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オール明けはなぜかちょっと後ろめたい。 どんどん明るくなる新宿の街を歩きながら、紀田正臣は上着のポケットから携帯電話を取り出した。昨日の夜中に届いて気づかずにいたメールを開けると、彼女の折原臨也からだった。 あさってのことなんだけど、昨日からものすごく具合が悪くて行けないかも。ちょっと様子みて明日また連絡する。 あさってというかもう明日に迫っているが、久しぶりに休日が重なったので、映画を見に行くことになっていた。正臣は残念だと思うより臨也が心配だった。メールの返信を打ち始めて、途中まで文章を作って全部消した。一度待ち受け画面に戻って履歴から彼女の番号を呼び出す。 かけてしまってから今が早朝であることを思い出したが、斬ろうかどうか逡巡しているうちに臨也が出た。 「もしもし……」 彼女の声はかすれていて弱弱しく、平素の張りが失われていた。 「あっ、もしもし、起こした?」 「うん……正臣君、ちょっと声変じゃない?」 「そうですか?」 「うん。かぜ?」 「いや、朝まで飲んでてっていうかカラオケで……」 正臣はまた後ろめたさにさいなまれた。 「すいません、メール気づくの遅れて……具合どうですか?」 「ん、あんまりよくない。だるいし、重い」 「あ、もしかして」 「ごめん、ただの生理」 「や、あやまんなくても」 なんだか臨也は本当に弱っている。今にも泣き出しそうな声だ。 「薬は飲んだ?」 「飲んだ、けどあんまりきかない」 「臨也さん、俺いま新宿にいるんだけど、そっち行ってもいい?」 「うん……」 「じゃあすぐ行くから。何かほしい物とかある? 食欲は?」 「ホットケーキ食べたい」 「わかった。買い物してから行くんで、あったかくしてて下さいね」 正臣は携帯電話をしまって、臨也の家に向かった。 途中、早朝から開いているスーパーに寄って買い物をした。それから少し迷ったが、薬局に行って、女の子の友達がよく効くと話していたような気がする生理痛の薬を買った。 合鍵を使って部屋に入ると室内は静まり返っていた。寝室をのぞくと臨也は死んだように眠っている。 正臣はとりあえずキッチンに荷物を置いて、手を洗ってから改めて臨也のいる部屋に入った。そばに小さないすがあったので、それをベッドの横に置いて腰掛ける。遮光カーテンの引かれた部屋は薄暗く、臨也の顔が白い。 肩の辺りまで布団を引き上げてやっていると、ゆっくりと彼女が目を開けた。 「正臣君……?」 「すいません、また起こしました?」 「いや……ほんとに来てくれたんだ」 臨也は力なく笑う。 「寝てていいですよ。つらいでしょ?」 前髪をかき上げて額に手のひらをおくと、臨也は目を伏せた。 「熱なんかないよ」 「うん」 「でもなんでだろ……正臣君に触れられるとちょっとぞわぞわする」 布団の中から出てきた白い手に手首をつかまれる。臨也と目が合って、正臣はとっさに逸らしてしまった。 「あっ、ホットケーキ、粉買ってきたけどもう食べる? それともお昼に……」 「食べるよ。昨日一日なにも食べてなくて空腹なんだ」 臨也はベッドに身を起こした。 「起きて大丈夫? できたら持ってくるけど」 「平気。のども渇いたし」 「じゃあココアでも入れます。あっ、なんか上に着たほうがいい」 正臣はいすの背にかかっていた白いカーディガンを臨也に羽織らせた。 「ありがとう……なんだか変な感じだよ。正臣君が過保護だ」 「なんすかそれ。まるでいつもは俺が臨也さんのこと大事にしてないみたいな」 「そうとは言ってないだろ?」 臨也は洗面所に入って行った。正臣はキッチンでホットケーキ作りに取り掛かった。 |
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