clap story | ナノ



  第弐拾話


なかなか終わらない言い争いに終止符を打ったのは意外なことに谷裂の一言だった。


「ならば、各々が何か一つ家具を選んで殺部に送ればいいだろう」
「成程……では、被ることがないようにどの家具を送るか決めよう」
「あー……とりあえずはデスク、チェア、本棚、テーブル、タンス、収納棚……ぐらいか」


ポンポンとスムーズに進んでいく会話に当の本人である私は付いていけないでいた。
右に左にと会話が流れるのを首を動かして見ている間にどうやら全て丸く収まったようで一斉にこちらを見ると、「じゃあ殺部はパソコン買って来てね。でも店から出たら駄目だよ」と言われてしまった。

大人しく皆の意見通り私は家電店へとやって来た。多種多様なパソコンが並ぶディスプレイを睨みつけるように品定めしてみせるが、実を言うとそこまで電気製品に詳しくなかったりする。まあ使用用途は主にネットサーフィンだからどのパソコンでも同じだろう。


「失礼ですが、そちらの型よりも僕はこちらの方をお勧め致しますよ」
『……お前は……』
「僕も貴方と同じく獄卒ですよ。まあ、貴方とは部所が違いますけどね……殺部さん」


涼しい顔の線の細い男性は美しい微笑を浮かべると、いいパソコンを選びましょうか、と申し出てくれた。原作では見た事のない獄卒だが部所が違うと言っていたので所謂モブ扱いになっている人なのだろうが、それでもとても美人だ。普通にキャラクターとして登場してそうな美しさに若干ジェラシーを抱きつつも、彼の提案に乗ることにする。


『すまない、あまり詳しくなくてな……』
「いえいえ、僕の部所は情報が豊富なので……。使用用途はネットだけですかね?それだと今の中では……こちらのC−158439型の物がおすすめです」
『ああ、今のところそれぐらいしか使わないだろう。有難う、ならばそれにしよう』


教えてくれた事に感謝の言葉を述べて店員を呼ぼうとすると目を丸めて驚いた顔の彼に止められる。


「待ってください、本当にそれで宜しいのですか?」
『お前はこれが一番良いと思うのだろう?なら、私はこれにする』
「……名も知らぬ者が、悪戯にそう言っただけとは考えないのですか?」
『よく分からないが……お前は嘘を言ったのか?』
「いえ、そうではないですが……」


煮えきらない言い方をする彼に私は至極真面目な顔で言った。


『なら、問題ないだろう』
「……ハァ、なんだか僕のような一般人には到底理解の出来ない思考回路なのでしょう。流石は鬼神と名高いだけあり、肝の座った方ですね」
『鬼神……』


その言葉に思い浮かべるのは谷裂とお揃いの金棒を担いだバリトンボイスの鬼の方。そうか、殺部さんはあの方と同レベル扱いなのか……。そんな人と入れ替わってしまって私は大丈夫なのかと一抹の不安が襲うが彼が残してくれた偉大なる知識(多少の記憶)と大いなる力(獄卒としての能力)があるのでそれがカバー力になると信じている。
そんなことを考えているとふと目の前の彼が私に手を差し出して来た。


「挨拶が遅れましたが、僕は厄雲と申します。以後お見知りおきを」
『……知っての通り、綾部だ。良ければこれからも宜しく頼む』
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」


一先ず挨拶を終えた私達は厄雲さんのプロデュースの元パソコン以外の家電も見て回る事にした。
悩むと思っていた本命の買い物が有り得ないほどスムーズに終わったので暇を持て余してしまった為にこうして厄雲さんに付き合ってもらうことになったのだ。
ブラブラと色々な電化製品を見て回っていると、丁度携帯電話の売り場にやって来たのでそこで私は少しだけ足を止める。


「おや、デバイスが気になりますか?」
『……仕事に必要かどうか悩んでいる』
「そうですね……有ると任務中に緊急連絡等がしやすくなりますよ。最も殺部さんレベルの実力ならばあまり使う事は無さそうですが。ああ、後貴方へ連絡が入れやすくなりますねぇ」
『……なら購入するか』


そうか、そういえば他のみんなは同じ館で生活しているから考えた事が無かったが他のところで働いている人と連絡を取ろうと思ったらデバイスが無いと不便だな。
そう思い厄雲さんの意見に同意すると、彼は苦笑を浮かべながらも「では、機種は僕と同じ物にしましょうか」と手際良く契約を進めていく。そして数分も掛からずして私の手元には彼と同じ型のデバイスが収まったのであった。


「一先ず、先に僕の連絡先を入れておきますので何かあれば何時でも聞いて下さい」
『ああ、分かった』
「あとは……きっと職場でも使うと思いますので幾つか使えるアプリケーションも入れておきましたよ」
『ふむ……グルトキというアプリはなんだ?』
「それはグループトーキング……通称グルトキです。単体同士でのトークから複数同士でのトークまで一斉にメールが送れるようなアプリです。試しに僕から送ってみますね」


厄雲さんがそう言うと同時に私の掌にあるデバイスが振動する。画面を触ると彼からスタンプが送られて来ていた。成程、現世でいうラ〇ンと同じようなアプリケーションなのか。
他にも色々と扱い方を教わり、また平腹と遊ぶ約束をしていたゲーム類も購入して自室に宅配してもらうように手配していると大分時間も潰すことが出来た。


『今日は突然頼んですまなかった。しかしとても助かった』
「いえ、こちらこそ有意義な時間を過ごせました。また何かあれば呼んでください」


にこやかに会釈する厄雲さんに習い私も軽く会釈して私達は別れた。過ぎ行く人混みに紛れて見えなくなる彼を見送って私は他のみんなが迎えに来てくれるのを店先で夢羊を抱えたまま一人待つのだった。



 

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