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 正臣が帰ったのは三時ごろだった。今日も出勤だと言うので、時間は大丈夫なのかと尋ねたら、最近は同伴を入れないようにしているので問題ないらしい。意外に思って理由をきいたら、同伴をするとその分、家を早く出なければならず、学校から帰ってくる臨也を待っていられないからだと言う。
「まあ、臨也の帰宅時間もまちまちなんで、すれ違って顔見られればラッキーって感じなんですけどね」
 それでも、帰宅した臨也に「おかえり」と言い、彼からの「行ってらっしゃい」をきいてから出勤したいのだそうだ。一緒にいられる時間が少ないからこそ、たとえ一瞬でも、顔を合わせる機会を大切にしたいのだろう。静雄は溜息をついた。
「お前そうやってちゃんと考えてんだから、なおさらもうちょっともろもろの行動に気をつけろよ」
「はい。ほんとに、すみませんでした」
 正臣は苦笑を浮かべて申し訳なさそうに言った。
 静雄は最後まで迷ったが、結局、先日、新宿で臨也に会ったことを正臣に話さなかった。平日にもかかわらず、私服を着て、高校生に似つかわしくない場所をうろついていた臨也は、静雄に遭遇するなり、一瞬、その冷たく整った顔に確かな焦燥の色を浮かべて、次の瞬間にはもう、純粋な驚きに満ちた瞳で静雄を見つめていた。
 臨也は学校をさぼったことを認め、買い物をしていたら道に迷ったのだと言った。ごく自然な声と表情で語られるそれらを、静雄は全面的に信用したわけではなかったが、特にしつこく疑うようなそぶりも見せなかった。ただ、臨也を駅まで送る道すがら、このことを正臣に報告すべきか否か、そればかり考えていた。
 結局、今日、正臣には言わずにおくことにした。まだ臨也の行動に何かあると決まったわけではない。彼は本当に道に迷っただけかもしれないし、何か、静雄や正臣に言えない理由があったにせよ、それがどの程度のものなのかわからないうちは、余計なことを口にして正臣にいらぬな不安を抱かせるべきではないと思った。
 テーブルの上の携帯電話が震えた。ディスプレイを見ると先ほどまで話題に上っていた三ヶ嶋沙樹からの電話だった。
「もしもし」
「あ、静雄さん、お疲れ様です。今ちょっといいですか?」
「おーどうした?」
 静雄は吸い殻の溜まった灰皿を持って立ち上がった。
「明日のことなんですけど、帰りは車で送ってもらえることになったので、待ってていただかなくて大丈夫です」
「ああ、わかった。今日は休みだったよな?」
「はい。静雄さんもお休みですか?」
「休みなんだけど、朝まで飲んでてさっきまで寝てたから、一日無駄にした気分だ」
 電話の向こうで沙樹が笑った。
「最近は? 変わりないか?」
 静雄は流しの三角コーナーに吸い殻を捨て、水をかけた。
「ええ、おかげさまで。ポストに変な物を入れられることもなくなりました」
「それは何よりだが、油断するなよ。いつまたどこで何があるかわかんねえからな。ちょっとでも怖くなったら遠慮なく連絡しろよ」
「はい。ありがとうございます」
 静雄は一瞬ためらった後、口を開いた。
「あのよ、さっきまで紀田と一緒だったんだけど」
「え、正臣と?」
 沙樹の声がわずかに揺れた。
「それで、話の流れで、沙樹がその、今、変な奴に付きまとわれてるって、しゃべっちゃったんだけど、まずかったか?」
「えっ……」
 ほんの数秒の間、沙樹は黙った。
「まずくはないですけど……」
「いや、悪い。お前らもう長いこと連絡とってないんだよな。紀田に、お前も気をつけてやれって言っちまったから、近いうち連絡あるかもしんねえ」
「あ、そうなんですか」
 沙樹は静雄が拍子抜けするほど明るい声を出した。
「正臣に心配かけるのは申し訳ないですけど、全然、気まずいとかそういうことはないんで、気にしないでくださいね」
「ほんとに平気か?」
「もちろん。むしろ、久しぶりに話ができるなら、それはそれで嬉しいですよ」
 静雄に気をつかっているのは確かだろうが、嘘をついているようには思えなかった。ほっとする。
「ならいいんだけどよ。悪かったな、勝手に」
「そんな、謝らないでください」
「じゃあ、また明日、出勤する時に迎えに行くから」
「はい。お願いします」
 静雄は電話を切った。閉じた携帯をポケットに入れる。
 沙樹と正臣は大丈夫そうだ。べつにあの二人は、単なる恋愛感情の消失や痴情のもつれによって別れたわけではないから、静雄が心配する必要などなかったのかもしれない。沙樹も言っていたとおり、久しぶりに話をすることになっても、変に気まずくなることはないだろう。しかし、だからこそ沙樹が、正臣に対して複雑な気持ちを抱いてしまうのではないかと思った。あの二人が別れてから経過した年月が、あのとき、まだ確かに存在していた愛情を、完全に消失させるのに足る時間であったとは限らない。つまり、沙樹がまだ正臣を好きでもおかしくはないのだ。
