次に会ったのは四日か五日後くらいだった。その日は仕事の用事で呼び出され、すべて片付けた後に、報告がてら遅めの昼食を一緒にとった。
 その後、臨也の別の用事で入ったルミネで、お気に入りのショップの前を通りかかったとき、店頭に並んだ秋物に、正臣は一瞬目を奪われた。
「寄ってく?」
 店の前で足を止め、臨也が言った。
「いいんですか?」
「いいよ。君がどんな服を好きなのかもちょっと気になるしね」
 臨也は先だって店に入って行った。正臣も入り口付近に設けられた新作コーナーから見て回ることにした。
 アウターが気になったので手に取ってみると、店員が近づいてきた。最近のはやりや着こなし方なんかを情報収集しつつも、今日は買うつもりはなかったので、適当に話を切り上げた。奥の方へ行くとアクセサリーや時計、小物類などの置かれた棚のそばに臨也が立っていて、サングラスを眺めていた。
「欲しいんですか?」
 声をかけると臨也は手にしたサングラスをかけて見せた。
「どう?」
 正直似合わなかった。しかし口には出さず、フレームが主張しすぎないタイプのものを選んで渡した。
「臨也さん顔シャープだからこっちのがいいと思います」
 正臣も臨也の外したサングラスをかけてみた。暗い。
 隣を見ると、正臣の選んだサングラスをかけた臨也が鏡を見ていた。
「やっぱりそっちのが似合いますね」
 きれいな顔をしているから、あまり邪魔にならない形の方がいい。正臣はサングラスを外して臨也を見た。
「なんかさあ、マトリックスみたいじゃない?」
「あーそうですね。後でマトリックスごっこしましょうか。スミス役は静雄さんに頼みましょう」
「俺それ逃げ切れる自信ないんだけど」
 臨也はサングラスを外してそのまま棚に戻した。
「え、買わないんすか?」
「うーん欲しいことは欲しいんだけどさあ。毎日太陽が目に痛いし。でもほら、うっかりシズちゃんに見つかったらスミスみたいにどこまでも追っかけてきそうだろ? 臨也てめえノミ蟲の分際でグラサンなんかかけやがって人のまねしてんじゃねえ! とか言ってさ。あーめんどくさ」
「それはべつにいつものことじゃないっすか。ていうか池袋に行くときは外して行けばいいのでは?」
「あ、そっか! そうだよね! 正臣君天才!」
 今までそこに思い至らなかったことの方が不思議だが、臨也は満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり買うことにするよ。せっかく正臣君が選んでくれたしね」
 選んだ、と言えるほどのことはしていないと思ったが、臨也が嬉しそうなのは悪い気はしなかった。


 その夜、正臣は自宅でやはり複雑な気持ちでいた。
 臨也と一緒にいればいるほど、自分の気持ちがわからなくなっていく。あれほど嫌いだった、憎んでさえいた時期もあった男に対して、こんな感情が許されるのだろうか。彼が笑ったり嬉しそうにしたりしているのを見ると、正臣も嬉しいと思ってしまう。これでいいのだろうか。
 今だって、臨也からメールで、明日はつけめんが食べたい、と送られてきたために、正臣はわざわざ台所に立ち、最近凝っているチャーシュー作りに励んでいた。ネットで探したレシピにそって肉の塊を煮込みながらため息をつく。
 まるで彼女だ。彼氏のためにせっせと食事の支度をする、献身的で馬鹿な女。相手がどれだけひどい男か知らないわけではないのに、別れられない女の姿に、正臣は今の自分を重ねた。
 冗談じゃない、と思ったが、結局自分は臨也のそばに居続けている。何年もこうして微妙な関係を続けている。
 愚かさの度合いは同じくらいなのかもしれない。自分だって、臨也がどんな男か知らないわけではないのに、彼のために肉を煮ている。彼の笑った顔が見たいばかりに。

20100811
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