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  第弐拾壱話


長いようで短い買い物も済んだ私達はその後特に何事も無く帰路に着くことが出来た。
館に戻ると谷裂と斬島は鍛錬へと向かい、平腹は私に勧めてきたゲームを一緒にやる為に自分の機械を取りに自室へと走って行った。その後ろ手に田噛を引っ張って行っていたが、あれは後で抉られるフラグだろうな。
それから木舌も夕食前に一杯やりたいから、とにこやかに笑って食堂へと向かって行く。


「全く……そろそろ本格的に禁酒させるべきかな?」
『あまり酷い事をすると禁断症状が出そうだな……』


ポコポコと怒りを顕にする佐疫に苦い笑いを浮かべる。
禁断症状が出た木舌に佐疫があんな事やこんな事をされてしまうのもまたぷまい……いや、なんでもない。
そんなピンクに近い紫色の妄想を繰り広げながら廊下を歩いていた時ふとある事を思い出した。


『そういえば、みんなが買った物品は何日届くんだ?』
「ああ、それならもう届いてると思うよ。それに業者がそのままセッティングまでしてくれるから何も心配しなくていいよ」
『ほお……それは有難いな』


私はふっと笑うとそう言って立ち止まる。気がつけば私達は既に佐疫の部屋の前まで来ていたのだ。


『……今日は付き合ってくれて有難う。外の世界というのは、とても楽しいものだな』
「ううん、俺の方こそ今日は有難うね。あ、またこうしてみんなで出掛けよう!」
『嗚呼、また出掛けよう』
「うん!それじゃあ、また夕食時に呼びに行くね」


にこにこと上機嫌な佐疫はそう言うと私の腕の中で大人しく抱き抱えられている夢羊を撫でるとそのまま自分の部屋へと消えて行く。
それを見届けた後私も自分の部屋の扉を開けた。



まず目に入ったのは奇妙な仮面だった。よく見ればそれは山羊をモチーフにされた仮面のようで生気の感じられない二つの瞳がじっとこちらを見ていた。


「どうもお帰りなさいませ、殺部様。私、黒山羊宅急便と申します」
『あ、ああ……』
「早速ですが、殺部様宛のお荷物が八個程有ります。全てこちらでお部屋にセッティングしても宜しいでしょうか?」


奇妙な仮面に似つかない悠々とした声でその人(人であるかは不明だが)は私に聞いてきた。
それに頷いてみせれば、その人は満足そうに手を叩いた後「では、危ないのでそこから動かないでくださいね」と言い何やらブツブツと呟き始める。
すると部屋の至る場所に青白い魔法陣のようなものが浮かび上がり、その中から今回みんなが買ったであろう家具が顔を覗かせた。
全部の家具が召喚し終わると山羊の仮面を付けた人は軽く指を動かした。それに合わせて家具が動き、次第に部屋の内装が整って行く。
私はポカンと口を開けていることに気づいて慌てて閉じた。


「ふむ、こんなものですかね?お部屋の内装に何かご不満はございますか?」
『い、いや……特には無いぞ』
「では、この様に配置させていただきます。それとこちらにサインをお願いします」


スッとその人は懐から紙を取り出すと同時に出していたサインペンをこちらに差し出す。
それを受け取って私はサイン欄に【殺部】と記入した。それを確認すると山羊の仮面を付けた人は満足げに頷いて紙を懐に仕舞うと今度は綺麗な真っ白い封筒を取り出した。


「厄雲様から殺部様宛のお手紙をお受けしております。では、私はこれで失礼させていただきます」


その人は私が手紙を受け取るや否やボワンと現れた白い煙に包まれて姿を眩ませた。
目の前で次々に起こった不可思議な現象に呆然と立ち尽くすが、自分がこの場に居るということもまた不可思議な現象であるという事を思い出して我に返る。

それから厄雲さんから送られて来たらしい手紙へと目を向ける。上質そうな封筒はその見た目に合うようになのか、はたまた彼が好んでそうしているのかは分からないが今では殆ど目にする事も無いであろう、ロウを使って留められていた。押されている判は良くある薔薇ではなく、蜘蛛ではあったがそれも彼らしいように感じる。
封を丁寧に切ってから私は中の手紙を読んだ。


