシューを、沙樹はおいしいと言って食べてくれる。嬉しかった。その感情は、臨也の反応を見たときとはまた別のもののようだった。
 食後、映画でも観に行こうという話になり、沙樹が髪を乾かしたり化粧をしたりしている間に、正臣はシャワーを浴びた。出てくると沙樹はすでに着替えていて、それは昨日とは違う服だった。正臣は忘れていたが、この部屋には沙樹の私物がおいてあるのだ。下着や私服に始まり、洗顔や化粧水まである。唯一ないのが部屋着だったらしい。
 正臣は改めて、沙樹がずいぶん近しい存在なのだと思った。恋人なのだから当然のことなのに、それにしては、自分はあまりに自身への制約がなさすぎるというか、彼女と二人でいるのに、どうしてこうも別の人間のことが頭から離れないのだろうか。
 沙樹が丁寧にマスカラを塗っているのを待つ間、正臣はキッチンで皿を洗いながら考えた。
 自分は折原臨也が好きなのだろうか。
 確かに容姿はきれいだ。しかしそれだけな気がする。頭もいいが、基本的な言動性格ともに問題がありすぎる。色々と無茶苦茶な人だ。正臣はいつも振り回されている。
 それでも、いつからか彼のそばにいることがつらくなくなった。過去、あんなに傷つけられた相手だというのに、彼が笑うと嬉しい。そんな風に思ってしまうのは彼が好きだからなのだろうか。
 おそらく、そうだ。正臣の中ですでに答えは出ていた。だからこそ、しばらくの間、沙樹に連絡をすることができなかった。彼女に対する後ろめたさが邪魔をした。
 正臣は自分がわからなかった。沙樹のことは好きだ。その気持ちに嘘はない。しかし、こうして彼女といるときでさえ、臨也のことが頭から離れない。
 臨也に対するそれは、決して純粋な好意などではない。色々な感情が混ざり合って、蓄積し、行き場をなくしたそれが、ふとしたときに見せられる、彼の笑顔や優しさをきっかけに、じわじわと正臣をさいなむのだ。
 自覚したとたん、正臣は洗い物を中断して部屋へ戻り、取り込んだまま床に放置していた洗濯物をたたんでくれている沙樹を押し倒してキスをした。肩をたたかれたが気にせず口付けを深くして、ミニスカートの奥の下着に手をかける。
 沙樹の頬にはチークだけではない赤みが差していた。


 女の子をこんなふうに強引に抱いたのは初めてだった。ますます後ろめたさが募る。臨也への気持ちをきっかけに欲情して、衝動を彼女にぶつけた。その間もずっと、正臣は臨也のことを考えていた。
 正臣は自分が怖かった。どうしてこんな感情を抱いてしまうのか。自分には沙樹がいる。彼女が大切だ。そう思うからこそ、胸のうちにある臨也への想いが理解できない。彼女のことが好きなのに、かつて彼女を傷つけた男に引かれている。そんな自分がふがいなくて涙が出た。
「沙樹……」
 すでに日が落ちかけている。斜陽の差す部屋のベッドで、正臣は腕の中の恋人を呼んだ。
 彼女は責めなかった。強引に行為に及んだことも、出かける準備をしていたにもかかわらず、一日の大半をセックスで終わらせてしまったことも。
 その彼女の優しさが、正臣にはつらかった。いっそ怒ってくれればいいと思うのに、どこかで彼女に依存していた。臨也に引かれている自分をつなぎとめてほしいと。本当に情けない。
 沙樹の細い体を抱きしめているのは正臣なのに、まるで彼女にすがっているようだった。
「何かあったの?」
 優しい声で問われ、正臣は沙樹の体に回した腕に少しだけ力を込めた。
「ごめん」
 口から出たのは謝罪の言葉だった。声が震えていた。
「どうして謝るの?」
 それは正臣にもわからなかった。自分は一体、何に対して謝りたいのだ。わからないのに、口にせずにはいられなかった。
「ごめん、沙樹……俺を……」
 両目からあふれた涙が頬を濡らす。華奢な体を抱きしめ、嗚咽しながら、正臣は続けた。
「俺を、好きでいてくれ……」

20100815
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