 途中で考えるのをやめ、静雄は煙草を消して部屋に戻った。視界に、乱れたベッドか飛び込んできた。直視したくない現実を突きつけられたような気分になる。ベッドからシーツをはがして洗濯機に放り込んだ。枕元に散らばっていたコンドームも片付ける。
 同じベッドで眠っていただけなのに、なぜあんなことになったのだろう。正臣には前科がある。にもかかわらず、油断した静雄が悪いのだろうか。前回、行為に及んでからだいぶ時間がたっていたとはいえ、警戒を怠るべきではなかった。
 正臣の悪癖を忘れたわけではないのだ。しかし、彼ももういい大人なのだし、いい加減あの癖も直ったのではないかと思っていた。甘かった。
 部屋に帰ってきて、洗顔や歯磨きを済ませた正臣は、中途半端に服を脱いでベッドに転がった。シャワーを浴びて部屋に戻った静雄は床に散らばった正臣の上着やネクタイを拾い集め、彼の脚に引っかかっているスラックスを脱がせてハンガーにかけた。そうしてやっと自らもベッドに身を横たえた。まだだいぶ酒が残っていて、眠気はすぐに襲ってきた。ブラインドの向こうでその位置を高くしつつある太陽から逃れるように、頭から布団をかぶって目を閉じた。
 二時間ほどは、静雄も正臣もぐっすり眠っていた。静雄は洗った髪を乾かさないで眠ってしまったため、寒さによって目を覚ました。なんとはなしに隣を見ると、正臣もうっすらと目を開けていた。「起きたのか?」と尋ねようとして、開きかけた唇に、正臣の唇が重ねられた。
 状況がすぐに理解できなくて、眠気もあり、静雄はぼんやりしていた。すると正臣は両手で静雄の頭を固定して、さらに深く口づけてきた。まだ酔いが抜けていないらしく、正臣の顔はほんのり赤くて、かつ、まぶたもほとんど開いていなかった。寝ぼけた様子のまま、正臣は静雄の体に乗り上げ、角度を変えて何度も唇を合わせた。
 静雄はまだ眠気に勝てなくて、ずいぶん生々しい夢を見ていると思った。確かに最近、欲求不満ではあったけれど、それにしたって正臣相手にこんな夢を見るなんて。しかし、夢なら別に騒ぐことはない。心地いいのは事実だし、もっと深い眠りに落ちてしまえば、そのうち夢も消え去るだろう。
 しかし、いつまでたっても正臣の唇の感触は消えなかった。一度離された唇は今度、静雄の首筋に押し付けられ、そこから鎖骨のあたりへ滑り下りていった。静雄がゆっくりと目を開けると、ちょうど顔を上げた正臣と目があった。彼はいまだ眠たげな瞳を潤ませ、静雄から視線を外すとずるずると下の方に体をずらした。そして静雄のスウェットの上から股間に手のひらを置き、ゆっくりとそこをさすり始めた。布越しに性器を刺激されて、陶然となったのは一瞬だ。スウェットと下着をずらされ、熱を持ち始めたそこをじかにしごかれるとさすがに目が覚めた。
「何やってんだお前!」
 事態の異常さに気付いて飛び起きると、正臣は確実に勃起しつつある静雄の性器を口に含んだ。
「お、おいっ」
 制止も聞かず、正臣は薄い唇で静雄の性器を育ててゆく。表面を摩擦され、亀頭を舌の表面で押さえるようになぶられると嫌でも反応した。
「紀田! やめろ!」
 髪を引っ張って無理やり顔を上げさせると、正臣は濡れた唇をぬぐって言った。
「静雄さん、ゴムあります?」
 コンドームはヘッドボードの上に出しっぱなしにしていた。それを見つけた正臣は自らの下着を膝のあたりまで下ろし、指にゴムをはめると再び静雄の股間に顔を伏せた。フェラチオを再開させながら、ゴムをつけた方の指を後ろに回して動かしている。静雄からはよく見えないが、正臣が彼自身のアナルをいじっていることは想像できた。前回もこの流れで無理やり挿入させられたからだ。
 正臣は片手で器用に挿入の準備を行いながら、静雄の陰茎をしゃぶり続けた。絶え間ない刺激にそこはどんどん硬く立ち上がってゆく。
「すごい。静雄さん、あんまりお酒の影響うけないんすね」
 いったん唇を離した正臣が、それでも唇をふれさせた状態で言った。それまでとは異なるくすぐったい刺激に腰が震えそうになる。
「てめえなに白々しいこと言ってやがる……」
 静雄がそうでないことは、前回も同じ状態で同じ行為に及んだ正臣ならすでに知っているはずである。正臣はわずかに微笑んで、仕上げだとばかりに二、三度、静雄の陰茎をしごいた。
「もういいっすよね」
 正臣は指につけていたゴムを外してごみ箱に捨て、静雄の性器に新しいゴムをかぶせると、両足から下着を抜いて静雄にまたがった。