拝啓、親愛なる友の殺部様
この度は特務室への異動が決まりおめでとうございます。
ささやかながら、御祝の品を贈らせていただきます。
敬具、厄雲より

追記、何故性別を隠しているのかは分かりませんが一応必要であろう物を一緒に送ってあります。良ければお使いください。



その手紙を読み終えた瞬間私は急いでその一緒に送られて来たものが何なのかを探し始めた。
青いリクライニングが出来る椅子に水色のシンプルだがお洒落なデザインのデスク、黄色のソファーに夕陽色の箪笥。そして紫色の大きめな本棚に緑のスタンドライト、薄紫色のロココ調にデザインされた鏡。
あるとすれば箪笥の中だろうか、そう思い箪笥の一番下の段を開けるとそこには胸潰しや女性用のスポーツ下着が入っていた。それと一緒にアロマポットや可愛らしい入浴剤も入っていて厄雲さんの女心への理解力がカンストしているのが垣間見えた気がした。

それを確認して引き出しを戻してから私は脱力したようにソファーに倒れ込んだ。
既に腕の中から開放されていた夢羊はそんな私を不思議そうに見つめているのが視界の端に見えたが、今の私はそれどころではなかった。
何故厄雲さんに私の性別を見破られたのか、その事で頭がいっぱいだったのだ。
どうして、やなんで、という言葉が頭の中をぐるぐるとめまぐるしく回る中突然ポケットに仕舞っていた端末が震える。
私は端末を取り出すとロックを解除した。


[御祝の品は届きましたか?]
[嗚呼、今しがた受け取った。有難う。……何故私の性別を見破れた?]
[僕は仕事柄女装をする事があるので、何となくそうじゃないかと思ったのですよ。嗚呼、心配なさらずともこの件は他言無用にしますので]
[……すまない、助かる]
[いえいえ、貴方にも何か事情があるのでしょうし。それに、あまり深追いし過ぎると圧力が掛かりそうですからね]


厄雲さんの意味深な発言に私は首を傾げた。
今現在私が殺部さんと入れ替わったという事を知っている人物は居ない。この返答からして厄雲さんも実は殺部さんは女性だった、という捉え方をしているだろうからまだこの事はバレていないはずだ。
それなのに何処から圧力が掛かるというのだろうか。
私が知らないだけで、実は殺部さんはこの世界では有名人だとかいうオチではない事を祈りながら私はデバイスを仕舞うとそのまま仰向けに寝転がった。
今日は色々な事があったからか酷く疲れているのでこれ以上何も考えたくないというのが本音だ。
気晴らしに今日買った例のゲームでもやろうか。私は寝転がったままテーブルの上に置かれた真新しい本体とカセットを手に取ると電源を入れる。
それと同時に部屋の扉が豪快に開けられた。


「殺部ー!ゲームしようぜー!」
「だりぃ……」
『……開ける前にノックをしたらどうなんだ』


そこに居たのは田噛を背負った状態の平腹だった。その手の中には今しがた私が手にした物と色違いのゲーム機が握られている。私は体を起こすとベッドの方へと移動して、二人には先程まで寝転がっていたソファに座る様促した。


「ってか、もう始めてたのかよ。な、な、操作とか分かる?」
『まだ電源を入れたばかりだ』
「別に平腹が教えなくともチュートリアルをこなせば大体の奴は理解出来るだろ。斬島や谷裂じゃあるまいしな」
『……あの二人はチュートリアルをやっても理解出来ないのか』


それってチュートリアルの意味無いんじゃ……、と思い田噛の方を見れば彼は遠くを見つめたまま静かに頷いた。その顔は確実に何かがあったであろうが、私は何も言わずただ暖かい目を向けるだけに止めた。

それから私達は佐疫と斬島が夕飯だと呼びに来るまでひたすらモンスターを狩るゲームを続けた。
私の予想通り某ハンターゲームに類似したものだったので二人の足でまといにならずにモンスターを狩ることが出来たし、強い装備や武器を作る事ができ、私としては大満足だ。
あと、まさか初心者(だと二人は思っている)がロマン斬りを成功させると思っていなかったらしくその時の二人の驚いた顔は世界遺産級に可愛くて思わずデバイスで写真を撮ってしまった。勿論その後田噛に怒られたが何故かその代償としてアドレスを交換する事を提示され私のデバイスに新たに田噛とついでとばかりに登録された平腹の連絡先が追加されたのだった。




 

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