 静雄が何か言うよりも速く腰を下ろした正臣は、時折、子供のような頼りない声を上げながら、それでも止まることなくゆっくりと静雄の性器を体内に収めてゆく。顔を伏せてその衝撃に耐える正臣を眺めながら、静雄は局部に感じる強い圧迫に、ともすれば萎えそうになっていた。
「ぁ、あ……苦しい……」
 やがてすべてを収めた正臣が震える声で言った。
「それはこっちのせりふだ」
 正臣は顔を上げてかすかに笑ったように見えた。いらいらした。そんな静雄の感情になど構わず、正臣は緩慢に腰を揺すり始める。
「静雄さんっ、今、彼女とかいます……?」
「あ?」
 質問の意図がわからなかった。不快さが先走って正臣を睨みつけたが、彼は笑っていた。
「今まで、あんまり、そういう話、きいたことなかったから」
「だからどうしたんだよ。てめえには関係ねえだろ」
「はは……でも、ベッドんとこ、ゴムあったし、静雄さんも、女の人と、セックスすんだなって思ったら、なんか、興奮してっ……」
 嬉しそうに言う正臣にどうしようもなく腹が立って、静雄は舌を打ち、上に乗っていた正臣をベッドに押し倒した。
「し、静雄さっ」
 伸ばされた手をシーツに押さえつけ、静雄は一度、素早く引き抜いた性器を勢いよく突き入れた。
「ひぅあっ! し、静雄さ、もうちょっと、ゆっくり」
「うるせえ! 元はと言えばお前が始めたことだろうが!」
「まっ、待って、久しぶり、だからっ」
「ああ?」
「ちょっと、手加減してっ……」
「ふざけんな!」
 勝手に盛って人を巻き込んだくせに今更なにを言うか。静雄は怒りにまかせて腰を打ちつけ、正臣が嫌がった場所を何度もこすった。
「それ、だめっ、静雄さ、やだっ」
「やだじゃねーだろ、たたせといて」
 正臣の陰茎は、多少乱暴に犯されても萎える様子がなく、むしろ先走りに濡れていた。静雄は浅いところで性器を出し入れさせながら正臣の性器をつかんだ。
「ひっ」
 濡れた瞳が見開かれ、懇願するように静雄を見つめる。静雄はそれを無視して正臣の陰茎をしごいた。
「ああっ、あっ、や、さわんないでっ」
「なんでだよ」
「それされたら、おれ、いっちゃ……」
「ああ」
 確かに、このまま射精されたら服が汚れる。静雄もだが、いまだ身につけたままの正臣のシャツにもしみができるだろう。帰りに着る服がなくなっては困るなと思い、静雄は正臣の性器を解放して、彼のシャツのボタンを外した。
「静雄さん……?」
「服、汚したくないだろ?」
 ボタンを外し終え、シャツを開くとなぜか正臣は少しだけ恥ずかしそうな顔をした。わからない。先ほどまで率先して静雄の性器を口に含み、自らアナルまで広げて見せたというのに。今更恥じらいをもつくらいなら、強い理性と節操をもってくれ。静雄はまたいらっとして、動いていない間も静雄の陰茎をひくひくと締め付けていた正臣のアナルをかき回すように腰を動かした。
「うっ、あぁ……」
 とたんに、正臣の体が強張って、彼の性器をつかんでいた静雄の手に白く生温かい液体がかかった。正臣を見ると、顔に二の腕を押し付けて荒い息を吐き出していた。
「もういったのか?」
 汚された手に眉をひそめて、精液を鈴口になすりつけるように指を動かすと、正臣はびくっと体を揺らした。
「ひっ、や、やめっ」
「やめねえよ。こんなにぬるぬるに濡らしやがって。気持ちいいからいったんだろうが」
 今度ははっきりと、正臣の頬に赤みがさした。
「も、かんべん、してください……」
 水気を帯びた瞳が静雄を映して揺れても、静雄の心はちっとも動かなかった。
「泣き言も大概にしろよ」
 静雄は亀頭を親指で刺激したまま、腰を引いて先ほど正臣が嫌がったところを肉棒でえぐった。
「あ、ああっ! だめ、そんな、したら……っ」
 ぬるついた先端を執拗になでまわしながら、中の、正臣の声が裏返る場所をこすりあげる。
 正臣は自らの手で口をふさいで喉をそらした。先ほど射精したばかりの性器はまだ萎えている。それでも構わず鈴口に少しだけ爪を立てると、入れたままの静雄の性器が強く締め付けられた。
「おい、ちょっと力抜け」
 腰を掴んで言うと、正臣は首を振った。
「無理、むりですっ……」
「無理じゃねえんだよ。いてーだろ」
「だって……」
 もうほとんど泣いているような声だった。
 静雄は無理やり腰を引いた。
「ひぃっ」
 ずるずると粘膜を摩擦しながら出て行く肉の感触に、正臣が涙をこぼす。泣き顔を見たくなくて、いったん性器を引き抜くと、正臣の体を横に向けて脚を持ち直し、ぐずぐずのアナルに再び肉棒をねじ込んだ。
「ぅあん!」
 正臣は子供のような声で喘いで、シーツにすがりついた。

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